第2話 ①

    ☆


「ふう、寝不足だ……」

 朝のHRギリギリに学園に到着。昨晩は深夜までゲームをしてしまった。

「君が遅刻寸前で登校とは珍しいな。あれか、徹夜でネトゲかい?」

「ははは、よく分かったじゃないか」

 太一と他愛のない会話をしていると教室の戸が開かれ、担任の柴山しばやま裕伍ゆうご先生が登場した。

「おはよう! はい席に着け。今日の一時間目は委員決め、二時間目には委員ごとの集まりがあるからぱぱっとやるぞ。じゃあ出席を取るぞ。相川あいかわー」

 そういえば昨日のHRでそんな話があったような。すっかり忘れてた。

「ようし、全員出席だな。少し早いけど委員決めを始めるか。早く決まれば残りは自由時間にしてやるから、ちゃちゃっと決めようぜ」

 担任の一声により、フライングで委員決めが始まった。

 うーん、どうしようかな。できれば委員会には入りたくないけど、誰もやりたがらない面倒な委員に回されるリスクも鑑みると、早いうちに楽な委員になっておくのがベターな選択だ。

 狙い目は選挙管理委員か補助委員だな。選挙管理委員の仕事は年に数回程度だし、補助委員は他の委員が活動日や集会日に欠席した際の代理が仕事だけど、学園では欠席が多い生徒はほとんどいないので滅多なことでは出番は回ってこないはずだ。特に真面目さが売りの2科であれば尚更だ。1科は知らない。

「まずは学級委員だが、やりたい奴はいるか?」

 学級委員なんて最も面倒臭い仕事だよ。誰か立候補してくれないかなぁ。

 学級委員と体育委員、それと文化委員だけは絶対にやりたくない。

 学級委員は説明不要だから省く。体育委員は去年度の他クラス、主に1科の委員がガラの悪い生徒ばかりで、2科の委員は散々な扱いだったらしい。それに加えて球技大会や体育祭で仕事が山積みで、割に合わないことこの上ない。

 文化委員は文化祭および準備期間の一週間程度の仕事だけどそれが激務で、土日も登校しなければならなかったとか。

 ただ1科の文化委員は女子が多く、去年文化委員だったクラスメイトは女子と連絡先を交換した、と息巻いて二次元信仰状態から三次元も悪くないかな状態にステータスが変更されたことは記憶に新しい。

 とはいえデスマーチとも言える激務は連絡先ゲットでも対価としては微妙なほどらしいのでパス。

「いないかー? なら推薦で決めるぞ」

 結局、学級委員に立候補する勇猛果敢な戦士はいない。

 2科はその性質上、人前に立つことを嫌がる人間が多い。そして俺もその中の一人であることは言わずもがな。

「君がやれば?」

「嫌だよ。そんなこと言うなら自分がやればいいじゃないか」

「俺だって嫌だよ」

 みんな自分以外に学級委員を押しつけようとしている。

 よし、俺は太一を学級委員に仕立て上げて――


「谷田君は去年学級委員だったじゃん。今年はやらないの?」


 なんだと? 聞き捨てならない情報が耳に入ってきたぞ。

「はぁーあ。この学園の学級委員ってマジ面倒臭いんだよ。活動日の拘束時間は長くて、放課後ギリギリまでの居残りだってザラでさぁ。俺は今年こそは野球に打ち込みたいんだよ。だからパス」

 彼は確か、俺の斜め後ろの席に座っている谷田たにだ誠司せいじ君だっけ? 昨日の自己紹介では野球部と言ってたな。

 筋肉質で引き締まった身体なのは一目瞭然。更に背が高く坊主頭でまさに野球部! という印象が強い。

 この際犠牲はやむなしだ。谷田君にクラスを牛耳っていただくとするか。

「なんだ谷田君、去年は学級委員だったそうじゃない」

「えっと……誰だ?」

「俺は高坂宏彰。よろしくね。で、話の続きだけど」

「無理。断る」

「なんでぇ~?」

 まだ何も言ってないのにいくらなんでも即答すぎない!? ほんの少しくらいは話を聞いてくれたっていいじゃない!

