第49話 パーティークラッシャー

「イクゾー殿、是非お訊したいことがある。こちらへ来てもらえるか」


 3月11日の土曜日の午後1時半。

 レイラちゃんのクエストが無事に成功し、兼ねていた昇格試験もギルドの監察官アイリーンから合格とされた。

 その後、俺たちが現場の養殖場で遅めのランチにし、お弁当を食べ終わってまったりしていると、スチームカーの運転席に座る元女軍人から呼び出しを受けた。

 ついさっき、ピーナから彼女の秘密を聞いたばかりの俺はバクンと心臓が跳ね上がって呼吸が荒くなる。お、落ち着け、とりあえず行くしかない・・・


「何でしょうか?」

 ギルドの社用車は軽トラに似た実用重視のフォルムをしている。

 その前部になる二人乗りシートの空いている助手席に乗り込んだ。

 アイリーンは今日もマーチングバンドの先頭でバトンを回している人の制服と軍服を足して割ったようなデザインの服を着ている。

 左手には大きな手帳、右手にはペンを持っていたが、大きな胸が邪魔をして車内でのメモ書きはあまり快適ではなさそうだ。

 ミニスカから伸びた贅肉の無いスラリとした足が白く輝いて眩しい。


 俺は危惧すべき疑惑のことを忘れて思わずアイリーンの美貌に見とれてしまう。

 広くはない車内にこもって漂う元女軍人らしからぬ甘い匂いもたまらない。

 15歳の肉体に宿る無尽蔵で見境の無い性欲が騒ぎ始めた。

 脳内で素敵な妄想が繰り広げられていく・・・


「────無論、貴殿とエマ殿のことだ」

 ハッ、いかんいかん。現実に戻らないと。

 凛とした試験官の声で我に返った俺はフル回転で状況を整理する。

 俺とエマというと、当然、結婚のことだろう。

 俺はこの世界では12歳として扱われるので逆ロリ婚になり聖職者のエマが迫害を受ける可能性がある。そのことをまた俺に問い質したいのだろうか?


「先日、イクゾー殿はセクスエルム・シスターズの中から伴侶としてエマ殿を選ぶと明言した。その気持ちに変わりはないか?」

 そこを訊いてきたか。意図が分からん。

 俺とエマがラブラブなのはギルドの中でもイチャコラしてるんだから十分承知の筈だろうに、どうして今さら確認しようとするんだ・・・


「もちろん変わりはありません。必ずエマと結婚します」

「そうか。ならば問わねばならぬことがある」

 ずいっとアイリーンが上体を俺に寄せてきた。

 顔はもっと近い。

 知らないものが見たらキスでもしてると思われる体勢だ。

 燃えるような真っ赤な瞳が俺の両目を覗き込んで、どんな嘘でも見逃さないと訴えていた。まるで尋問でも始めるみたいじゃないか。何なんだこれ?


「一体どういうことなんですか?」

 この緊張感に耐えられなくなった俺は当然の疑問をぶつける。

 するとアイリーンは、悪の女幹部のようにニタリと笑った。

 そして察しの悪い俺には予想できなかった爆弾発言をぶっ放す。


「エイミーから聞き捨てならない話を耳にした」


 ゲロッたかエイミー!

 黙っててくれるんじゃなかったノォォォオオオ!?

 真昼間から森の中でピーナに肉棒を頬張らせて3発もどっぴゅんしたことが、この厳格のかたまりみたいな元女軍人にバレちまったぁ。それで俺がピーナに乗り換えたかエマに隠れて浮気してると疑って心の中では激怒してるわけだ・・・ゴクリ

 いや、まだ分からん。全く別の話かもしれん。

 エイミーは黙ってると言ったんだ。きっと大丈夫。

 友達なら信じてやらないと! そうだろ?


「貴殿が伴侶にレイラ殿を選んだとエイミーは言っていた」


 そっちかー!

