第29話 薄幸の退魔忍メスピーナ

「お前は何者だ? 何故この家に潜り込んだ? 何を企んでいる?」

 

 それはこっちの台詞だ!

 それにこの声・・・女か!

 ナイトテーブル上の照明が消されていて何も見えないが声は明らかに女だ。

 まさか逆夜這い? いやさすがにそれはないか。

 しかし今は完全にマウントを取られてチェックメイト状態だ。

 刺激しないように大人しく従うしかない。


「俺は荒井戸幾蔵アレイド・イクゾウだ。この家には婿として入った。企みなど何もない」


「アレー・ド・イクゾー、お前のことは調べさせてもらった。だが、ジャパンなんて国はこの世界の何処にもなかった。どういうことだ?」

 俺を調べた!?

 何のために? 誰のために?

 本当に何者なんだコイツは・・・

 

「ジャパンは東の果ての島国ですよ。僕がその国の出身だということはアトレバテスの司祭様の奇跡により真実だと認められています」


「知っている。なのに何故ジャパンという国は存在しないのだ?」

「そんなこと僕には分かりませんよ。探し方が悪かったかこの国の言葉では名称が違うんじゃないですか?」

「フ、苦しい言い訳だな」

「とにかく僕は嘘なんて言ってませんから!」

「考えられる答えは一つ。お前とグロリアはグルなのだろう?」

「は? 何のことですかそれは」

「とぼけても無駄だ。これから体に訊いてやる。白状するなら今の内だぞ・・・」


 ヒャー、体に訊くってエロい意味なら大歓迎だけどそうじゃないだろこれ!

 俺は白状したくても天使のことは制限がかかってて話せなくされてるんだ。

 絶体絶命じゃないかよ。

 あぁ、誰か助けに来てー。

 そうだ、ローラ、お前自宅警備員だったろ!

 この家で起こってることは何でも知ってると豪語してたじゃないか!

 早く来い!助けに来い!

 

 カタカタカタカタ


 なんかキター!!

 小さな音がこっちに近づいて来るっ。

 やった、ローラが自慢の早業で足音を忍ばせながら来てくれたんだ!


「キュキュキュ キュッキュー」


 ハムスターかーい!


 お前がココへ来ちゃだめだろー。

 早くローラの所へ行って俺のピンチを伝えてこいやー。

 この女に捕まってしまう前に早く行けー、早くぅぅぅぅ。


 そんな俺の心の叫びも虚しくハムスターはベッドの上に登ってきた。

 あーこいつ馬鹿だ。やっぱりローラの手下だ。

 そんなのに期待した俺も馬鹿だ。助かったと大喜びした自分が悔し過ぎる・・・


「キュキュゥ?」


「ヒッ!」


「ヒッ?」

 ど、どうしたんだ?

 さっきまで暗殺者オーラを出していた女から一瞬で殺気が消えたぞ。

 そう思ったのも束の間、女は俺の体の上から後ろへ飛び去った。


「しっし! あっち、あっちへ行きなさい!」


 あれれ~おっかしいぞォ~?

 もしかしてこの女、ハムスターが怖いんじゃね?

 暗殺者から一気に家政婦のおばさんみたいになっとる。

 よし、どうやらこのハムスターは強力なガーディアンみたいだな。

 うんうん、最初から俺は信じてたぞ。本当だぞ。


「そこまでよ!」ドンッ


 そ、その声はヴィンヴィンさん!

 廊下からの薄明かりに照らされた姿は正しく青肌魔導師さんだった。

 ヴィンヴィンが照明のスイッチを入れるとその姿がさらに鮮明になる。

 薄紫のベビードールに面積の少ないパンツ一枚という素敵な衣装での登場だった。

 そのツンドラ美少女さんはゆっくりと優雅にベッドへ近づいてくる。


「ヴィー、お前か。邪魔すると痛い目を見るぞ」


 えっ、こいつヴィンヴィンを知ってる?

 もしかしてエマさんたちの商売敵か怨恨者か?

 照明によって侵入者の女もその姿を露にしていた。

 身長はエマさんと同じ170前半ぐらい、スタイルはレイラちゃんを彷彿とさせるボンキュッボンだ。

 黒髪ロングストレートがお尻を超えて膝裏まで伸びていた。

 背を向けているので顔は分からない。

 

「フフフ、今の私にはアンタなんて雑魚でしかないわ」

 

 おおぅ、頼もしいわ。

 かなりの使い手に見える侵入者相手に一歩も引かないどころか挑発するとは。

 敵に回すと超怖いけど味方にするとこんなにも勇気が湧いてくる。

 よし、その言葉通りにコテンパンにしてやってください!