「どうせお前も俺に犠牲になってもらう魂胆で、学級委員に推薦するとか言うんだろ?」

 あ、バレてましたか。こりゃ話が早くて助かる。早すぎて俺の台詞がなくなってしまったよ。

 てかすごいジト目で見られてるんですけど! やめて! そんな醒めた目で俺を見つめないでっ!

「さっきも別の奴に言ったけど、今年こそは部活に専念したいんだよ。去年は学級委員のせいで年に十数回も練習に参加できない日があったからな。だから、今年こそはたくさん練習して、上手くなって、スタメンで試合に出たいんだよ!」

「で、でも、た、谷田君の去年の学級委員としての仕事ぶりはほ、本物だったよ。きょ、去年、た、谷田君と同じクラスだったけど、ク、クラスのためにすごく頑張ってたよ」

「よ、よせよ豊原、照れるじゃないか。それはそうと高坂。そう言うならお前がやってもいいんじゃないのか? まさか、自分はやりたくないのに俺にはやれとか言ってるんじゃないだろうな?」

 自分がされて嫌なことは他人にもするなってことだね。それは道徳的には真理だけど、綺麗事ばかりでは厳しい現代社会を生き抜くことなんてできないのだよ。

「俺は今年も部活に専念したいんだよ。去年は委員会に入らなかったからたっぷり活動ができていたんだ。だから、今年もたくさん動画を観て、プログラミングをして、ネットサーフィンもして部活ライフを楽しみたいんだよ!」

「……お前、本気で俺に喧嘩売ってるだろ?」

 俺の言い分に谷田君はずいぶんと渋い顔をする。

 うーん。どうすれば谷田君は人柱になってくれるだろうか。

 そんなことを考えていると、

「谷田だったっけ? 俺は佐藤。宏彰に学級委員を任せるのは間違ってるよ」

 太一が唐突に口を挟んできた。

「ナイス太一! やっぱり君はなんだかんだ言っても俺の親友だね」

「オタクで変態、しかも対人スキルゼロの引きこもり不細工陰キャに学級委員なんて任せたらどうなる? クラス全体の恥として学園中から軽蔑されるんじゃないかね。いや、果たしてそれだけで済むかどうか。学年、ひいては学園全体を崩壊させかねない」

 前言撤回。やっぱりコイツはただの毒ガス発生機に過ぎなかった。

「太一! 言うに事欠いてオタクはないだろう! 嘘はいちゃいけないよ」

「突っ込み所はそこかい。じゃあこれは誰?」

 太一が見せてきたスマホ画面には黒髪ストレートの二次元美少女がにこやかに微笑みを浮かべている。

 このキャラクターは――あぁ。少し古いけど知ってる人は知っている。俺のアニメ知識を舐めてもらっちゃあ困る。

「五年前に放送されたテレビアニメ、『アップルジュース』のメインヒロイン、坂部さかべヒカルちゃんだね。メインヒロインは人気投票で一位になりにくい法則を見事打ち破りファン投票ではトップ、更にアニメ自体も深夜一時半からの放送枠にも関わらず全話にわたり高視聴率をキープした良作中の良作だよ。ちなみにヒカルちゃんの身長は158センチ、体重49キロ、血液型はA型でスリーサイズは――――あ」

「高坂……お前、どっぷり浸かってるんだな……」

 ヒロインの情報を早口で語った俺に谷田君が明らかに引いている。

 しまった! くそっ、これは誘導尋問だ! 太一、貴様は俺がオタクであることをなぜそこまでしてバラそうとしやがるんだ! このウジムシが!

