第2話 ②

    ☆


 委員決めが早く終わり、柴山先生は予告通り自由時間をくれた。

 けれど、自由時間は溜息を繰り返す作業に浪費してしまい、あっと言う間に集まりの時間がやってきた。

「はぁ、行きたくないなぁ。どんな因縁を付けられるんだろう」

 ひとまず怖い人が少ないように祈ろう。

 黒板に掲示されている各委員会の集合場所一覧の紙を眺め、印字された文字を追っていく。

 体育委員の集合場所は3年2組だな。


 ゆっくり歩いたつもりだったけど、それでもすぐに教室に到着してしまった。

 そして、学内で最も会いたくない人物とエンカウントしてしまった。


「ケッ。テメェが体育委員かよ、高坂ぁ」


 辻堂つじどう晴生はるき……入学初日に俺や2科に対して、それはそれは手厳しい誹謗中傷をしてくださった全くありがたくない人だ。なんだ、留年してなかったのか。残念。

「てっきり留年したと思ってたんだけどよ。ヒャハハ」

 それはこっちの台詞だ。なんでこんな人を進級させたのか、進級判定会議に参加された先生方に小一時間問い詰めたい。

 辻堂君のことは無視して適当な席に座る。

「おおっ、伝家の宝刀シカトですかぁ? マジノリ悪ィし2科臭ぇなぁ」

 まったく、さすが体育委員。去年の2科委員がKO寸前まで追い詰められた理由が分かったよ。

 他の体育委員も辻堂君同様に弱者を虐げるのが好きそうなヤンチャな雰囲気を醸し出している。

「あれー? 高坂くんじゃない!」

 お次は誰だよ。よく絡まれるなぁ、と思いつつ心底面倒臭げに振り向く――と。

「おっはよ~! 体育委員になっちゃったんだー?」

 相手の顔を視界に捉えた瞬間に視線を逸らす。

 声をかけてきたのは豊原先輩だったのか。顔見知りの人がいてとりあえずは安心だ。

 けど正直、この人の相手は精神的に辛い。性格は天真爛漫で明るいんだけど、顔、胸、腰回り、脚、どこに目を向けても溢れる魅力に男心が否応なしに呼び覚まされるからだ。

 この人は豊原とよはら朱音あかね先輩、豊原のお姉さんだ。

 図らずも、豊原と絡んでいるうちにこの人とも顔なじみになっていた。

 美人、巨乳、脚が長い、色っぽいロングのポニーテールヘアーとビジュアルが完璧なのだ。だから俺はこの人をまともに直視できない。うん、自分でも非常に情けないとは思ってる。

 というか、弟とは容姿から性格まで見事なまでに正反対ってどうしてこうなった。

「おはようございます。成り行きで俺がやる羽目になってしまったんですよ」

「私は1年の頃から体育委員をやってるけど、やりがいあるよ~」

「俺はまず運動行事がそれほど好きではないんですよね」

「そっかぁ。運動できそうに見えるけどねー」

「えっと、俺は――」

「そいつぁ全く運動なんてできませんよ!」

 辻堂君に台詞を取られた。いきなり割り込まないでくれるかな。

「去年の球技大会のサッカーでコイツはキーパーだったんすが、俺のクラスの生徒が打ったシュートをただの一度だって止められなかったクズなんすよ。そんなことより、こんな2科野郎なんか放っておいて、俺とお喋りした方が楽しいっすよ~、へへへ」

「シュートが止められなかった? そりゃそうでしょ。去年キミのクラスは十一人中四人もサッカー部だったじゃない。現役サッカー部のシュートを素人の高坂くんが止めるのは難しいよ。あと、私はキミのように自身のアピールのために誰かを貶す人は好きじゃないから」

 豊原先輩が俺をフォローしてくれている。

 あぁ、アウェーの空間に味方がいてくれるのはこんなにも心強いものだったのか。

 今までは言われっぱなしだったけど、俺だって言う時は言うってことをこの差別主義者に教えてやろうじゃないか。

「辻堂君はさぁ――」

「席に着け、集会を始めるぞ」

 タイミングを見計らったかのように、体育委員の先生がやってきた。

 命拾いをしたな、辻堂君。


「体育委員は主に球技大会、体育祭で大きな仕事がある。仕事内容は会場設営や機材の運搬、競技の審判、それとスコアの記録などで――」

 体育委員の先生が体育委員についての説明をしている。

 うわぁ、体育の授業時に体育館や体育倉庫の鍵を開ける仕事まであるのか。体育は週に三回あることを考えると……仕事、多くね?