「魔導師の杖を持たずに私とどう闘うつもりだ?」

「アンタ相手にそんなものいらないわね」

「相変わらず口だけは達者だゴバゴボゴボボッ」


 ヴィンヴィンの胸のペンダントが浮き上がって光ったと思った瞬間に侵入者の女も全身を水で覆われて浮き上がっていた!

 そしてツンドラ美少女は手加減のつもりか頭だけは水から出してやった。


「ゴホッ、この程度で私を縛れると思うなよ」

 侵入者は余裕の笑みを見せた。

 本当に水の中から脱出できそうな余力をこの女から感じる。

 手加減なんかしない方が良かったんじゃないですか、女王様?


「そんなつもりは最初からないわ。負け惜しみを聞きたかっただけよ」


 今度は額に嵌めていたサークレットの宝石が光った。


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチィィィイイ!!


「ああぐぁっ、あっ、あっ、あっ、あ、あ・・・あ・・・」ガクン


 女は電気ショックを受けたようにガクガクと震え続けたあと気を失った。

 ふぁ~、メッチャ強いとは感じていたけどヴィンヴィンさん、圧勝じゃないですかぁ。これは惚れるわ。

 侵入者の女に何もさせずに終わらせちゃったよ。マジ半端ない。

 でもこれ、一歩間違えたら俺もこうなるんだよな・・・ゴクリ。

 改めて女王様への対応を考えんといきなりバッドエンドあるわ。


「バスルームのドアを開けなさい」


 えっ、何だか分からんけど、喜んでー!

 言われた通りにするとツンドラ魔導師は侵入者の女を覆った水を浮かせたまま移動させバスタブの中へドボンと落とした。

 女はグッタリとしたままで目を覚まさない。


「両手と両足を縛っておきなさい」


 がってんでさー。

 俺はバスルームとは部屋の間反対にある収納へと急いだ。


 バタバタバタバタバタ ガチャ!


「イクゾー様ご無事ですか!?」


 エマさん!

 その後ろには下半身デブの闇エルフの姿まで見えた。


「大丈夫です。ぞくはヴィンヴィンさんが倒してくれたました」

 バスルームの方へ顔を向けながら簡潔に顛末を伝えた。

「あぁ良かったですわぁ」

 エマさんは俺をギュッと抱きしめる。

「ローラ、イクゾー様をお願いしますわ」

 そして部屋の奥へと歩き出した。


 俺とローラもエマさんの後に続いてバスルームへ入る。

「エマ、飼い犬のしつけはちゃんとしなさいよね」

 エマさんの飼い犬? この女が?


 あっ!まさかこの女って・・・


「ピーナ!」


 やっぱりかー。

 俺を襲った女は不在だったパーティーのメンバーでこの家の住人だった。

 どうして俺も直ぐに気付かなかったかなぁ。ホント馬鹿さ加減に涙が出らー。

 

「エマ・・・様・・・?」

 エマさんに治癒の奇跡を受けたピーナは目を覚ました。


「ピーナ!貴方どうしてこんな馬鹿な真似をしたのですかっ?」

 うわ、エマさんがブチ切れしてらっしゃる。

 行き遅れ年増女の情念がまた顔を出してらっしゃる。

 仕方ない。後で俺がまた濃厚接触で沈めてやらねば。ムフ


「その男は得体が知れません。正体を確かめないと危険なのです」


「お黙りなさい!イクゾー様を侮辱することはワタクシが許しませんよ」ゴゴゴ

 恋は盲目。聞く耳を持たないエマさんだった。


「でも、一理あるわね」

 えっ!

 ヴィンヴィンさん、僕の味方だったんじゃないんですかー。

 さっきも助けてくれたし、あんなに愛し合ったじゃないですかぁ?

