第248話 超電磁加速砲

 春近たちが現地対策本部に入ると、すぐに作戦会議ブリーフィングが行われた。

 作戦と言っても攻撃は春近たちにお任せで、落下予測時間や侵入方向などの説明が主だった。

 そして、その後は借り上げてある高級ホテルへと案内され、そこで夕食と睡眠をとることになる。



 煌びやかなホテルのレストランのテーブルには美しくクロスがセッティングされ、その上には高級そうな食器類が並んでいる。


「こんな非常事態なのに、ホテルは営業してるんだ……」


 春近は、レストランに入って先ず率直な感想が出た。

 自衛隊が借り上げているとはいえ、てっきりホテル従業員は避難して食事は自衛隊の戦闘糧食レーションだと思っていたのだ。

 予想外に、高級フレンチのフルコースが出て来てビックリする。


「マナーとか難しそうだな」


 春近が横を向くと、ルリが凄いスピードで料理を平らげて行く。


「おかわり!」

「ルリ、コース料理で、パンやコーヒー以外のおかわりってあるのか……?」


 ルリがおかわりを叫ぶと、本当におかわりが出てきた。

 ご満悦な顔をして美味しそうに食べている。


「もうっ、あんたはいつも下品なんだから。もっと気品を持ちなさいよ」


 渚がルリに注意している。

 食事する姿も気品漂い高貴なオーラを出しているように見える。

 とても、さっきまでおもらし・・・・しそうで股間を押えてモジモジしていた人と同一人物とは思えない。



 食事が終盤に差し掛かると、料理長が現れ丁寧にお辞儀をしてきた。


「本日は、ご利用ありがとうございます。私は、料理長の田中です」


「あっ、これはご丁寧に」

 春近が返す。


「料理は、お楽しみ頂けましたでしょうか?」


「はい、とても美味しかったです……。でも、避難しなくていいんですか?」


「実は……自衛隊からホテルの借り上げの話が出た時に、若い学生の方々が命を懸けて隕石を阻止するとお聞きしまして。そんな若い方が頑張っておられるのに、我々が先に逃げるわけにはいかないと、有志を募り皆様に最高のおもてなしをしようと思った次第です」


「そう……だったんですか……」


「それに、逃げると言っても電車も道路も動かないですし、だったら最高の料理で迎えようと……」


 非常時になれば、皆自分のことばかりで他人を蹴落とすような人が多いのかと思っていたけど、他人の為に何かをしようとする人もいるんだな――


 春近は、厨房へ戻って行く料理長に誇りを持ったプロの背中を感じた。




 午前10時3分28秒――――


 それが落下予想時刻。

 タイムリミットは迫っていた。




 東京の夜の街――――

 夜の街に取り残された人々は恐怖に打ち震え、中には自暴自棄になってしまう者や、火事場泥棒の如く犯罪に走る者までいた。


「ひゃっはぁぁぁーっ! 俺達は自由だぜぇぇぇ! やりたい放題だぁぁぁ!」

「うっひゃぁぁぁーっ! 女もより取り見取りだぜぇぇぇ! ごらぁぁぁぁ!」


 狂暴な顔をしたヤカラ男たちが、通行人の女性に襲い掛かっている。


「きゃあぁぁぁ! やめて下さい! 嫌っ! 触らないで!」


 もはや明日は無いと開き直ったクズ共が、最後に犯罪をやりまくろうと牙を剥いているのだ。

 非常時にこそ本来の人間性が出る。

 誰かの為に何かしようと思う人間もいれば、ここぞとばかりに悪い事をする人間もいるのだった。


「誰か助けてぇぇぇぇぇー!」

「誰も助けなんて来ないぜぇぇ~! うひゃぁ~良い女だぜぇ~」

「ぐっひゃぁああ! もっと泣き叫べ! オラァ!」

 ビリビリビリ――!


