第254話 鬼神王はスローライフがお望み?

 春近たちを乗せたヘリは陰陽学園のグラウンドに着陸する。

 日が暮れかけて薄暗くなっている学園に、ローターを回転させながら降りてくる輸送ヘリは、何か英雄の帰還を物語っているようで幻想的でもある。



「戻って来たんだ……もう全てが懐かしい」


 春近が、まるで異世界から戻ったかのような感想を述べる。


「いや、一日しか経ってねえし」


 咲が絶妙のタイミングでツッコみを入れた。


「ううっ、オレにとっては懐かしいんだよ。隕石落下から生還した後に、エチエチ無限地獄を味わって天国と地獄とを何千回か行き来したんだよ。数字に例えると、涅槃寂静ねはんじゃくじょうから無量大数むりょうたいすうまで移動したような感じなんだよ」


「マニアック過ぎて分かんねぇよ! ま、まあ、ちょっとやり過ぎたとは思うけど……」


「あんたたち元気ね……あたしは疲れて早く寝たいわ」


 イチャイチャしている二人を横目に、渚が気怠そうに髪をかき上げる。 


「ねえ、春近。今夜は添い寝してあげようか?」


 渚が鋭い目をギラリと光らせた。


「あ、あの……さすがに今日は……」

「ふふっ、冗談よ」


「わたしたちの、ご褒美が先です!」


 アリスが割り込んできた。

 ちゃんとサービスするまで彼女の欲求不満は解消されそうにない。




 春近がヘリから降り校舎側に歩いて行くと、待ち兼ねたとばかりに生徒が駆け寄ってきた。

 クラスメイトの姿も見える。


「土御門!」

「あっ、藤原」


 藤原は春近に抱きつくと、強く両手に力を込めた。


「おまえ、本当にやったんだな。スゲェよ! おまえは本物のヒーローだよ」

「あ、ありがとう……でも、ルリたちのおかげだよ」


「酒吞さんたちも、ありがとう」


 藤原やクラスメイトは、ルリたちにも感謝を述べる。

 普段感謝されるのに慣れていないルリは、何だか照れくさそうにしていた。


「土御門クン、キミは本当に小惑星アドベルコフトゥスを撃ち落としたんだな……」


 菅原は途方に暮れた表情になっている。


「菅原、無事に戻って来たぜ」


「キミは凄いな……。ボクは、将来官僚になって日本を変えようと思っていたが、今回のことで勉強だけではダメだと気付かされた。もっと見聞を広めて様々な経験を積んで、きっと立派な人間になって国の為になるような仕事をしてみせる。キミのようになるのは無理でも、少しでも追いついてみせるからな」


「菅原…………」


 皆、オレの事を過大評価し過ぎなのでは――

 オレはそんな凄い人じゃないのに……

 マズいな、あまり神聖視されたりハードル上がっちゃうと、アホなことしたり変態プレイがバレた時に、一気に幻滅されそうで怖い。



 咲も女子グループに囲まれているようだ・


「咲ちゃーん!」

「おかえりなさぁぁぁい!」

「無事で良かったぁぁぁーっ!」

「それなぁぁぁーっ!」


 いつもの噂好き女子グループだった。


「おい、おまえら……」

「うえぇぇぇーん! 心配したんだからぁぁぁー!」

「お、おう、さんきゅーな」

「私たちの名前忘れてないよね?」

「忘れてないって! 武智美と房女と宇合とマロンだろ」


 何だかんだで、やっぱり咲が好きな四人組だった。



「おにい! おにいぃぃ!」


 人混みの中から夏海が飛び出してくる。

 既に涙で顔がグシャグシャになりながら。


「夏海、どうしたんだよ?」

「どうしたじゃないよぉ! 心配させないでよ! 死んじゃうのかと思ったじゃない! バカおにいぃぃ~うわああああぁぁぁーっ!」

「ええっ、そんなに心配してたのか……いつもキモいとか言ってるのに……。もしかして『好き好き大好きお兄ちゃん』なのか?」

「はあ? キモっ! 何それ! さいってーっ!」


 何だよ……オレの扱い変わってないじゃん――


「あ~っ! せんぱーい!」


 そこに、前方から何処かで見た事のある女子が駆け寄ってきた。

 制服をギャルっぽく着崩して、セミロングの髪を茶髪にした、少しヤンチャそうな女子だ。


「えっと……?」

「やだなぁ、文化祭のゴミ捨てに行った時に会ったじゃないですか。忘れちゃいました? お兄さんっ」

「あ、ああっ、あの時の」


 ゴミの収集場所で会った妹の友達のようだ。

 少しヤンチャで積極的なイメージの後輩で、春近としては苦手なタイプなのだが、何故かいつもこのようなタイプの女子に絡まれることが多い。


「せんぱいってマジ凄いっすよね。何か救世主ってカンジ? ねえねえ、今度遊びましょうよ。あたしぃ、お兄さんとならオッケーっすよ」


 後輩女子が春近にくっついて意味深な態度をとる。

 ルリと渚がブチギレそうになったが、それよりも早くブチギレた女子がいた。


「ちょっと、私のおにいに触らないでよ! おにいは私のなんだから! 誰にも渡さないからぁぁぁぁぁ!」


 何故だか夏海がブチギレて後輩女子を引き剥がすと、自分が春近の胸に飛び込んだ。


 おい、夏海よ……それ完全にブラコンじゃないか――

 やっぱり『好き好き大好きお兄ちゃん』なのか?

