吾輩は猫勇者である

亜未田 久志

転生したら猫である。


 吾輩は猫である。

 名前はある。名づけられた。

 その名も。


「貴方は勇者! 貴方は勇者としてこの世界に転生されたのです!」


 ふむ、どうやら勇者というらしい。

 この白装束の女が、私の飼い主だろうか?


「さあ行きなさい! 魔王を倒しに!」

「にゃあ」


 と一鳴き。白装束の女は狼狽えた様子で。


「そ、そうですよね。いきなり行けと言われても、どこへ行けばいいか分からないわよね? えっとね……」


 説明を受けた。

 どうやら吾輩は……この吾輩っての堅苦しいな。


 というか夢の異世界転生なのになんで猫なんだ。

 転生して猫になりたいのは第二候補だっていうのに。

 転生の第一候補の勇者と第二候補を一緒にすればもっと幸せ! とか考えたんだろうか、この女神っぽい奴は。


 んな訳あるか。猫に魔王が倒せるわけないだろ。

 猫になったから吾輩、吾輩と言ってみたが、心の内で言うだけだとすごく虚しい。

 大先生ごめんなさい。


「では改めて! 冒険の街スタートへ行くのです! 勇者!」

「にゃあ」


 猫であっても行くしかないらしい。

 しょうがない。その街とやらに行って飼い主でも探して適当に幸せに生きてやる。


 というかスタートってまた安直な……。

 謎の女神空間からほっぽりだされた私は草原に居た。

 どこだここ……さっきの説明だと北に行けばいいはずだが……。


「……にゃあ」

 太陽の位置から北を割り出そうとしたが、太陽が二つある。

 流石異世界。これは困った。


 まあいい、適当に進もう。

 そうしてしばらく鬱陶しい草の中を駆けていると。

「ピギー」


 という間抜けな音が響いた。

「にゃあ?」

 そちらの方を覗く。


 すると、淡い青色の粘液の水たまりがあった。


「んなー」


 警戒する。これは恐らく――


「ピギー!」


 スライムだ! どうする!? 助けを呼ぶか!?

 ダメだ近くに人どころか、猫一匹いる気配すらねぇ!


 いや、猫一匹ならここにいるが。

 仕方ない、逃げよう。回れ右して走り出した時だった。


「ピギギ」


 しかし! 回り込まれてしまった!

 くそう、なにも上手くいかないなこの世界。

 仕方なく、収納されていた爪を出す私。


「ピギー?」


 ピギー? じゃないんんじゃこのスライムめ。成敗してくれる。

 私の、切り裂く攻撃!


 その攻撃はスライムのぷよぷよの肌に吸い込まれ――


 切り裂いた。


「にゃ!?」


 自分でもその手応えに驚く。


「ピ、ピギギー」


 蒸発するスライム。……成仏しろよ。

 しかし猫クロー、威力あるな。使いどころには気を付けよう。


 そうしてしばらく歩いた所。

 なんと街にたどり着いた! 城壁に囲まれた立派な街だ!

 ここがスタートだろうか? どうでもいい。ここで猫として幸せに生きていくんだ!


 誰か拾ってくれー!


「にゃあー!」


 叫んで街に駆け込んだ。


 すると。


「勇者様だわ!」

「本当だ! 勇者様だ!」


 そんな感じで街が一大イベントのようになった。

 どうやら私には小さいマントが付けられているらしく(気づかなかった。窓に反射した自分の姿でようやく気付いた)

 それが私を勇者たらしめているらしかった。


 なんとか外そうとしたが、自力じゃ無理だった。地面に擦りつけても傷一つつかない。

 うむ、立派なマントだ。行きかう人々からは「どこかかゆいのかしら?」と言われてしまった。

 どうする私。このままだと勇者として祭りあげられ、魔王討伐コースだ。


 王城まで連行される私。


「んなー! んなー!」


 必死に抵抗してみせるが、人を傷つけたくはないので爪は使えない。つまりは非力な一匹の猫でしかなかった。


「暴れないでくださいませ。勇者様。さあ王様の面前です」


 太った髭面の男、貫禄があると言えば聞こえはいいが。


「ふむ、君が勇者か?」


「……にゃあ」

「……愛らしい」

「にゃあ!?」


 いきなり何言ってるんだこの王様!? まさか……。


「よし、下がって良いぞ」

「あっ、はい……」


 私をここまで連れて来た街人が去って行く。


「はぁ……はぁ……」


 ヤバい! こいつケモナーだ!


