第267話 愛と幸せの楽園

 瑠璃色ラピスラズリのような空と翠玉色エメラルドグリーンの海に、象牙色アイボリーの砂浜が続く海沿いを歩いている。

 そして、目の前には燃えるような紅玉色ルビーの髪を風になびかせて踊るルリの姿が。

 まるで幻想的な絵画の中にいるような不思議な感覚になる。


 波打ち際ではしゃぐルリが動く度に、キラキラと光が反射して周囲の景色と相まって、奇跡のような美しさを放っているのだ。

 春近は、ルリを見つめたまま、その美しさに魅了され幽玄の世界に入ってしまう。



「綺麗だ――――」

「えっ?」


 うっとりとした表情で呟いた春近に、ルリが近付いて聞き返した。


「はあ……ルリが可愛すぎる……」

「えっ、ええっ、は、ハルぅ……」


 春近が真剣な顔で話し始めて、ルリがモジモジし出す。


「そういえば、ラピスラズリって瑠璃って意味なんだよな。幸せを導く最強のパワーストーン。オレにとって幸せを運んできてくれたのはルリなんだ」


「ええ~私も幸せ♡」


「このラピスラズリの空もエメラルドグリーンの海も、ルリの美しさの前では霞んでしまうほどだ」


「えへへぇ、ホメ過ぎだよぉ~」


「ルリ……なんて可愛くて美人で綺麗で魅力的なんだ……こんな最高に可愛い子がオレの彼女だなんて、なんて俺は幸せなんだ……大好き過ぎるよ……」


 ハルが褒めまくっていて、ルリが照れてぐにょぐにょと体を動かしている。

 実はこの男、頑張って褒めようとすると失敗することが多いのだが、妄想しまくって心の声が漏れている時は本音で良い感じに褒めまくるのだ。


「もう~っ、ハルってば正直すぎるよ~だいしゅきぃ♡」

「でも……ちょっとズボラなところと、エッチが激し過ぎるのが玉にきずというか……」

「は?」

「あ、あと、上に乗られると重……うぎゅっ!」

「ハぁ~ルぅ~! 今、重いって言った? 言ったよね?」


 ルリが抱きついてギュウギュウと春近を締め付ける。

 もう、毎度のオヤクソクなのだが、何かと理由を付けては抱きつきたいお年頃なのだ。


「わーっ! ルリ、あたってる、色んなところがあたってるから!」

「あててるんだよ! 悪い子のハルはギュウギュウしちゃうんだからっ!」

「こ、これは、天国やーっ!」


 ルリに攻められて天にも昇る気持ちになってしまう。


「もうっ、ホントは途中で恥ずかしくなって茶化しちゃったんでしょ?」

「そ、そうとも言うかな……」

「ふふっ、まったく~」

「ははっ」


 二人は、ピッタリと寄り添って浜辺を歩く。

 目と目で見つめ合い、心と心が通じ合っているように。


 思えば初めて会った日――――


 春近は完全にルリの美しさに魅了され、その魅惑的な美しさに恐怖さえ感じる程だった。

 ルリはといえば、陰陽学園に入学するにあたり駅で会った男を呪力で認識操作して仲間にしようとしたのだ。

 だが、春近の真面目で優しい性格に触れ、どんどん惹かれて行ってしまい、最初に呪力をかけてしまった罪悪感に苛まれてしまう。しかし、奇跡なのか何なのか春近にかけた認識操作が解けて全てを思い出したのだ。


 春近には鬼寄せの力があるとされていたが、本当は鬼寄せではなく別の力だったのかもしれない。

 ルリの認識操作も渚の心酔させてしまう力も、何故か春近にだけ少し抵抗レジストしてしまうのだから。

 時にぶつかりながらも本心で通じ合い、こうして愛し合うことができたのだから。



「あっ、そういえば……ハルってば、最初に私と会った時に怖がってたよね?」


「うっ……そ、それを言われると……。あの頃のオレはピュアなドーテーハートだったから、ルリみたいな超美人とか超可愛い子が迫って来ると、委縮しちゃうというか怖がってしまうというか……。とにかく凄い美人にビビッてしまうんだよ。しかもアニメの最強ヒロインみたいに周囲の空間まで変容させていたように感じたし」