 そんな想いを表情に出して見つめたら、フンと足を蹴られた。


「お婿様の正体はただの変態デスよ。心配はいらないのデス」


「変態では駄目ではないか!そんな男をエマ様と同じ家に住まわせるなど正気か!?」


「エマはむしろ変態の男が好みみたいだけど?」

「聖職者のエマ様に限ってそんなことある訳がない!」

「肉欲は人を愚かにさせるのデス」

「・・・・・・」エマさんは無言だった。

 しかし、このままではらちがあかないな。


「ひとまずリビングに移動して落ち着いて話し合いませんか?」


 

 ズズズ

 エマさんの淹れてくれた紅茶をすする。うむ、美味びみだ。

 リビングの応接セットのお誕生日席である二人掛けソファーにヴィンヴィン、4人掛けソファーに俺とエマさん、テーブルを挟み向かいの4人掛けソファーにローラとピーナが陣取っている。


「私はメスピーナだ。パーティでは射手と斥候を担当している。家ではエマ様の補助全般だ。何か訊きたいことがあれば言ってみろ?」ジロリ

 

 ピーナはエマさんの鶴の一声で自己紹介させられていた。

 うーん、だがスリーサイズを訊ける雰囲気じゃないなぁ。

 とはいえ大体分かってしまうわ。

 身長以外はレイラちゃんとそっくりだもの。

 ウエストだけはこいつの方が少し太目だけどな。

 だが、アレはやっぱり訊いておきたい。


「年齢はおいくつですか?」


「貴様・・・」

「ピーナ、早くイクゾー様にお答えしなさい」ゴゴゴ

「20歳だ」

「あらあら、行き遅れ寸前の女がせっかく婿入りしてくれるという若い男を夜這いするなんて醜聞にも程があるわね」

「夜這いなどではない!」

「本当かしら。私が駆け付けた時にはイクゾーの上にまたがってたわよね」

 ツンドラ美少女さんも容赦ないな。

 あれは夜這いなんかじゃないって分かってるだろうに。

 ん、夜這い、んんんんん?

 そう言えばヴィンヴィンは何で俺の部屋に来たんだ?

 もしかして俺が夜這いに行かなかったから自分から来たのか・・・


「ピーナ、イクゾー様の事を調べたのですね?」ゴゴゴゴ


「はい、こやつはアトレバテスの警察で不審者として尋問を受けていました」

「司祭の立ち合いのもとでイクゾー様の疑いは晴れたと町長から聞いていますよ」

「それが問題なのです、エマ様」

 一体それの何が問題だって言うんだよ。

 エマさんと同じ司祭様が奇跡で証明してくれたんだぞ。


「虚実判決の十字架の奇跡を執行したのはグロリアです」


「グロリア!?」ガチャン

 いきなりエマさんが取り乱してまさかという顔で俺を見ている。

 最初は俺の嫁かと勘違いしたグロリア司祭がどうかしたんだろうか?

 

「イクゾー様、グロリアとはどういう関係なのでしょうか?」

 

「どういうも何も警察での尋問の時に初めて会って僕の証言の真偽をジャッジしてくれただけの関係ですけど」

 それを聞いたエマさんは首から下げた十字架を外して手からぶら下げた。

 これってまさか・・・

 エマさんも虚実判決の十字架の奇跡を使えるのか!

 魔乳司祭は目でお願いしますと訴えかけてきた。

 俺は分かりましたとエマさんの手を両手で包むように握った。


「先程のグロリアとの関係の証言に嘘偽りはありませんか?」

「はい」

 俺は迷わず即答した。

 すると十字架はキラキラと輝き始めやがて強い光を放った。

 

「あぁ、良かったですわ・・・」

 エマさんが心底ホッとしたように呟いた。

 俺は励ますように彼女の手をギュッと握りしめる。

 