 妹キャラは大好きなんだけど、リアル妹の場合はどうしたらいいんだ……


「ああっ……夏海ちゃん、やっぱりブラコンだったんだ……」


 ルリも同じことを思った。


「夏海ちゃん……やっぱブラコンなんだ……前から何となく思ってたけど……」


 咲も同じことを思った。

 当然、他の彼女たちも大体同じことを思った。


 更に他の後輩女子も春近に手を出そうとして、怒った夏海がまとめて連れて帰って行く。

 これが救世主効果なのか分からないが、急に春近がモテモテになってしまう。



「何だろう? 急に後輩女子が……」


「ふ~ん、ハルってばモテるんだね」

「春近、やるじゃない。後輩女子を選り取り見取りね」


 春近の両側にルリと渚が立ち、凄い圧力を発している。


「や、やだなあ……後輩に手を出したりしませんよ……」

「だよね、ハルは出さないよね」

「春近は、そんなことしないわよね」


 二人共、笑顔なのに威圧感がある。

 更に天音まで圧をかける。


「ハル君っ! 大丈夫だよ。浮気できないようにぃ~私が毎日搾り取ってあげるからねっ♡」

「あ、天音さん……やっぱりちょっと怖いです……」


 笑顔なのに迫力がある天音に春近はゾクッとした。

 いつものことだが、嫌がっているようで怖がっているようで、内心ドキドキなのが春近なのだが。



「と、とにかく、もう今日は疲れたから、寮に戻って休みましょう」


 春近が寮に帰ろうと足を踏み出すが、エチエチ無間地獄の疲れが残っていて膝がガクッとなって転びそうになる。

 そして、ズボンの裾を踏んでしまい、やっぱり転んでしまった。


「いたた……あっ、ヤベっ!」


 転んだ拍子にズボンが下がってしまったので、急いで直すが時すでに遅し、一瞬だけ春近の穿いているいるパンツが白日の下に晒された。


「えっと…………」

 春近が周囲を見回す。


「あのっ……そのっ、趣味は人それぞれだよな……」

「うっ、ぱ、パンティ……い、いや、何でもない……」


 藤原と菅原は、見てはいけない物を見てしまったという感じになってしまう。


 くっ……栞子さん――

 やっぱり敵に回してはいけない女子だったぜ……

 やっちまったな……


 春近のパンツは、まだ栞子の物だった――――





 その夜――――


『星を穿つ者―――― 十二の鬼神の能力を飛躍的に向上させ、世界の理までも改変させる力―――― 余程、彼女たちとの結びつきが強いようだな――――』


 おい、もう出てこないんじゃなかったのかよ!


 春近は知っていた。

 その力の根源の声を。

 もう暗い海の底に沈んで行く感覚も虚空へ消えて行く虚しさも無い。

 十二の根源は強固となり鬼神王を形作っている。


『何千年もの間、太古の昔より鬼の遺伝子の中に受け継がれてきた記憶である我でさえ、十二の鬼神の力を統合して宇宙より飛来する星を穿つ者など聞いたこともない』


 いや、質問に答えろよ……


かつて安倍晴明という男が、十二天将と呼ばれる式神を使役したことがあった。神にも等しい力を持つその式神の力で、あの者は最強の陰陽師となった。しかし、十二の鬼神と強い絆を持ち十二天将とする者などおらなかった』


 式神じゃねえよ、大好きな彼女だぜ!


『その世界を改変させる強大な力を持ちながら、力に溺れ身を亡ぼす気配もない』


 当たり前だろ!

 何度も言ってるけど、オレは静かに平和な暮らしがしたいだけなんだ。

 世界征服も富の独占も興味が無いんだよ。

 オレは!

 好きな人と……

 笑いながら……

 楽しく、穏やかな暮らしができれば……

 まあ、たまにアニメの円盤や漫画やゲームを買って……

 そんな毎日が過ごせたら幸せなんだよ!


『ふっ……面白い男よ……最後に一つ教えてやろう。貴様が力の根源が暴走したのは十二の鬼神と契って混ざり合ったから。今や根源は強固に固まり揺るぎない。他の者と契ろうとも、貴様の様に力が暴走することは無いだろう――――』


 はっ?

 それって、もしかして……

 おい!

 こらっ!

 また勝手に消えやがった……


 ――――――――

 ――――――

 ――――




「またかよ…………」


 春近はベッドから起き上がる。

 昨夜は誰も押し掛けて来ず、ゆっくり眠れたのだ。

 さすがに彼女たちも春近を気遣ったのだろう。


 そして、力の根源に答えたように、春近の望みは穏やかな楽園で幸せな愛の暮らしだった。

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