 女性の衣服が破かれ、今まさに若き乙女が徒花あだばなのように散らされそうになった刹那、何処からともなく颯爽と現れたガタイのいい男が、クズ共の顔面にパンチを叩き込む。


「やめろ、てめぇら! ヒィア! ヒィア!」


 シュッ! シュッ! バシッ! バンッ! グワッシャァァァーン!


「ぐわぁぁっ! 痛てぇ!」

「ぐをっ! がはっ!」


 女性を庇うように悪党の前に立ち塞がった男は、華麗なステップを踏みながら電光石火のジャブを繰り出しシャドーをしている。

 只者ではない鍛え抜かれた筋肉と、厳しい反復練習によって練り込まれたキレのある動きだ。


「てめえ、何者だ!」

「よくもやりやがったな! ただじゃおかねぇぞ! ゴラッ!」


 悪党どもが血相を変えて怒り出すが、助けに入った男は余裕の表情でワンツーで決めポーズだ。


「ヘイッ、ユーたち! 落ちる所まで落ちやがったナー! ワルにはワルの矜持ってモンがないのかヨォォォー!」


「あれ? こいつ……どっかで見たような? 確か……格闘技の?」

「ああっ、そうだ! 大晦日の格闘技イベントで元ヘビー級チャンピオンの、メルハウザーと戦う……」

「「そうだ、パイセン・川崎!!」」


「フゥゥゥゥゥー! オレもっ! 有名になったもんダゼッ! ヒィア! ヒィア!」


 そう、その男は以前春近と戦ったことのあるパイセンだった。


「何でパイセン・川崎が、こんなとこに……」

「どうせ皆死ぬんだから好きにさせろよ!」


「ユーたち! 分かってないなッ! 男には男のプライドってもんがあるだろッ! オレもっ、昔はワルだった! でもなッ! オレなんかより圧倒的に強い人に会って目が覚めたんだッ! 本当の強さってのは、誰かを守る為にあるもんだってナァァァ! オーイェェー!」


 悪党共に言い放つパイセン。


 鬼神王となった春近の圧倒的強さに感服したパイセンは、春近のように好きな女を守れるような強い男になろうと改心したのだ。真面目に格闘技に取り組み年末のイベントのスペシャルマッチに出場する予定になっていた。

 そして、先輩パイセンのリングネームも『パイセン』だった。


「いいか! よく聞けヨォー! ワルを気取るのは勝手だがなッ! 超えちゃならねえ一線ってもんがあるんだゼッ! クスリやコロシはしねえ! 堅気には手を出さない! 女には優しくだッ! 分かったかコノヤロー! メェェェーン!」


「ひぃぃぃぃ! すみませんでしたぁぁぁあ!」

「許してぇぇぇぇぇー!」


 クズ共がパイセンの迫力に戦慄し逃げて行った。


「お嬢さん、大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ございます」

「良いってことよ! ノープロブレムッ!」


 思い切りキザなセリフを言い終えたパイセンは、女性に背を向け去って行く。

 夜空に呟きながら。


「鬼神王さん……これで良いんだよな……」


 春近は、知らず知らずのうちに、ヒーローに憧れる男を生み出していたようだ。




 再び、お台場某所ホテル――――

 春近たちはホテルのスイートルームを一部屋ずつ与えられ、明日の作戦決行に備えて静かに休息をとっていた。


 春近は、まだ悩んでいた。

 いくら最強の力を持っていても、果たして大気圏外までの攻撃が可能なのだろうか?

 隕石の軌道傾斜角45度ということは、斜めに突入して来るのだから、単純に考えて更に距離が遠くなるはずだ。

 春近は、結論の出ない考えの中にいた。

 まるで出口のない迷路に入ってしまったかのように――――



 アリスも同じように悩んでいた。


 ダメです――

 何度やっても成功する確信が思い浮かばないです……

 そのまま呪力で攻撃を放っても成功確率は限りなくゼロに近い……

 あの時のように杏子が聖遺物を作り、わたしたちの呪力を増幅したとしても……

 何かが足りない……

 何か、あと一つ……いや、あと二つくらい足りないです……




 春近は眠れずにホテルの廊下を歩いていた。

 ロビーの大きな窓から東京の夜景が見える。

 実際の街は大混乱となり、彼方此方で交通事故が起きて道路は寸断され、クラクションや人々の嘆きに溢れている。ただ、ホテルの中までは喧騒が届かず綺麗な街の灯りだけが見えているのだが。


