短編物語 part1
黒野 ヒカリ
天使のおじさん
毎日、毎日嫌になる。
蔑む目、耳障りな笑い声に混じり、投げつけられる小石…
『いっそ、大きな岩にして一思いに殺してくれ!』
満足して帰って行くヤツらの後ろ姿を見ると自分の不甲斐なさと、情けなさで惨めな気持ちになる。
ヤツらが見えなくなると立ち上がり、脱ぎ捨てられた制服を拾う。
踏まれまくった制服には、ヤツらが去り際に吐いたツバのおまけ付き
タメ息を吐いて、汚れた制服に袖を通す。
特に何もしていない僕が、イジメられるのに理由は無い。
やる側の人間にしたら『単なる娯楽』に過ぎないと思うけど、やられる側の人間にしたら、たまったもんじゃない。
小学校の高学年からイジメが始まり、卒業の頃には『やっと解放される』と安心したけど、中学に上がってもイジメが終わる事は無く中二になった今でもイジメは続いている。
本音を言うと辛いけど、負けるつもりはない。
ヤツらごときに屈するのは腹が立つ。
僅かに残る意地なのだろう…
やる気の無くなった僕は、学校をサボり河原に向かった。
河原に着くと、川に降りる階段に座って途中で買ったあんパンとコーヒー牛乳を袋から取り出した。
すると、
「よいしょっと」
声と一緒に髪はボサボサで服も汚ならしくてどう見ても浮浪者にしか見えないおじさんが僕の隣に座った。
「おじさん、何か?」
「いや、あんパン美味しそうだと思ってね」
タカりかよ…
ついてない時はとことんついてないもんだなぁ…
「あげないよ?」
「そっか、残念…」
本当に残念そうにするおじさんが憐れに見えてきてあんパンを半分ちぎって渡した。
「うん、ありがとう」
あんパンをペロリと平らげたおじさんは僕の持っているもう半分のあんパンを見つめている
はぁ…、まったく…
「これもどうぞ」
「いいのかい?ありがとう」
断る気なんて無いクセに、いいのかい?なんて聞くなよ…
「ところで君は私の事をどう思うかい?」
少しだけ残っていたあんパンを口に放り込んでおじさんが僕に聞いた。
「浮浪者の……おじさん?」
「わっははは!そうかそうか浮浪者のおじさんか、くっくく」
本当になんだよこの人…
気持ち悪い…
「もう僕、行きますね」
「待て待て、まだ話があるんだよ?あんパンのお礼もあるしね」
そう言ったおじさんに手を捕まれたので仕方なく隣に座った。
「本当に、なんなんですか?」
「実はね、私は天使なんだよ」
その見た目で?
ありえない……
「やっぱり帰ります」
「ちょ、ちょっと待ってくれって!」
立ち上がった僕の手を必死で掴むおじさんに負けてまたおじさんの隣に仕方なく座った。
「ちょっとぐらい聞いてくれてもいいじゃないか…最近の若い者は全く…」
ボソボソとそんな事を言うおじさんに腹が立ってきた僕は無言で立ち上がって明後日の方向に走り出した。
それに合わせておじさんも僕に向かって走ってくる。
走っても走っても追いかけてくるおじさんに腕を捕まれた僕の足は止まってしまった。
「はぁ、はぁ本当に、なんなんです、か、はぁはぁ」
息の切れた僕は草の上に倒れ込んだ。
「君、はぁはぁ、しんどいから、はぁはぁ、やめてくれ」
おじさんも息が切れたみたいで僕の隣に倒れむ。
しばらく二人で寝ころがっていたけど体を起こしたおじさんが僕のコーヒー牛乳を一気に飲み干した。
「あー、まだ一口も飲んでないのに…」
「ごめん、ごめんでも年寄りは労るもんでしょ?」
「もう、どうでもいいや…」
呆れてどうでも良くなった僕は空を見ていた。
流れる雲、優しく吹く風に少しずつ落ち着いていく…
「ところで、君の夢はなんだい?」
僕の夢?
……『弁護士になりたい』
イジメられて、弱い立場の人を守ってあげたいと思った。でも…
教科書や筆記用具は破られたり捨てられたりするから勉強どころじゃない…
「あるけど…無理だよ…」
「なら、君の抱えている問題を解決したら、君はその夢を叶える事ができるかい?」
そんな事言われても…無理だろう
先生に相談しても全く変わらなかったから…でも、それができるなら…
「やれるよ」
「なら、約束だ」
おじさんは立ち上がって僕に小指を差し出した。
僕も立ち上がって差し出された小指に自分の小指を絡めた。
『 君ならできるよ…心の優しい君ならきっと…素敵な弁護士になれるさ…応援してるよ…あんパン…ありがと…… 』
気がつくと僕は草の上に倒れていた。
周りを見渡してもおじさんの姿は見当たらなかったけど空になったコーヒー牛乳のパックが転がっていた。
夕日に照らされて辺りはオレンジ色に染まる。
空のパックがあるから夢ではない事は確かだ。
それにしても不思議なおじさんだった。
帰ろう…
不思議な体験だったけどここにいてもしょうがないので僕は帰路についた。
家の前に着くとヤツらがいた。
うわ、家までくるのかよ…
僕に気がつくとヤツらは近づいてきた。
ヤバイと思った僕は身構えたけどヤツらは僕の前に来ると謝った。
突然の出来事に僕は呆気にとられ、謝るとさっさと帰って行くヤツラの後ろ姿を眺めていた。
翌日、学校に行くとイジメをしていたヤツラが僕に絡んでくる事はなかった。
それから一週間が経ってもイジメられる事はなく、平穏な日々が過ぎていく…
『約束だ』か…
笑顔でそう言ったおじさんの顔が浮かんでくる…
この状況になったのがおじさんのお陰かは分からないけど、あの出会いから状況が変わったのは事実
僕はポリポリと頭を掻く
「約束は守らないとな」
そう呟いて鞄から教科書を取り出して勉強を始めた。
それから一生懸命、勉強をした僕は有名高校へと進学してエスカレーター式で大学へと進んだ。
弁護士試験は一発では合格こそしなかったが二回目の試験で合格して見事弁護士になれた。
そして十年が経ち、結婚もして子供も生まれた…
僕はこの河原に子供と散歩にくる様になった。
あれから、一度もおじさんに会っていない。
あの日から変わった僕の人生はおじさんのお陰か、おじさんが本当に天使だったかは分からない。
けど――、
ありがとう、
「パパー、まだぁ?」
「ごめん、いま行くよ」
息子の声に返事をした僕はあんパンとコーヒー牛乳を階段に置いた。
あの日、初めておじさんと会話をしたあの階段に…
天使のおじさん 完
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