 良かった。命拾った。やっぱエイミーはマブダチだった。

 密告者なんてどこにもいなかったんだ。うんうん。

 いやでも、これはこれでレイラちゃんに乗り換えたと思われるよな。

 あぁ、事情が複雑で説明が難しい、ややこしい。


 ハーレム婚のことはまだ外部に伝えてないんだ。


 告知するのは、ティアを孕まして貴族の爵位を買ってもらい複数の女性と結婚できる特権を得てからだと考えていた。

 実際、この時点でハーレム婚計画をアイリーンに話したら、ふざけるなと一喝され全裸正座で延々と説教されるだろう。

 3カ月でティアを妊娠させるという『確率の低い不確定要素を大前提』にした計画なんて、元女軍人には有り得ないほど無謀な与太話でしかない。


 あちゃ~、レイラちゃんにキッチリと口止めしておくべきだった。

 でも、天然のロリピュアに事情を説明して理解させるのって、堅物のアイリーンとはまた別の意味で難しいんだよなぁ。

 はぁ、とりえあえず何て答えれればいいのか・・・


「これには込入った事情があるのです」

「その事情とは?」

「部外者にはまだ話せません」

「いつ話せる?」

「早ければ今月中、遅くとも3カ月以内」

「間違いないな?」

「ええ、ですが貴方に確約する義理はありません」

 アイリーンは、キスができる距離から少し顔を離して俺の表情全体を吟味しながら考えに耽る。そしてサラッとどぎつい下問をしてきた。


「結婚を餌にレイラ殿から金を騙し取っているのでは?」


 ちょっと待てーい!

 アンタいつからワイドショーの芸能リポーターになった?

 赤の他人ならいざ知らず、俺がそんなことをする男だと思ってたのか?

 こういう下種ゲスな風聞が生まれるから、まだ告知したくなかったんだよなぁ。

 

「有り得ません」

「その若い肉体を餌に篭絡ろうらくしているのでは?」

「いい加減にして下さい」

「ではレイラ殿はまだ清い身体なのだな?」

 ん、んんん、さ、最後の一線は越えてないからセーフ、セーフ。

「当然です・・・レイラちゃんはまだ処女です!」ドンッ

「うむ、虚偽ではないようだ」

 アイリーンの全身から発されていた重苦しい圧力が消える。

 そのまま上体を元に戻しシートに背をもたれかけ正面を向いた。

 ふぅ、信じてくれたようだな。

 じゃあ尋問も終わったみたいなんで、みんなの所へ戻るとするか。

 俺が助手席のドアを開けようとすると、元女軍人の口から悲嘆が漏れた。


「異性問題で壊れる冒険者パーティーは実に多い」


 うわ、独り言なのか俺に言ってるのか分からん。

 それなのに、車から出て行くという選択肢が消去される声色だった。

 ここは相槌を打つしかない。ない。


「そうみたいですね」

「まるで他人事のようだな」

「ウチはみんな仲良くやっていますから」

 約一名からフラれたばかりだけどな。教えてやる義理はない。

「それは重畳。実は心配していたのだ」

「レイラちゃんのことは心配いりませんから」

「いや、その事だけではない。イクゾー殿は12歳で成人となったばかり。その年頃の男となれば、頭の中の9割は女体のことで一杯であろう」

 9割!

 まぁ間違ってはないが。中学生男子の頭なんてそんなもんだ。

 しかし、性格は真反対なのにローラみたいなことを言い出したな。

 一体ここから話をどんな展開に持っていく気だ・・・ 


「そんな男ばかりではありませんよ」

 一応は否定しおこう。俺の乱行がバレたら不味い。

「イクゾー殿が理性を持った男で幸いだ」

「それほどでも。ご存じのようにエマとは仲良くしていますから」

 性的なことも含めてと言外に匂わせて言っておく。

 この女にはエマと結婚すると宣言してるから隠す必要ないだろう。


「婚前交渉は褒められたものではないが、婚約した女性と睦み合うことを咎める気は無い。免罪符を買っておけば教会もうるさく言ってこないだろう」

「で、ですよね」

 ヤベー、免罪符のことすっかり忘れてた。この後すぐ買いに行こ。

「うむ、伴侶に選んだエマ殿と行為に及ぶのは何ら問題は無い」

「ご理解いただけて幸いです」

「ただし、レイラ殿や他のメンバーとも破廉恥な行為に及び、パーティー内をドロドロの修羅場にする様なことがあれば、担当として看過できない」

 ドッキンコ!

 こいつ何か知ってるのか。いや、それなら既に殺気が漏れてるはず。

 単に探りを入れてるだけだ。ここはしらを切るしかない。

「そ、そこはちゃんと心得てます。大丈夫です!」

「そうか。ならば問わねばならぬことがある」


 何ぃぃぃ、このパターンは、ま、まさか・・・!?


「メスピーナ殿と森で破廉恥な行為に及んだそうだな」ゴゴゴゴゴ

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