決戦前夜のバレンタイン

クトルト

決戦前夜のバレンタイン

勇者ロイは、ふもとの森で、倒れた木に座りながら、

山頂にそびえ立つ、月明かりに照らされた魔王城を見つめていた。


10年かぁ・・

ようやくここまで来たんだ。




俺は勇者の家系に生まれた。

16歳になった日に、強制的に勇者となった。

王様から、はした金と最弱武器を受け取り、

魔王を倒すため、国を出た。


本当は国を出たくなかった。

父さんも魔王を倒すために国を出たが、

そのまま帰ってこなかった。

あんなに強かったのに。

死ぬかもしれない。


国を出て、すぐスライムに負けて、

国の教会に戻ることになった。

号外が出て、国中で笑われ、

母さんは泣いていた。


俺が弱いから・・


この時決意したんだ。


魔王を倒して、父さんの無念を晴らし、

母さんが笑って暮らせる世界を取り戻して、

みんなを見返してやる!




俺がここまで来れたのは、

信頼する3人の女性がいたからだ。


剣聖 クレス

剣の腕でクレスの右に出る者はいない。

仲間の先頭に立って、どんな攻撃も耐え続け、

一瞬の迷いもなく敵に突撃する。


神拳 レオ

本気のレオの動きを捉えられる者はいない。

すべての攻撃を素早くかわし、

1秒の間に数十発の拳を打ち込む。


賢者 ルートヴェリアス

ルートヴェリアスが使えない魔法は、この世に存在しない。

攻撃・回復・補助・召喚・時空・精霊・神聖・暗黒魔法を

自由自在に発動させる。



明日、最強の仲間たちと魔王に挑む。



母さん、もう少しだから・・



泣きそうになった。


ダメだダメだ。

まだ、魔王は倒していない。

油断はせず、すべての力を出し尽くして、

魔王を倒すんだ。



明日に備え、体を休めるために、

テントに戻り、横になって目を閉じた。


意識を失いかけた時に、誰かの声が聞こえた。


「ロイ、起きてるか」


テントから顔を出すと、

目の前にクレスが立っていた。


「ちょっといいか」


何の用事だろう。

もしかしたら、

俺と同じような気持ち

なのかもしれない。

しょうがないな、

話を聴いてやるか。


「ああ、大丈夫だ」


クレスを先頭にして、

森の中を歩く。


沈黙が続く。


こういうのも悪くはない。

魔王へ挑む前日に、ただの散歩をする。

国を出た時の俺なら、恐怖でテントから

出ることすらできなかっただろう。

こんなに落ち着いていられるのは、

この10年があったからだ。


5分ほど歩いた後、

クレスは立ち止り、俺の方を向いた。

何か言いたそうな様子だが、

何も言わず、下を向く。


「どこかに座ろうか」

俺から声をかけるが、

クレスは下を向きながら首を横に振る。


少し間があった後、

クレスは話し始めた。


「ロイ、今日が何の日か分かるか?」


「今日は2月14日で、魔王に挑む日の前日だ」

「そして、もうすぐ日付が変わる」

「2月15日は俺たちで魔王を倒して、

伝説の日にするんだ!」


「・・そういうことじゃない」


「他には何もないだろ」


クレスは少しすねたような表情をした後、

俺にリボンのついた箱を両手で渡した。


「これって・・何?」


「チョコレート」

クレスの顔が赤くなっている。


チョコレート?

