訳アリ彼女と訳アリ物件

ハミヤ

第1話 基地は平屋で築45年

 十七日間の退屈な旅が終わり、調査の宣言から700時間の準備期間を終えやっと任地に足を降ろした。

 そして今この街の不動産屋という店にいる。

 最初の任務は落着ける場所を確保する事、ここでの活動拠点、いわゆる基地の設営だ。

 地域に根差した場所で地味で目立たず、できれば堅牢で各種攻撃に耐える作りを望むが予算内ではとても無理だろう……

 それならば無駄を省いて選択肢を広げ、なるべく安くて快適にすごしせる場所を探す。快適は任務をスムーズにこなす上で何より大事な事だ。

 借家を紹介する古ぼけた店のカウンターに座り、この店の店主らしい老けたオスに希望の間取りと場所を伝えると、オスの店主は「そうですね~」と肉付のよい腹を掻きながらブルーの表紙のファイルを持ち出してきた。

 受け取ると紙媒体の束が原始的にまとめられている。

 その紙には平面図がプリントされ仕様書が添付してあり、集合住宅から平屋まで幅広いラインナップがページごとに示されていた。

 紙を触るのは初めてで戸惑いながらページをめくる。

 落ち着きのないオスの店主は、平面図を吟味している私の胸元を変な黒縁のフレームに付いたレンズ越しに覗き込んでいるので、胸元が開いた服を選んだのは失敗だったかなと思う。

 このオスの性的本能を呼び起こしてしまったのかもしれない、私は顔を上げ視線を向けるとオスを睨み返す。

 オスはあわてて視線をそらす。

 伸びていた鼻の下が一気に縮むのを確認して、睨んだまま舌打ちをして図面に視線を戻した。

 一応気に入った平面図を店主に告げる。

 3DKと書かれた平屋で小さいが庭があるのがいい、おじさんは目じりを下げた気持ち悪い笑顔で「案内します」と言い立ち上がる。

 タバコの臭いのしみついた軽自動車と言う乗り物に載せられ5分ほどの所にある一般住宅に着き外観を眺めると、地味で目立たず古臭い理想的な見た目にため息をついた。

 単独任務の現実を突きつけられてとてもうれしい……

 それでも公共交通機関からもわりと近い立地で、食料を確保する場所にも困らない、ついでに私の個人的研究対象(趣味)であるである〈アレ〉もある。

 それで九万五千円は基地としては破格だろう。楽々予算をクリアできる。

 ちなみに通貨による取引の残る任地では現地通貨の自製が認められている。

 ただし上限があり現地のレート基準で一人用住宅の賃貸料の4倍程度まで、これはAIがしっかりと管理するためズルはできない仕組みになっている。それと緊急経費用で僅かだが換金用に支給された希少金属もある。

 調査費として少し多めに申請して余った分を趣味の資金に……

 ひっひっひっと笑いがこぼれ、不動産屋がなぜか不審者でも見るようにチラチラと視線を向けている事に気が付いた。

 コホンとお上品に小さく咳払いをして微笑む。

「どうですか。若いお嬢さんが住むには築年数四十五年と古いですが、最近リフォームしたばかりで水回りも新品ですし、お部屋の中もきれいですよね、何よりすぐに入居可能です」

 不動産屋の説明にこんな物かと頷きながら部屋の掃出し窓を開けると陽の匂いをおびた風が部屋に吹き込んできた。

 大きな通りから一本入った小さな家、日当たりのよい木製の小さなデッキでは猫と言う生き物が気持ちよさそうに寝ている。ライブラリーで確認した市街地にてよく見る生物で、説明にあった凶暴にて注意という書き込みは訂正が必要のようだ。

 小さな庭に目をやると薄い黄色の花が咲いていて故郷の家の庭を思い出した。

 私が子供のころから暮す祖母の家にはウットデッキから続く小さな庭があり、そこは私のお気に入りの場所だった。

 もう三年くらい帰っていない。

 うしろで不動産屋が「春めいてきましたね」と愛想笑いを浮かべているのを無視して、そういえば春と言う季節だと事前調査書に書かれていた事を思い出す。

「ここに決めます、すぐに入居したいのでお願いします」

 少し強引に手続きを進め、明日にでも入居できるように話を進めよう。

 書類には〈泉虹子、十八歳〉と書いたがそれはこの地域での活動名と年齢で本当は十六才だ。

 本当の名前はニーナ・バーヴェルと言う。

 偽名の虹子というのは錦鯉と言うこの地域の泉で泳ぐ綺麗な魚類を見て気に入ったからで、最初は〈泉のニシキゴイ〉にしようとしたら船のAIチヨにダメ出しされてしまった。

「ニーナ、相変わらずバカなのですね、そんな安直な名前で目立ってどうすのです?」

 AIチヨは厳しい。

 泉之ニシキゴイだとここでは目立ってしまうらしい。

 相談のうえ泉虹子と決まった。

 AIチヨとそんな感じでやり取りをして名前と年齢、家族などの個人情報を偽装して、学校の編入試験手続きに金融機関に口座を開設、さらに街のサーバーにハッキングして必要な情報を改ざんする。必要書類を揃えるのはそれほど手間がかからなかった。まあ、原始的なシステムとセキュリティーなのでAIチヨがほとんど勝手に進めてくれたから、私のようなただの兵士でも何とかなるのだ。

 私の本業はあくまで戦闘である。

 不動産屋は紙の書類を書き終えると、「一人暮らし大変だね」と言ってほほ笑んだ。

「今度ご飯でもどうですか?おじさんがご馳走するから」

 眼鏡をギラリと光らせて誘ってきた。しかも、ねっとりとした視線を浴びせながらべたつく手で私の手を握って自分の通信端末の番号とネットワークのアドレスを渡された。

 どういうつもりだろう?

 この地域の習慣か?

 身体がゾワワーと皮膚が震え毛穴が逆立った。

 意味を理解しようとしたが秒で諦めて殺害するリストに登録することにした。

 自分で言うのもなんだが……私の容姿はこの地方の性的な基準で見ると〈カワイイとかロリ巨乳〉と言うカテゴリーに属するらしい。

 意味は不明だが性の対象と見られている事に嫌悪した。

 所属していた部隊ではよくチビサルとか、毛の生え方が変だとか、額と頬に毛が無い種類は気持ちが悪いだとか散々に言われたものだ。

 一番腹が立つのはこんなに弱そうなのに変身能力が無いと言われる事、もっと強そうならこんな扱いはあり得ないだろう。

「お前、何か勘違いしてないか?」

 おじさんのオシャレなのか?首に巻きついている紐を掴んでおもいきり引き寄せそのまま薄い髪の毛をつかんでカウンターに顔面を擦り付けた。

 悲鳴を上げるおじさん。

 奥の机でコンピューターに向かう女性の従業員は呆気にとられていて口を開けたままだ。

 開放してとりあえず愛想笑いをしながら「コロス」と脅して誘いを断ると、なぜか家賃を9万円に負けてくれた。

 親切な種族かも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る