「エマ、その奇跡を使うのは最終日だけというルールの筈よ」


「分かっていますわ。でもお願いですからもう一つだけ訊かせてください」

「・・・フン、さっさとしなさいよ」


「イクゾー様、ワタクシをお嫁さんにしたいですか?」

「はい!」

 もちのろんですよ。

 俺はその為にこんな異世界まで来たんだからな。

 十字架はこれ以上無いってぐらい光り輝いて俺たちの顔を照らした。

 まるで二人を祝福するかのように。


 エマさんは無言で俺に抱き着いて荒い息をしてらっしゃる。

 気持ちは嬉しいけどそんなんされたら俺もスイッチが入ってしまいそうだ。

「くっ・・・」

 向かいのソファーでピーナが悔しそうにほぞを噛んでいた。

 とりあえず一件落着したっぽいけどいろいろ確認しておかないとな。


「グロリアさんと何かあったのですか?」


 エマさんは感極まってヘブン状態なので他の皆を見渡しながら訊いた。


「あの女は何かとエマ様に対抗意識を燃やしてくるのだ」

 一応のところ俺を味方と認識したピーナが答えてくれた。

 お陰で俺もやっと安心して彼女の容姿を観察することができた。

 この家に来てから見慣れてしまったが、ピーナも十二分に美人だ。


 黒髪ぱっつんの下には細く整った眉毛と切れ長でちょっぴり吊り上がった目があり、その両眼の瞳は赤かった。

 ただアイリーンのような燃える炎ではなく夕焼けのようなどこか切ない赤だ。

 小さな口には薄い唇に塗られたルージュが自己主張をしている。

 その口元には右下の位置にポツンと黒子ほくろがあった。


 着ているのは戦闘服だ。見た目完全に競泳水着だ。

 しかもレイラちゃんのより遥かにハイレグが際どい。

 だからもう視線が勝手にアソコへ誘導されてしまう・・・


「おい、何処を見ているこの変態め」


「美しいお身体をされているのでつい目がいってしまいました」

 誤魔化さずに素直に認めるのが俺の長所なんだ。分かって欲しいんだ。


「本当にエロ助の欲望は底なしだわね」

「ただの変態ですからネ。頭の中はそれしかないのデス」

「クソ、エマ様がこんな変態の毒牙にかかるとは・・・」

 勝手に言っててくれ。

 俺は黙ってエマさんとスキンシップするから。ナデナデナデナデ

 だがもうちょっと知っときたいな。


「グロリアさんは危険なんですか?」


「エマさんのライバルなのデスよ。どちらかが倒れるまで闘い続けるのデス」

 おやおや、そういう少年漫画的な関係でしたか。


「ライバルというより似た者同士よね。ただの同族嫌悪だわ」

 あ、何となくこっちが正解っぽいな。

 

「イクゾー様、絶対にグロリアに近づかないで下さい」ハァハァ

 エマさんが俺の耳元で切なく囁く。

「そこまで警戒する必要があるのですか?」


「私とイクゾー様が結婚すると知ったらあの女は必ず邪魔をしますわ!」


「確かにそれはありそうね」

「拉致されてさんざん弄ばれた後に魔獣の餌にされるだろう」

「行き遅れ年増女の嫉妬は恐ろしいのデス」

 えー、グロリアさん全然そんな女に見えなかったけどなぁ。

 だがエマさんがここまで心配してるのだからそれに応えないと。


「分かりました。今後はいつもエマさんと一緒にいるようにします。エマさんが用事でいない時は必ず他のメンバーと一緒にいますから安心して下さい」

「はい必ずワタクシがお守りしますわ」ハァハァ

 ありがとうエマさん。

 だけどこれでなし崩し的に一緒にいる口実ができましたね。

 よーし24時間、じゃなかった、36時間イチャコラするぞー。ムフフ


 あとは、ピーナだな。こいつと話を付けておかないと。

「ピーナさん。僕のことが信用できないみたいですが今後どうしますか?」

「どういう意味だ?」

「仮に僕がピーナさんを選んだらどうするつもりなのですか?」


「もちろん結婚する。それが決め事だからな」


 するんかーい!


 いやでも、さっきまで俺のこと変態は駄目だとか凄いディスってただろ。

 そんな男でも選ばれたら結婚するっていうのかよ。サッパリ分からん。


「お婿様は実験台にされるのデスよ」


「んんん、実験とは?」

「ピーナは幸薄さちうすい女なのデス。近づいた男は不幸になりマス」

「そんなのはただの偶然でしょ?」

「だからそれを実験するのデスよ。結婚までした男がどうなるのか・・・デュフフ」

「えー、本当に僕が不幸な目に遭ったらどうするの!?」


「もちろん離婚する。そんなヤワな夫はいらん」


 酷い話だなー。

 6人の嫁候補の中にとんだ毒針が仕込まれてたぜ。

 しかし自分からバラしちゃってどうするんだ?

 

「もちろんその件は事前に伝えるつもりだった。その程度で尻込みするような男ならこちらからお断りだ」


 チッ、そんな風に言われたら何か挑戦したくなるじゃないか!

 どのみち、俺はエマさんの為にハーレムルートを選択するつもりだったしな。

 よし、やってやるぜ。

 不幸を呼ぶ女も攻略してやろうじゃないの。

 そんでもって生意気な言葉を吐いた口から他の言葉を出させてやる。ムフ


「ピーナさんの本意は了解しました」

 どんな不幸体質だろうがそんなもん知らん。

 お前の美味しそうな身体を味わい尽くしてやる。

 俺はピーナがウンザリするまで露骨にいやらしい視線で肢体を舐め回した。

 これはお前の不幸が勝つか、俺の性欲が勝つか、そういう闘いだ。


「全て承知で僕はアナタの不幸に挑みます。どうか逃げないで下さいね」

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