甘いのは好きだけど・・


不思議そうにしている俺にクレスは

「バレンタイン!」


・・ああそうか、2月14日はそうだよな。

この10年、そんなイベントに関わることなく

魔王を倒すため、ひたすら敵と戦ってきた。

だから、バレンタインなんて気にすることはなかった。


剣聖といっても、女の子なんだな。


「ゴメン、忘れてたよ」


「別に謝る必要はない」


「クレス、ありがとう」


「お、おう」


もうすぐ日付が変わる。

今日はもう休んだほうがいい。

明日は万全な状態で臨まないといけない。


「クレス、戻って休もう」


俺は先に歩き始めた。


クレスはついてくると思ったが、


「私は」


話し始めたクレスの方に振り向くと、



「私はロイが好きだ!」



なんだそんなことか。

「俺も好きだよ」

「いまさら、当たり前のことを言うなよな」

「恥ずかしいだろ」


10年も一緒にいるんだ。

好きに決まっている。

親友を超えて、家族のような存在なんだ。


「クレス、テントに戻るぞ」

俺は再び歩き始めた。


「気づけよ、バカ」


「気づけって、どういうことだよ」

再び振り向くと、クレスが泣いていることに気づいた。


「クレス、どうしたんだよ」



「私はロイを愛しているんだ」




クレスの言っていることは理解できた。

でも、受け入れることはできなかった。


「なんだよそれ」


「・・・」


「俺たちは10年間、魔王を倒すために、

命をかけて戦ってきた仲間だろ!

俺にとったら、家族みたいな存在で、

愛してるとか・・・違うだろ。」


「それは、ロイの考えだろ」

「私はずっと好きだった」

「いつも優しくて、気遣ってくれて」

「私がダメな時は、しっかり怒ってくれて」

「強くなるために、ひたむきに努力して」

「そんなの、好きになるだろ!」


「なんで今なんだよ」


「それは・・・」


「今優先すべきは、魔王を倒すことだろ」


「・・もし、魔王に負けて、

自分の気持ちが言えないまま

死ぬのは嫌なんだ!!」


「クレスらしくないぞ」

「負けるとか考える奴じゃないだろ」


「らしくってなんだよ」

「ロイは私のことなんか知らないだろ」


「そんなことはない」

「10年一緒なんだ、知らないことなんて・・」


「私が好きなことに気づかなかった」


「それは・・そうだけど」


「ロイ!」


クレスは俺に近づいて語りかける

「ロイは私のこと、どう思ってるんだ?」


「いや、俺は、急に言われても」


クレスは俺の胸ぐらをつかんだ


「ちゃんと、答えてくれ!」


真剣な表情をむけてくる。

俺はとっさに視線を外した。


でも、一瞬見えたクレスの表情は、

いつもの勇ましい感じではなく、

・・可憐な女性だった。


もう一度クレスの顔を見た時、



「ちょっと、何してんの」


声をかけたのは、神拳レオ。

隣には賢者ルートヴェリアスもいた。


驚いて、クレスと俺は距離を取った。


レオとルートヴェリアスがクレスに近づく。


とりあえず、助かった。

まずは、魔王を倒すことが最優先。

クレスの件はその後だ。

俺たちに、世界の命運が託されてるんだ。


レオはクレスに言った。



「抜けがけはダメだって約束したよね」



・・・はぁ?

レオは何を言ってるんだ。



レオは続ける。

「魔王を倒すまでは、ロイへの気持ちは封印するって、

3人で約束したこと、忘れたわけじゃないよね」


3人?

レオだけじゃなく、ルートヴェリアスも

俺のことが好きなのか?


クレスは反論する。

「この気持ち・・言えないまま死ぬかもしれないって

想像したら、我慢できなくなったんだ」


レオはクレスの手を両手で握り、

今にも泣きそうな顔をしながら言った。

「分かるよ、クレスの気持ち」

「10年間ずっと我慢してきたもんね」

「でも、ロイを困らせたくないから、

ロイの希望を叶えることを優先しようって、

3人で決めたんじゃないの?」


クレスは下を向いたまま、

何も答えなかった。


これまで黙っていたルートヴェリアスは

小さな声でブツブツと話し始めた。

「深き闇に集いし、悪魔たちよ、時の流れに逆らい、あがき続ける闇の王よ

 等価交換の名のもとに、我の命を削り、汝らの力を我に・・」


ちょっと待て!

