第266話 幸せな居場所
この島で皆が住む建物へと向かっている。
先導の賀茂が『ふんふかふんふんふ~ん♪』と、上機嫌でヘンテコな鼻歌を口ずさみながらスキップしていた。
港で久しぶりに婚約者の孝弘と会って、テンションマックスで舞い上がっているのだ。
つい先程――――
黒百合と町長が町おこしの計画を立てている頃、賀茂がキョロキョロと辺りを見回していた。
「明美さん!」
「あっ、孝弘さん!」
二人は駆け寄り熱い抱擁を重ねる。
「孝弘さん、逢いたかった! むちゅ……」
目の前で抱き合う二人に、春近も安堵の表情になった。
「良かった……無事に二人がくっついて。これで一安心かな」
そんな春近の感想とは違い、賀茂はとんでもないことを言い出した。
「そうだ、ちょっと聞いてよ孝弘さん。この子たちがね、毎回エッチで変態的な行為を私に見せつけるのよ! 昨日も熱くて濃厚なアレを飛ばしたりして……」
「ぶふぉおおっ! ちょ、賀茂さん、なに言いつけてるの!」
「孝弘さんからも注意してあげて」
賀茂に押されて孝弘が前に出る。
「キミたち……」
「うっ……」
「ありがとう!」
「えっ?」
孝弘は深々と頭を下げ感謝を述べた。
「キミたちが隕石落下を防いでくれたから、私の大切な人の命が助かったんだ。キミたちは明美の命の恩人だ。ありがとう、本当にありがとう」
「あ、はい、どうも……」
「明美も、あんなことを言っているけど、本当はキミたちに感謝しているんだよ。メールで何度も春近君を褒めていたくらいだから」
「そうなんですか?」
予想外の反応に、春近はキョトンとした顔になった。
これには賀茂も黙っていられない。
「ちょっと、孝弘さん! そんなことは言わなくていいんだから! もうっ!」
「ははっ、ちょっと素直じゃないだけだから」
「賀茂さんらしいですね」
賀茂を尻目に、男二人で笑い合う。
「また、いつでも店に食べに来てくれ。サービスするから」
「ありがとうございます。あっ、でも、サービスはあまりしない方が……大食いの彼女がスッゴイおかわりして店の売り上げが……。特にルリと……ぐへっ」
春近がルリの名前を出したところで、後ろから本人にギュウギュウと抱きつかれる。
「ハルぅ~! 今、私のことフードファイターとか言ってなかった?」
「いや、そこまでは言ってないって! ルリ、おっぱいが凄い当たってるから!」
更に忍まで抱きついてくる。
「春近くん! 今、私の方を見ましたよね? や、やっぱり、私って大食いなんですか? 食べ過ぎですか?」
「だ、大丈夫だから! 忍さんはそのままで魅力的だから! むぎゅ~」
ルリと忍に抱きつかれて、ムチムチの女体にサンドイッチ状態だ。お仕置きのようで苦しいながらも至福の時間になってしまっていた。
「ははっ、キミたちは仲が良いんだな」
孝弘も笑顔で、おかわりは三杯まで約束してくれた。
――――――――
港から少し離れた場所の白い大きなホテルのような建物だ。
これから春近たちが住む場所である。
視察の時には内装工事をやっていたが、今は完成して綺麗なインテリアになっていた。
「わぁーっ! 綺麗な部屋」
彼女たちは自分の部屋を決めたり、共用スペースを確認したりと盛り上がる。
そんな彼女たちを見ながら春近が呑気な感想を漏らした。
「良かった……何とか暮らして行けそうだ。これで夢の足利義政四畳半ライフが!」
※最初に四畳半を作ったのは足利義政と言われております。怖い嫁から逃げて銀閣寺に四畳半の書斎を作り、そこをこよなく愛して入り浸っていたそうです。
正に趣味の部屋!
男のロマン!
秘密基地!
