若きプロデューサーの悩み

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若きプロデューサーの悩み

 それは、私にとって初めての「一目惚れ」だった。


 私は恋愛に奥手だった。自分から誰かを好きになったことはなく、交際経験は高校生の時に一学年上の先輩に告白され、断りづらくて付き合った一回のみ。その彼とも長続きしなかった。

 大学では特に自分から動かなかった結果、四年間恋愛沙汰とは無縁のまま卒業してしまった。大学は、いや一般社会では、自発的に動かねば何も起きない。キャンパスでいちゃついているカップルを横目にそう思うも、さりとてわざわざ自分から動くほどの気持ちも持てない四年間だった。

そして、何の因果か就職したのは大手の芸能プロダクション。入社から二年間はマネージャーとしてベテランタレントのマネジメントをした。色々至らぬところもあって、沢山叱られもしたが、そんなに大きなミスを犯すことはなく、昇進した。マネージャーからプロデューサーへのランクアップである。


 彼女と出会ったのは、私がプロデューサーになった初日のことだった。新しい上司に「スカウトしてこい」と名刺を片手に街中へ放り出され、しかしどうしたものかと悩みながら繁華街を歩いていた時のことである。

彼女は、向かいから歩いてきた。果たして彼女の何に私が一目惚れしたのかはわからない。これまで同性を好きになる、ということは考えたこともなかった。まあ、彼女の顔が良かったというのは事実であるが、それだけだったとは思えない。しかし、彼女について深く知ってしまった今となっては、彼女に対する第一印象とも言えないイメージを思い出すのは困難なことである。

私は咄嗟に、

「そこのあなた!」

と声をかけた。その後どうするかは頭から飛んでいたので、

「わたしに何か?」

と振り返った彼女に対して一瞬、戸惑う。

「あっ……、ええと……。あの、私、こういうものでして……」

ここで何か言わないと、彼女は私とは二度と会えないのではないか。そうした焦りの中で私はなんとか名刺を渡した。大手のプロダクションだったことが幸いし、彼女はすぐに分かってくれたようだった。

「あの、アイドルになりませんか?」

こうして彼女と私はアイドルとプロデューサーとなった。


 それから私は仕事に打ち込むようになった。それは、彼女がアイドルとして売れなければ、私の下から去って行ってしまうのではないか、という不安からである。

そして、彼女はグングンとアイドルとしての頭角を現していった。最初は小さなライブハウスでコアなファンを掴み、次は商業施設の舞台へ。そこで一般の人に認知され、次第にラジオ、そしてテレビへと出演の場を広げていった。

しかし、彼女がアイドルとして有名になっていくと、私の中である感情が芽生えてくる。それは、

「彼女を独占したい」

という気持ちだった。彼女を知る人が増えていくにつれて、私が持っている彼女の持ち分が減っていくような気がした。


 彼女がファンの前で歌い終えた後、舞台袖にいる私に

「プロデューサーさん!どうでしたか?」

と訊いてくる時の満面の笑みを独占したい。

 彼女と一緒にテレビを見ている時にだけ聞かせてくれる、あのコロコロとした鈴のような笑い声を独占したい。

 地方営業の時に泊まった旅館で、一緒に大浴場に入ったときに見た、彼女の美しい身体を独占したい。


 ああ、彼女に一言「好きです」と言えたら!ああ、彼女と駆け落ちできたら!旅館で隣同士の布団で、彼女の寝顔を見ながら思う。しかし、私が彼女とこうしていられるのは、あくまでもアイドルとプロデューサーという関係だからだ。ここから自分の気持ちで一歩踏み出して、この関係を壊してしまうのが何よりも怖い。この関係を維持していけば、彼女はますます有名になり、私の持ち分は減っていくだろう。嗚呼、どうすれば良いのか。


 苦悩している間に彼女の目が覚めたらしい。

「プロデューサーさん、明日もお仕事頑張りますねっ」

彼女の囁きに私は頷くことしか出来なかった。

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若きプロデューサーの悩み 19 @Karium

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