それは暗黒系最強魔法だろ。

そんなのここで放ったら・・

「ルートヴェリアス、やめるんだ!!」


「ロイは黙って」


ルートヴェリアスは時空魔法を発動し、

俺を動けなくした。


ルートヴェリアスは一言だけ言った。

「裏切者は抹殺する」


下を向いて黙って聞いていたクレスは、顔を上げ

「私は大事な仲間を裏切った」

「全部私が悪い」

「でも、ロイは誰にも渡さない!」

クレスは剣を抜いた。


「ダメだクレス、やめるんだ!」

「10年間一緒に戦ってきた仲間だろ!!」


クレスは剣を戻さなかった。


「クレスもレオもルートヴェリアスも誰も悪くない」

「悪いのは俺だ」

「お前たちの気持ちに気づかず、たくさん傷つけた」

「どうやって責任を取ればいいか分からないが、

 ちゃんとけじめはつける」

「だから、争うのはやめてくれ」

「魔王を倒すことに集中してほしい」

「魔王を倒せるのは、俺たちしかいないんだ!」


レオは俺に近づいて言った。

「ロイ、もう手遅れだよ」

「私たちは正直、世界なんてどうでもいい」

「今までロイのために戦ってきたんだ」

「世界より、ロイの方が大切なんだよ」


「だったら、俺の言うことを聴いてくれよ!」


「・・・それは聴けない」


「なんでだよ!」


「わかんないよ!」

「頭の中がグジャグジャで、

何が正しいとか、何が自分の気持ちとか

考えられない。」

「でもここで、引くことはできないんだよ!」


「お前たちは間違ってる!」

「俺たちには明日、魔王を倒して、世界を救う使命があるんだ!」


レオは見えない速さで、

俺の体中の急所を突いた。

痛くはないが、意識が薄れていく。


「ごめん、ロイ」

そう言ってレオは、俺の頬にキスをした。


それを見たルートヴェリアスは、

「お前も裏切者」


「裏切者?上等だよ」


3人の決闘が始まった。


「なんで・・・」


俺は意識を失った。




目が覚めると、夜が明けていた。

森だった場所は、砂漠と化していた。

3人は倒れている。


俺にかかっていた魔法は解けていた。


俺はクレスに駆け寄った。

「クレス、大丈夫か?」


「よかった・・私のところに1番に来てくれた」


「何言ってんだよ」


「うれしいんだ」


「おかしいよお前ら」

「・・・なんで俺なんだよ」


「ロイだから」


「答えになってねぇよ」


クレスは微笑んでいる。



違う、こんなことをしている場合じゃない。

これだけ暴れたら、

魔王がいつ気づいてもおかしくない。


「今から、魔王を倒しに行くぞ」


「それは無理だ」

「そんな力は残ってない」


「何言ってるんだ、これからだろ」


「・・・」


クレスは力尽きて眠っている。


他の2人はどうなんだ。


レオに駆け寄った。


「レオ、大丈夫か?」


「私は2番目か。やっぱり、ロイはクレスが好きなんだ」


「何言ってんだよ」


「クレスもルートヴェリアスも強いね」


「レオも強いって」


「これなら、魔王も余裕だね」


「そうだ、だから今から魔王を倒しに行くぞ」


「無理だよ、体中骨折してるし、内臓も何か所か

 破裂してると思う」


「なんでそんな無茶なことをしたんだ?」


「フフフ、なんでだろうね」


そう言って、レオは眠りについた。


やばいぞ、この状況は。

何とかしないと・・・


そうだ!

ルートヴェリアスの魔法を使えば何とかなる。


ルートヴェリアスに駆け寄った。

「ルートヴェリアス、大丈夫か?」


「私は3番目」


「順番なんて関係ない。みんな一緒だ」

「大事な仲間なんだ」


「ロイは罪な人」


「ルートヴェリアス、魔法は使えるか?」

「魔王が来るかもしれない」

「納得できないかもしれないが、

 みんなを回復してほしいんだ」


「MP0」


「道具を使えばいいだろ」


「全部使った」


「なんでなんだよ」


「ルートヴェリアスって呼んでくれた」


「ん?」


「みんな間違える」


「大事な仲間の名前を間違えるかよ!」


「・・うれしい」


そう言って、ルートヴェリアスは眠りについた。



どうすればいい・・



退却だ。

それしかない。

3人を担いで、逃げる。

回復させて、3人を説得して、魔王を倒せばいい。

今日はダメだったが、これで終わりじゃない。

希望はある。


ルートヴェリアスの左腕を

俺の肩にかけた時、



「勇者ロイ」



誰かに呼ばれて振り向くと、


魔王がいた。




世界は闇に包まれた。

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決戦前夜のバレンタイン クトルト @kutoruto

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