学内格差と超能力

小鳥頼人

1巻 学内格差編

プロローグ

 新たな出会いを前に、大抵の人が平常心を抑えることは難しい。どこかに逃げ出したいと願うか、楽しみでワクワクした気持ちになるものだ。

 かくいう俺もそうだ。今すぐにでも家に帰りたくて仕方がない。一体どんな高校生活が立ちはだかるんだろう。

 物事は最初が肝心とは言うけれど、緊張で自分を取り繕う余裕など全く生まれない。最初だからなにさ。怖いものは怖いんだ。緊張は収まらないんだ。


 そんな不安をよそに入学式が滞りなく終わり、自分の教室に入ったものの、クラスの雰囲気に早くも意気消沈しそうだ。

 なんていうか、見るからに暗そうな人ばかりなんだよなぁ。教室内は誰一人として会話がないし、なにより男子しかいないってどういうこと?

 この学園は男女共学のはず。入学式には女子もいた。この学園は男子の割合が多いことは学園説明会の時に聞いてはいたけれどさ。


 高坂こうさか 宏彰ひろあき   学科 第二進学科 クラス 一年 六組   私立貴津たかつ学園高等学校


 入学式の受付で渡された封筒の中に入っていた紙にはこう書かれている。

 詳しい説明は学園説明会の時もHPホームページにもなかったけど、この学園には『第一進学科』『第二進学科』なる二つの学科があるようだ。

 他のクラスがどうなっているか気になってきたな。適当に見に行ってみるか。


 1年1組の教室前に到着。

 このクラスは早くも友人ができた人が多いみたいだ。各々の出身中学や部活動などについて語り合っている。

 これが普通の教室風景だよね。俺のクラスが暗すぎるだけだ、きっとそうに違いない。そうでなければやっていけない!

 このクラスは見た限り女子の方が多いなあ。俺は女好きではないけど、これは酷い格差だ。本当に同じ学園なのだろうか?

 俺は俗にいうオタクで、自分の部屋にアニメやゲームなどの類を貯蔵している。中学時代はクラスの半分は女子で、また女子からの二次元に対する風当たりが特に強かったために、迫害の恐怖心から隠れオタクを貫き通すことができたけど、今回のクラスはそうではない。

 さっきちらっと見たら、入学早々ノートパソコン持参でゲームをしている人がいた。ライトノベルをブックカバーもつけずに堂々と読んでいる人もいた。

 あのクラスにいると俺もオープンになってしまう、そんな気がする。

 なんてたらればに浸っていると、1組の人と思われる男子生徒が近づいてきた。

 金色の髪は真上に逆立っている。まるで天に昇ろうとしているみたいだ。両耳にはピアスが我が物顔できらきらと光っており、なによりそのつり目からは相手を有無も言わさずに黙らせようとする意志がひしひしと伝わってくる。

「お前さっきから教室を見回してるけどなんの用?」

「あっ、ちょっと他クラスの様子が気になって見に来ただけで」

「あーっそ。ところでそのネクタイの色からして、お前2科か?」

 2科? あぁ、第二進学科のことか。

「えっと、そうだね」

 何気なく答えたんだけど、なぜかそれを聞いた途端に男子生徒の眉間にしわが寄る。

「――2科無勢が気安く1科の教室に来るんじゃねぇよ! えぇ!?」

 よ、よく分からないけど無茶苦茶怖いです。突然ボルテージの波に乗ってますよこの人。

「き、気安くって、他クラスの様子が見たかっただけで――」


「今すぐ失せろ!! 教室が汚れるんだよ!!」


 いきなり怒鳴られてしまった。

 なんで? ちょ、気分悪いんですけど。このまま『はい、今すぐ失せますねエヘヘ』とはとても言えない!

「ちょ、ちょっと待ってよ。1科と2科の違いでも知ってるの?」

「知らねぇよ! どうせこの後のHRホームルームで説明されるだろうよ! 俺も2科の教室を見たけど、気持ち悪い豚みてぇな野郎ばっかりじゃねぇか! あんな連中と同じ学年って考えただけで吐きそうだわ! どう責任取るつもりだオラァ!」

 なんて酷い言い草だ。すごく憤りを覚える。けれど、同時に恐怖心が――こういう人間が一番苦手なんだよなぁ。

 ――ん? なぜこの人は俺が第二進学科だって分かったんだ?