 アニメに例えるところが春近らしい。


「ふふっ、ハルったら。今はどうなの?」

「今は……凄く大好き……」


 そのまま見つめ合い、どちらからともなく顔が近付いて行き、そっとくちびるが触れあうキスをする。


「ちゅっ…………」


「え、えへへ♡ ハルぅ~」

「ルリ……」


 そのまま抱き合い、腕をカラダに絡め合う。

 お互いの体温や匂いや感触が心地良くて、まるで溶け合いそうになってしまう。

 そして――――



「春近ぁぁぁぁぁーっ! 春近ぁぁぁぁぁーっ! 何処なのぉぉぉーっ!」


 良い雰囲気になったところで、遠くから渚の声が聞こえてきた。


「あれ? 渚様の声が?」

「もう、渚ちゃんってば、いいとこだったのに」


 渚が春近を見つけると、全力で砂浜を走って近寄って来た。


「はあっ、はあっ、はあっ……も、もうっ! 起きたら春近が居ないんだもの、あたしを置いて何処かに行っちゃったかと思って心配するでしょ!」


 あの女王のような渚が、今は縋るような顔になっている。


「ちょっと散歩に出ただけですよ。渚様を置いて何処かに行くわけないでしょ。もう、心配性なんだから」


「は、はあ!? し、心配してるわけないでしょ! あんたが、ずっとあたしの側にいるって約束を……と、とにかく、春近は、ずっとあたしと一緒にいなさい!」


 渚が凄い勢いで春近に迫る。

 愛が深すぎるのか何なのか、春近を溺愛するあまり少し……いや、だいぶ過激な行動が多いのだ。

 今では、春近も渚の可愛さや優しさも分かっているのだが。


「もう、渚様はしょうがないですね」

「はあ! 春近、あんたねぇ……」


 そんな渚を眺めていたルリが噴き出してしまう。


「ぷぷぷーっ! 渚ちゃんって、ホント怖がりでおもしろーい!」

「なな、なんですってぇええ!」

「ハルは私とイチャイチャしちゃうもんねぇ」

「ぐぬぬぬ! ルリ! あんたの勝手にはさせないわよ! 春近は、あたしのモノなんだから!」


 これまた、いつものように取っ組み合う。

 もう、見慣れた光景だが、今では微笑ましくも見える。


「本当に二人は仲良しだよね」


「全然違うから!」

「全然違うわよ!」


 春近の言葉に、二人が同時に反応する。


「だって、初めて会った時は、いきなり呪力で戦い始めてどうなるのかと思ったけど、今ではこんなに仲が良くなって」


「それは、ハルが渚ちゃんの足を舐めてたからでしょ!」

「それは、春近がルリと仲良くしていたからじゃない!」


「ええっ……何か理不尽な気が……」


 たいたい春近のせいだった。




 そして、結局他の彼女も春近に合流して、全員で街を散歩する事になった。

 美しき戦女神のような彼女たちがゾロゾロと歩く姿は、まるで天上界から女神が降臨したかのように壮観な眺めだ。


「鬼神様、こんにちは」

「ど、どうも」


「鬼神様、これ、今日取れた芋です。持って行って下され」

「あ、ありがとうございます」


「王様と鬼神様、今日水揚げした魚ですぜ。後で干物にして届けますんで」

「それは有り難いです」


 春近たちを見掛けると、島民が次々と寄って来る。

 何やら大人気になってしまったようだ。


「何だか人気者になっているような?」

「きっと、島の古い伝承と、現代の隕石阻止などの伝説が合体して、新たな鬼神伝説が生まれたのです」


 春近が疑問に思っていると、アリスが説明してくれる。

 どうやら春近が考えている以上に、この島での人気は凄いものがあるようだった。


 そこに黒百合が加わった。


「ぐへへ、今こそ鬼のイメージアップ。昨今のアニメで鬼娘キャラの人気もあり、今こそブームに乗って鬼ヶ島を売り出し様々なグッズ展開を!」

黒百合ブラックリリー、何か凄いね」

「ぶんす! ふんす!」


 黒百合がドヤ顔でふんぞり返る。

 何やら法律にも詳しい黒百合が、町長と組んで色々と地域振興をしようとしているようなのだ。

 島の名前を『鬼ヶ島』に変更する話まで出ている。


 忍とあいのスイーツ店の構想も、黒百合が営業許可申請や食品衛生管理者などの手続きも進めるそうだ。

 二人が考えている店の名前が、『パティスリー忍ぶ愛』という二人の名前からとった店名なのだが、何だかスナックみたいな名前なのはご愛敬だ。


黒百合ブラックリリー、凄い! さすが伝説の乙女!」

「ふんす! ふんす!」

黒百合くろゆりちゃん、可愛い! なでなで」

「ううっ♡ んんんーっ♡ そ、それ、反則……」


 春近に名前で呼ばれてナデナデされると、急に真っ赤な顔でよわよわになってしまう。

 昼間は強気な黒百合も、夜は完全に屈服させられているようだ。



「そうですわ! 思い出しました!」

「うわっ、な、何ですか栞子さん?」


 突然、栞子が大声を上げる。


「旦那様! 何かお忘れではありませんか?」

「はて、何のことやら……?」

「皆さんには夜伽を繰り返しておりますのに、わたくしだけ初夜を迎えておりません!」

「ギクッ!」


 栞子さん――

 それに気づいてしまったか。


「今、ギクッって仰りましたわね!? 今すぐ子づくりを!」

「いや、だから、学生なので子供はまだ……」

「さあ! 今すぐに! さあ! さあ!」

「ちょっと尺の関係でカットを……」

「何、意味の分からないことを仰っているのですか!」


 栞子は相変わらずだった。




 ブォォォォォォォォ!