 私は爪を容赦なく振るい、切り裂いた。


「何!? なんて威力だ! これが勇者か!」


 王様が舌を巻いている。そんな場合か。


「兵を呼べ! 勇者が逃げたとな!」


 なんだそれは。そのまんまじゃないか。

 どうするどうする。


 王城の外まで出る、そこに馬車の荷台が見えた。


「にゃあ!」


 思わず飛び乗る。馬車が走り出す。


「どこですか勇者様!?」

「見つからんぞ!」

「そっちじゃないか!?」


 兵士たちが必死に私を探す声が遠くに聞こえる。

 悪いね。この馬車は一人用なんだ……?

 荷台に誰かいる。暗くて気づかなかった。


「あなたは……?」

「にゃあ」

「にゃあ? 言葉が喋れないんですか?」


 よく見るとその子は鎖で繋がれていた。

 うーむ、どうやら奴隷という奴らしい。

「にゃあー」


 爪で鎖を切り裂いてやった。

「え? え?」

「にゃあ」


 さあ、これで君は自由だ。馬車を降りて何処へともなり行くといい。

 そんな想いを込めて鳴いた。

 だが伝わらなかったらしく。


「そっか、君一人じゃこの馬車から降りられないんだね。いいよ。あたしが降ろしてあげる」

「にゃあにゃあ!」


 違う違うと叫ぶが、聞く耳を持たない少女。


「えいっ!」


 馬車から私を抱えながら飛び降りる少女。

 地面を転がる。私を守るように抱きかかえながら。


「けほっ、けほっ、いてて、ごめんね。君は痛くなかった?」

「……にゃあ」


 渋々、肯定する。しかし無茶をする少女だ。


「これから、どうしようか。鎖も取れちゃったし……」


 そんなに鎖が大事だったんだろうか、壊してしまって申し訳ない事をしたかもしれない。


「にゃにゃあ」


「え? そっちに行くの?」


 今、自分達がいるのは森の中だ。まずはこの森を抜けなくては。

 街に行って幸せに暮らすのだ……そうだ。


 私は地面に身体を擦りつけた。例の小さなマントを取ろうとする動作だ。


「どうしたの? どこか痒いの?」

「んなー」


 駄目だ伝わらない、諦めかけたその時。

「このマントが邪魔だね、取ってあげる。これでいい? 痒いのはここ?」


 マントが取り払われる。やった! これで勇者じゃなくて、ただの猫だ!


 吾輩は猫である!


「にゃあ! 


 声が、出た。


「うわっ!? 君、喋れたの!?」

「にゃ!? 嘘、にゃんで!?」


 まさかマントが呪いのアイテムだったのか!? あいつ女神とかじゃなく邪神の類だったんじゃないか!?


 なんとなく爪で、その辺りの木を斬ってみた。威力は変わらない。

 おかしい、私の予想では爪の威力もあのマントの効力だと思っていたのだが。

 まさかこの世界の猫の平均値がこれだと言うのか?


 切り倒した木を眺めながら、首を傾げる。


「本当にすごい力だね。君の爪」


 少女に撫でられる。


「んにゃ……君のにゃまえは?」


 名前は? と聞こうとして


「ん? 名前? あたしはネコ!」


 ……なんだって!? イントネーションこそ違うものの確かにネコと言った。

 これは偶然か? それともあの邪神が仕組んだ運命か?


「にゃあ……私は、ユーシャ」


 勇者と言おうとして、失敗した。


「ユーシャ! 良い名前だね! ねぇユーシャ、これからも仲良くしてくれる?」

「にゃ……まずはこの森を抜けないとね、ネコ」


「……うん! そうだねユーシャ!」


 こうして元奴隷と元勇者である猫のパーティが完成した。

 この先、二人になにが待ち受けているのかは、またのお楽しみ。

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