「ひ、一つ聞いてもいいかな?」

「あぁ!? んだよ、っぜーな!」

 男子生徒は露骨に眉を八の字に歪ませて睨みを利かせてくる。

「う……どうして俺が2科って分かったのかなって」

「はぁ? ネクタイの色で分かるだろうが。赤が1科、黄緑がゴミ溜め2科だ! 1組から5組は1科、6、7、8組はクソ2科! どうだ、テメェの腐った脳でも少しは理解できたかウジムシ野郎!」

「な、なるほど、ありがとう。けどさ、先入観だけであれこれ言うのは」

「生理的に無理なモンは無理! 不快感マックスなんだよテメェ等陰キャ2科はよ!」

 情けない。

「人は内面が大切だと思うけど……」

「中身が見れねぇほど外見がグロいんだよ! つか、中身も見たくねぇ! そもそも外見クソな奴の中身は綺麗とか、テメェ等の願望でしかねぇだろ?」

 くそ、なにも悪くない2科の面々が侮辱されているのに。

「…………でも」

 声が震えてしまう。やっぱり怖い、この人が。

「うるせぇ、さっさと消えろ! ついでに退学も真剣に検討してくれよ! 他の2科連中にも伝えとけ!」

「分かった、出ていく……」

 最後の一言は声が掠れていた。掠れ声ですら、音として絞り出すだけで精一杯だった。

 一連のやりとりのせいか、先ほどまでは和やかだった教室内がすっかり凍りついていたことに気がついたのは教室の出入り口から去る時だった。


「はぁ……なんなんだよあの人は」

 この学園の1科ってあんな人ばかりなの? だとしたら冗談じゃないぞ。これからどうなるんだ。

 というか、この学園は偏差値が結構高いはずなのに、なぜあんなガラの悪い人がいるんだよ。そもそもあの外見はまずいって。


「あれ? ヒロじゃないか」


 だだ下がりのテンションで廊下を歩いていると、またしても男子生徒に声をかけられた。

 今ものすごくブルーな気分なんだけど――――って。

「……あぁ、歩夢か」

「……やぁ。また三年間、よろしくね」

 この人は松本まつもと歩夢あゆむ。幼稚園からの幼馴染だけど、訳あって現在は距離を置いている。

「あ、あぁ。よろしくね」

「元気ないけどどうかした?」

「そ、そう見える? 特にどうもしないんだけどね、ははは。そういや歩夢は何組?」

「1組だよ。ヒロは?」

 赤いネクタイを視界に捉えつつも訪ねてみると予想通りの答えが返ってきた。

 そうだよな。俺は同い年の平均以上の身長はあるけど、歩夢は俺よりも更に5センチは高く、顔の輪郭、パーツともに整っている。

 でもチャラチャラとした雰囲気は一切なく、人柄の良さが歩夢を包むオーラを更に眩しいものにしている。

 こんな、いかにも青春を謳歌していそうな人はそりゃ1科だろうよ。そう思うと歩夢に対して邪な羨望感を抱いてしまう。

 うーん、昔は俺よりも背が低い弟分的な存在だったんだけどなぁ。今ではすっかり立場が逆転している。

 あぁくそ、やめだやめだ。これ以上考えると劣等感で発狂しかねなかったので思考回路を無理矢理急停止させた。

 要するに、惨めな思いをしたくないという自分ありきの腐ったプライドから、俺は一方的に歩夢から距離を置いているのだ。

「おーい、どうした?」

 そうだった。歩夢と会話している最中だった。

「ごめん、緊張で昨晩眠れなかったせいでぼうっとしてた。俺は6組。これからまた三年間よろしくね」

「あぁ。楽しい高校生活を送ろう」


 ごめん歩夢。恐らく2科には楽しい高校生活は待ってないと思う。


 その後のHRが終わっても、俺の気分が晴れることはなかった。

 あー、入学早々憂鬱だなぁ。今日楽しそうにしてた連中は全員爆発してくれないかなぁ。

 担任曰く、1科と2科で大きな違いはないらしい。

 各科の振り分けは中学時代の内申、学力考査の成績、面接の結果などを総合的に判断してどちらに分配するかを先生方で決定しているとのこと。

 入試の面接が一時間もかかったのはこのためだろうな。受験生の人となりを深い部分まで掘り下げて見極める目的があったのだ。

 あそこで上手く答えていれば1科に振り分けられたのだろうか。

 …………いやいや。仮に俺が1科だったとしても、彼らとは住む世界が違いすぎて孤立するだけだ。

 なるべくして2科所属になったんだな、うん。

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