「説明は以上だ。質問はあるか? ――なければ次に委員長と副委員長を決めるぞ。委員長は3年生しかなれないから注意しろよ。副委員長は委員長に指名された奴にやってもらうのが体育委員のしきたりだから覚悟しておけ」

 嫌なルールだなぁ。つまり委員長に指名されたら、その人は1年生であろうとも副委員長をやらなければならない。

「委員長に立候補する奴はいるか?」

「はいっ、立候補します!」

 委員長の募りに刹那の迷いもなく手を挙げたのは豊原先輩だ。

「豊原、やっぱりお前が立候補に名乗りを上げたかー」

「私は1年の頃から体育委員ですので経験がありますし、責任も持っています!」

「そうかそうか。他に立候補はいるか?」

 先生は再度立候補を促すが、挙手をする3年生はいない。

「では委員長は豊原に決まりだ! お前ら、豊原をしっかりと支えてやるように。次に副委員長についてだが、豊原、どうする?」

 副委員長は委員長に指名された人がなるんだよな。

 ちらっと斜め後ろを見ると、辻堂君が『俺を指名してください!』というメッセージを濁った瞳で教壇に立った先輩に訴えかけていた。気持ち悪っ。

 再び視線を前に戻すと、豊原先輩が俺を見ていた。

「私は――――」

 恥ずかしい――じゃなくて!

 え、まさか。


「2年6組の高坂宏彰君を副委員長に指名します」

「ぶっほあぁっ!!」


 豊原先輩が宣言した瞬間に教室の空気ががらりと変わった。

「高坂……? 聞いたことないな」

「6組って――2科じゃん」

 つい数秒前までは誰が選ばれるんだろうというワクワク感で包み込まれていた教室内が、一瞬にして北極にワープしたかのような凍てつきよう。

 なぜ俺を――しかも、あんなにけがれのない爽やかな笑顔で言わなくても。

「そうか。高坂だったか? よろしくな! よし、新委員長と副委員長に拍手だ!」

 みんなは戸惑いながらも拍手で歓迎してくれた。ただし一部の1科の面々を除けば、だが。

 その中の一人である辻堂君が声を張り上げる。

「待ってくださいよ! 委員長がこんな奴を推薦した理由を聞いてないんすけど! 大体、一度も体育委員を経験してない人間を推薦!?」

「そうすよ! あんなのに副委員長は任せられないんすけど!」

「球技大会や体育祭の質を落とされたら堪りませんよ!」

 辻堂君に便乗し、彼の取り巻き連中も副委員長の決定に異議を申し立てた。

 まぁそうだよね。俺自身そう思うもん。

 豊原先輩は何を語るんだろう。

「私の二年間での判断ですが、1科の方々はとても要領がよかったです。ただ手を抜き、サボる人が多かったのも実情でした」

 豊原先輩の話に、心当たりがありそうな面々がビクリとした。

「更に一部の人たちが2科の体育委員に理不尽な要求をしたり、脅迫まがいの行為をしたりしていた点を考えると、マイナス評価をせざるを得ないです――注意しても改善できなかった私にも大分落ち度はありますが……」

 そうだ。俺も耳にはしていたけど、一部の奴らというのがまさに辻堂君と取り巻き連中のことだ。2科の体育委員に過剰な仕事を押しつけ、挙句の果てには弁当やジュースを度々買いに行かせる、委員の仕事とは全く関係のないパシリまでさせたのだ。

「2科の方々はとても真面目に作業に向かっていました。今年の1科の委員にやる気がないとは思いませんが、二年間の経験を踏まえ、2科から副委員長を決めようと考えました」

 豊原先輩は能力よりも人柄重視で候補を考えたのか。

 けど、そこから指名する人物を俺に絞った理由がまだ分からないな。

「2科の人といっても、私は1科なのでほとんど人物像を知りません。その点、高坂くんに関しては去年からの知り合いで、人となりもよく知っているつもりです。だから2科在籍で顔見知りでもある高坂くんが副委員長になってくれれば、お互いに仕事がしやすいと思いました。それが高坂くんを副委員長に指名した理由です」

 なるほど。顔見知り同士が相手なら豊原先輩も俺もお互いにやりやすいってわけか。

「未経験という点に関しては、私がサポートすれば問題ないでしょう。本来なら1科だからとか、2科だからなんて理由で決める話ではないのですが、去年、一昨年の双方の取り組みから判断すれば、これがベターな人選だと考えます」

 豊原先輩が副委員長を指名した理由を説明し終える。

「委員長が仕事しやすいからって……!」

 辻堂君はまだ納得がいかないらしい。ギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえてくる。

「副委員長の役目は委員長のサポートと代理だ。だから俺も委員長に副委員長を選ばせてるんだ。異論は認めん」

 辻堂君の文句を先生が切り捨てる。

 奴はなぜここまで反対するんだろう。

「辻堂君は誰に副委員長をやってほしいの? 俺が副委員長だとそんなに嫌?」

 俺の疑問を聞くなり、それはそれは忌々しげな目で睨みつけてきた。

「普通、副委員長は3年生の仕事じゃねぇのかよ? 大体、1科だから不真面目って決めつけんのはおかしいとは思わねぇか!? そんなの偏見だ!!」

 貴様が言うか!? 散々2科に言いがかりや差別発言をしておいて。虐げてきておいてか。

「黙れ辻堂! これは委員長の決定だ! 今日の集まりはこれで終了だ。解散!」

 先生が浮足立った辻堂君の文句を一蹴し、集会は半ば強制的にお開きとなった。

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