 っと、ここは何とか言いくるめなければ。

「今時は深夜アニメなんて大多数の人が観てるからね!」

「確かに大多数だね。2科に限れば、だけど」

「ああああ! 谷田君、ち、違うんだ! さっきのは適当に言っただけなんだ! 俺はアニメとか、そういう類に興味はないんだ!」

「分ーかった分かった。そういうことにしておくから。で、話を戻すけど」

「俺も谷田にやってもらえると非常にありがたいけど」

「佐藤まで……」

 実際のところ、悲しいことに教室内を見渡す限り、このクラスで学級委員の仕事をまともにこなせそうな人材は谷田君くらいなんだよね。

「はぁ…………はいはい、やるよ」

 谷田君がついに折れてくれた。ありがとう、君の犠牲は無駄にはしないよ。俺、君の分まで部活を楽しむからさ。

「おお、谷田がやってくれるか! ありがとう、頑張ってくれよ!」

 柴山先生が嬉しそうに谷田君の肩をポンと叩く。

「ただし一つ言わせてください。えー、俺が仕方なく学級委員になった以上お前らはこの俺、谷田誠司の駒であることを忘れるなよ。俺の指示には文句なく従い、時と場合によって臨機応変に対応しろ。以上!」

「軍隊……ゴホン、いやぁ頼りになるなぁ。俺の仕事も手伝ってもらおうかな」

「いやいや、あなた先生でしょ? 自分の業務を生徒に押しつけないでくださいよ」

「ははは、冗談だよ。この一年、クラスを引っ張っていってくれ。頼んだぞ」

 谷田君には申し訳ないけど、学級委員は任せた。

 さて、と。俺はどうしようかな。ひとまず選挙管理委員を狙うとするか。

「次は副学級委員を決めるぞー。立候補はいるかー?」

 次々に委員が決められていく。当然、不人気の委員は立候補、推薦が出ないまま保留となった。これらの委員は委員会に入っていない人の中から強制的に選ばれることになる。

「じゃあ次は選挙管理委員だが、立候補する奴はいるか?」

 ついにワタクシの出番が来ましたか。

 勢いよく手を挙げる。


「やりまs――」

「やります」


 太一も立候補してきた。

 って、はい? ちょっと待ってくれ。選管は俺の仕事ですぜ。

「二人いるのか。ならじゃんけんだな」

 俺と太一でじゃんけんすることになった。それにしても……。

「太一~、なんで選管に立候補したんだよ~」

「楽だからに決まってるでしょうが」

 楽な方へ楽な方へと考えるその根性! コイツは本物のボンクラ人間だ。コイツの脳味噌がどんな構造になっているのか是非とも見てみたい。ちなみに断じて俺は太一と同類ではない!

 まぁいいさ、勝てばいいんだ。勝ってまったりした学園生活を手にするぞ!

「最初はグー、じゃんけんポン!」

 俺はチョキを出した。太一は――

 ――って、コイツやりやがった! 俺が出したすぐ後にグーを出しやがった。明らかに後出しだぞ!

「ちょ、太一! 後出し」

「よし! 選挙管理委員は佐藤に決定だ!」

 何事もないように話を進める柴山先生。いや、よし! じゃないでしょう。

「ちょっと待ってください! コイツは後出ししましたよね? 不正行為ですよ!」

「高坂。負けて悔しいのは分かるが言いがかりはよくないぞ」

「そうだよ宏彰。言い訳は見苦しいよ。敗者なら敗者らしく、潔く身を引くのが筋ってものじゃない? 卑怯な悪あがきは印象が悪いからやめた方がいいと思うけど」

 せ、先生!? ついでに太一、なんで貴様はニヤつきながら俺に説教を垂れてるんだよ! 大体、卑怯ってどの面下げて言ってるんだコイツは? 頭おかしいんじゃないか?