「春近君、何だか楽しそうですね」
杏子が話しかけてきた。
「そりゃ、都会から離れた場所に秘密基地を作ったような感じでテンション上がるよ」
「足利義政の同人祭じゃなかった、
「これで一人の趣味の時間を楽しむぜ!」
「でも、皆さんと一緒だから、毎晩突撃されてエチエチ攻撃でありますよ!」
「ううっ、そういえば……」
「まあ、そこは頑張って、私もいっぱい愛してくださいね、王様」
杏子は、少し恥ずかしそうな顔をしながら冗談みたいに言う。
「うっ、日本国王は足利義満なのに、何故足利義政を目指すオレが王に……」
「まあ、巷では救国の英雄ですから。全然そんな風には見えないですが」
「それを言われると……最強の存在になったはずなのに、今でも女の子にエッチな調教されちゃってるし……」
春近は窓際に行き、外の美しい景色を眺める。
「でも、この島を皆が楽しく幸せに過ごせる場所にしたいと思うのは本当なんだ。住んでいる人も喜んでもらえて、旅行で来た人も日頃の疲れを癒せるような、そんな楽園のような場所に。その為なら、オレにできることなら何でもやりたい」
「春近君……素敵です! ん? 今、何でもって……」
何でもするにツッコむのはオヤクソクだ。
「くっ、本当に何でもさせられそうだけど……。でも、皆がギスギスして競い合っている世界で、こんなのんびりした場所も在っても良いんじゃないのかな?」
「ふふっ、でも、春近君らしいですね。アニメのカッコいいヒーローみたいに力で国を統一するのではなく、何となく変態プレイばかりしていたら王になっちゃったみたいな?」
「ちょっと、それ褒めてるの? カッコ悪すぎだよ!」
二人で笑い合う。
アリスが壁に何かを貼っている。
小さな体を精一杯背伸びして。
「ん? アリス、何を貼ってるの? えっと、なになに……」
1、春近の部屋に入るには許可を得る事。
2、無理やり襲うのは禁止。
3、エッチは順番制。
4、無暗に物や建物を破壊しない。
5、私利私欲で春近やその他の人に呪力を使わない。
「こ、これは、あの時の! 独裁者アリスが決めた島のルールだ!」
視察旅行の後に、アリスが作った島のルールだった。
そして、その下にハートマークと名前を書いたカレンダーを付ける。
たぶんエッチローテーションだろう。
「ちょっと、何よこれ! こんなの納得できないわよ!」
ローテンション表を見た渚が、真っ先に文句を言う。
「今年の春に作ったルールです。皆に説明したはずです」
「そんな昔の話は忘れたわよ!」
「ダメです。ルールを守らない人はエッチ抜きです」
ガアァァァァァァーン!
渚がショックで崩れ落ちた。
「えええええぇぇぇぇーっ! ハル君と、もっといっぱいしたいのに!」
「やだやだやだやだやだやだやだぁぁぁーっ! ハルと毎日したいぃぃぃ!」
天音もショックで倒れ、ルリは床に寝転んでジタバタしている。
もう、お決まりの肉食系エッチ女子だ。
肉食系はスルーした春近がアリスに駆け寄り抱っこする。
「アリス、やっぱりオレのことを気にかけてくれてたんだね。さっきは鬼嫁扱いしてごめんね」
「分かれば良いのです。これからはもっと、わたしを可愛がりやがれです!」
春近とアリスは抱き合いクルクルと回り、エッチ女子たちは床でジタバタする。
だが春近は忘れていた。
ローテーション制とはいえ、十三人の彼女を相手にしなくてはならないことを。
全員の熱烈な愛情を受け止めるのは、並大抵のことではないのだと。
――――――――
総理官邸――――
「何だと! 彼が島で王を名乗り独立国を宣言しただと!」
緑ヶ島の情報が官邸に入り、首相が頭を抱えた。
「これは不味い事態になった……報奨金が少なかったのか……? まさか、国内が分裂することに……現代の平将門の乱か! 我が国の防衛力では、あの鬼神王と十二の鬼神に対抗する術が無い……」
平将門の乱
西暦939年、平将門が関東八国を支配し新皇を自称して反乱を起こした。
将門は討ち取られてしまったのだが、その後も様々な伝説を残し、現代でもその怨霊は恐れられ神社に手厚く祀られている。
その祟りは、戦後にGHQとして入って来たアメリカ軍までも恐れさせる程なのだ。
日本人『畏れ多い! 首塚を動かしてはいけない!』
アメリカ軍『ハッハッハ、ジャパニーズは迷信好きですネー!』
ガッシャァァァーン! 『ギャァァァァーッ!』
アメリカ軍『オー……やっぱりマサカドサマ大切ネ、ちゃんと供養します』
日本人『だから言ったのに……』
こんな感じに――
トゥルルルルルルー! トッルルルルルルー!
突然、官邸の電話が鳴る。
「わ、私だ! 土御門長官か! 一体どういうことなんだ! えっ、誤解……そうか、分かった。くれぐれも彼らを刺激しないように! えっ、大丈夫? そうか」
すぐに誤解は解けた。
再び、緑ヶ島――――
その夜はエッチはお休みになり、春近は久しぶりにゆっくりと眠った。
春近は相変わらずだが、周囲では色々と動き出していて、何やら楽しいことが起こりそうな予感がする。
そしてルリは久しぶりに夢を見た――――
それは、とても楽しく幸せな夢だった。
昔は悪夢ばかりだった。
鬼の子と蔑まれ、誰もが恐れ離れて行く。
心無い言葉を投げつけられ、自分の居場所は何処にも無いと思っていた。
でも、今は違う。
自分の居場所ができたのだと感じる。
それは、どんな金銀財宝にも勝る宝物だと思った。
あの時、ハルに会えて良かった――――
声をかけたのがハルで本当に良かった――――
ルリは布団の中でニマニマと幸せそうな笑顔を浮かべながら寝ている。
この幸せが、いつまでも続くようにと願いながら。
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