 港まで歩いて来ると、丁度フェリーが入港してくるところだった。

 遠く離れた離島なのに、フェリーは毎日運航しているようだ。

 今も、接岸したフェリーから大勢の人が降りてくる。


「もう年末なんだよな……。藤原たちは元気でやってるかのかな……。そういえば、あいつら見送りに来なかったよな。来てくれると思っていたのに……」


 意外と薄情だろなどと春近が考えていると、後ろから馴染のある声がかけられた。


「おい、土御門」

「何だよ、藤原……ん?」


 春近が振り向くと、そこに藤原が立っていた。


「えっ、ええっ! ええええええっ! な、何で?」

「俺も島に移住して分校に通おうかと思って」

「はあああああ?」


 フォリーから降りてきたのは藤原だけではなかった。


「ボクも来たよ。キミと一緒にいると色々と学べることが多い気がしてね」

「菅原もかああああ!」


 菅原に続き、ルリ推し男子まで――


「でゅふっ、ボクも来たんだな。もう一度、ルリちゃんに踏んで欲しいんだな」

「い、いや、あれは怪我するとマズいから止めておいた方が……」


 続々とフェリーから同級生が降りてくる。


「咲ちゃん! 来ちゃった!」

「やっぱり、咲ちゃんと一緒にいたいし」

「ズットモだよね」

「それな!」


「お、おまえら……ホントに来やがった……」


 予期せず四人組女子が現れて、咲が涙ぐみそうになっている。


 渚のところにも人が集まっていた。


「渚女王様! 我ら親衛隊一同、参りました!」

「あ、あんたたち……凄い行動力ね……」


 これには渚もビックリだ。


「「Yes,Your Majesty.」」

「は?」

「我ら一同、島に新しく開業するホテルを運営する為に参上致しました!」


 いつぞやの九州で会ったホテルの支配人と料理長が降りて来て、渚に敬礼する。

 更にお台場で会った料理長田中と春近を狙っていたウェイトレスまで下りて来た。


「私たちも協力させてもらいますよ」

「きゃっ、鬼神王さん」


 何やらラップっぽいフレーズまで聞こえてくる。

 これはアレだ。


「ヒィアヒィア! 鬼神王さん、あんたが国をおっ建てると聞いてっ! 手伝いにきたゼッ! 本当に王になるなんて、あんたはやっぱりヒーローだゼッ! オーイェイ!」


 パイセンと仲間までやって来た。

 鬼神王の国造りの手伝いと、島でお好み焼き屋を開業しようとやってきたのだ。


「じゃ、鬼神王さん、また後で。この後、大晦日にドームでメルハウザーとのスペシャルマッチがあるんでな。一度東京に戻ります」

「ええっ、忙しいですね。こんなことしてて大丈夫ですか? 相手は元ヘビー級チャンピオンでは?」

「鬼神王さんのパンチに比べたら、チャンピオンのパンチなんて蚊が止まるようなもんだゼッ! ヒィアヒィア!」

「頑張ってください。健闘を祈ってます」



 春近は、目の前で起きている信じられないような現象に驚いていた。

 学園を去れば、もう会うこともないのかと思っていた。

 人は出会いと別れを繰り返し、別れて行った人は自然と疎遠になり、忘れ去られてしまうのだと。

 でも、多くの人が集まっているのだ。

 春近やルリたちに会う為に――――


「ハル、みんなが……」

「うん、また楽しいことになりそうだね」


 春近とルリは見つめ合う。




 昔々、あるところに鬼ヶ島という悪い鬼が住んでいる島があったそうな……というのは別のお話。

 私たちの知る御伽噺では、良い人と悪い人がいるように、鬼にも良い鬼と悪い鬼がおったようで。

 心優しい鬼は戦を避けて鬼ヶ島を出て行ったそうな。

 それから長い年月が過ぎた今、鬼の末裔の少女たちは鬼ヶ島に帰って来て、悲しみや差別や争いの無い世界を作り、仲間たちと幸せに暮らしたそうな。

 えっ、そんな世界なんて存在するわけないって?

 それは、何処までも愛と優しさを求めた少女たちの、嘘のような本当のお話。

 悲しみの果てに心の平穏を手に入れた、鬼の少女たちの物語。



「ハル、私、ハルと出会えて良かった。大好きだよ」

「ルリ、オレもルリが大好きだ。ずっと一緒に居たい」






 ――――――――――――


 ここまで読んで下さいまして、誠にありがとうございます。

 これで物語は終幕となります。

 軽い気持ちで始めた小説だったのですが、今ではライフワークのようになり、一生懸命に書きあげました。

 まだまだ未熟ですので、不備などあるとは思いますが、私の作品を読んで頂いた読者の皆様には感謝でいっぱいです。

 物語の終着点は決めていたのですが、書いている内に全てのキャラクターに思い入れが強くなり、もっとこの世界に浸っていたいような気持になってしまいました。

 また、続編なども書けたら書いてみたい気もします。


 もし、この物語やヒロインなどを少しでも気に入って頂けたのなら、よろしければ星やレビューなど頂けると本当に嬉しく思います。

 ここまで、本当にありがとうございました。


 みなもと十華








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