「ま、証拠がないなら高坂の意見は通らないよなぁ」

 谷田君まで俺を見捨てる。

 ぐっ、確かに。決定的な証拠がなければ俺の異議など単なるチンピラがつける因縁同然だ。

 為す術がないので肩をすくめると、谷田君が小声で俺に、

「けど、あれは明らかに後出しだったな、ドンマイ……」

 と慰めてくれた。ありがとう。気づいてくれた人がいて嬉しいよ。俺は一人じゃないんだなって感じる。

「次は補助委員だな。立候補はいるか?」

 逃げ道用委員その二が来た!

 またも勢いよく手を挙げる。


「はいっ! やります!」

「や、や、やり、ます」


 ……あれ? 今度は豊原と競合ですか。

 まぁ、豊原はどこぞの人でなしとは違って狡猾な手段は取ってこないだろう…………恐らく。多分。

「最初はグー、じゃんけんポン!」

 俺はパー、豊原はグーを出した。

 やった、勝った! まったりした学園生活、カモン!

「こ、高坂君。こ、こいつで、ほ、補助委員を、ゆ、譲ってはくれないか?」

 豊原が渡してきたのは一万円札だった。

 こ、こいつ……お金で補助委員というホワイトな委員の座を譲渡してもらう魂胆か。なんという甘い誘惑。だが俺は屈しないぜ。

「悪いけど、せっかく掴んだ補助委員の権利は譲らないよ」

「掴んでいるのは一万円札に見えるんだけど」

 うっ、無意識のうちに豊原が差し出した一万円札を掴んでしまっていた。クソ太一よ、よくぞ気がつきやがったな。

「こ、交渉、せ、成立」

 ぐう、致し方ない。一万円がもらえるのなら補助委員は惜しくない――惜しくないんだ!

「ん? 補助委員は豊原でいいんだな? それと高坂、賄賂わいろは禁止だから豊原に返すように」

「ええっ、じゃあ補助委員は」

「いやだってお前、豊原に譲ったんだろう?」

「あ、えっと……」

 なんだよそれ! つまるところ、ただであんなにオイシイ補助委員の肩書きを豊原に譲ったということか? それじゃあ俺は単なる超絶お人好しじゃないか。

「宏彰は優しいなぁ。見習いたいよ」

「うるさい、黙れ」

 太一、頼むから貴様は俺の視界に入らないでくれないか。俺もできる限り認識しないように努力するからさ。


 そんなこんなで委員決めは佳境に差しかかってきた。

 残った委員は体育委員と文化委員の二つ。例によってやっぱりこの二つが残ったな。

「まずは体育委員から決める。そうだな、日付で指名させてもらうか。えーっと」

 よし先生グッジョブ! 日付なら俺が当たる可能性はなくなった。体育委員をやるくらいなら、もう文化委員で我慢する。もはや贅沢は言ってられない状況だ。

加藤かとう、お前だな」

 ドンマイ、加藤君とやら。君は6組の英雄だよ、と大多数のクラスメイトが同情しているのが分かる。恐るべし、地獄の体育委員ブランド。

 すると加藤君は気まずそうに恐る恐る手を挙げた。

「あのー、僕は美化委員なんですけど」

「そうだったか? すまん、ならお前は無理だな。だったら――今は四月だから今日の日付に四を足そう」

 今日の日付に四ね……。

 あれ? ということは――


「えーっと。おっ、高坂だな。頼んだぞ」

「そんなバカな!!」


 体育委員になる人はドンマイ、と他人事で捉えていたのに、その正体は俺だったのかよ!

 さようなら、まったりした学園生活。こんにちは、地獄の学園生活。

「まぁ、なんだ……頑張れよ。お互い苦労するなぁ。辛いことがあったら聞くから遠慮なく話してくれ」

「ありがとう、谷田君……」

 君だけだよ、優しい言葉をかけてくれるのは。そんな君に学級委員を押しつけた俺をどうか許してつかあさい。

「あとさ、俺のことは気軽に誠司と呼んでくれ」

「お、おう、誠司」

 ちょっと会話しただけの相手にファーストネームを要求する距離感の近さに少したじろぐけど、このフランクさも誠司の魅力の一つだなぁ。

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