 ふと、廊下の方を見ると、月明りに照らされたルリの顔が見えた。

 不安な心を抱えて真っ直ぐに春近を見ているように感じる。


「ルリ……」

「えへへっ、眠れなくて……」


 春近は、何も言わず、ただ優しい笑顔でルリを引き寄せると、一緒にソファーに座って寄り添った。

 ルリも首を春近の肩に乗せた。


「綺麗……」

「うん……」


 遠くに見える街の灯りを二人で見続けていた――――


 ――――――――




 翌朝――――

 軽く朝食を済ませてから迎撃地点の近くにある現地対策本部に入る。

 あと数時間で悪夢のような大質量の隕石が落ちてくるのだ。



 春近たちが緊張の面持ちで待機していると、遠くからヘリコプターの音が近付いて来る。

 作戦当日であり、報道関係者のヘリは立ち入り禁止にしているはずだ。


 やがて、そのヘリは近くに着陸すると、中から信じられない人物が登場する。


「旦那様! 旦那様! この栞子が推参したしましたわぁぁぁぁぁ!」


「なっ、ななっ、なななっ! 何で、栞子さんが!」


 春近の驚きなど無視するかのように、栞子が駆け寄り迫って来る。

 いつものように顔が近い。


「だだだ、旦那様ぁああああ!」

「栞子さん、ここは危険だから」

「この旦那様の正妻である栞子、旦那様がピンチとあらば何処からでも例え地の果てからでも現れますとも!」

「……って、聞いちゃあいねぇ」


 栞子は栞子だった。


「それより旦那様! 良い物を持ってきましたわ!」

「えっ? 良い物?」


 ヘリのハッチが開くと、中から大きな石が出てきた。

 どう見てもデカい石だ……


「あれは?」


「殺生石のオリジナルですわ! 源氏の棟梁の権力をフル活用して、陰陽庁と防衛省と各関係機関を動かし、遥々遠くから持ってきたのですわ!」


「はあ? 殺生石!」


「約600年前、ある高僧が高位術式を込めた金槌で殺生石を破壊し、その中で最も呪力の強い九つの小さな石は陰陽庁が封印し、そして去年に皆様が九つの石を破壊したのですわ。そして、この大きな石はオリジナルの毒を吐いていた巨石です。破壊されてから毒は吐かなくなったのですが、未だに強い呪力は残っているはず」


 栞子が何やら自信満々に独演する。


「えっと、これをどうしろと?」


「隕石に投げつけて、石に残る白面金毛九尾の狐の呪力でドッカーンですわ!」


「………………」


 栞子のトンデモ話で春近が絶句した。


「ど、どうしよう……これ……投げて届くのか……」


 その時、後ろで話を聞いていた杏子が、何かを閃いたように『ピキィィィーン!』となった。


「それです! それですよ! 投げつけるですよ!」


「えっ、杏子? 何?」


「前に『極限の電磁パルス防衛軍』というアニメで観たんです! 超超高電圧による磁力で弾体を超加速させて射出する超電磁加速砲です!」


「えええっ!」


 いや、待て!

 いつもそうなんだ!

 オレたちがピンチになると、杏子はアニメの知識をまるで投影するかのように、本当に現実に生み出してしまうんだ。

 これは杏子の呪力が発動する前兆なんだ!


「超電磁加速砲には超巨大な電力が必要……。羅刹さんの超高圧の電撃を……いや、他にも大山さんの炎や他の方の力もエネルギー変換装置で……更に比良さんの重力制御と酒吞さんの空間支配も使い、弾丸の超加速に応用できれば……そうだ! 弾丸は金属でなくては発動しない……いや、私の創造クリエイトスキルで殺生石を呪力を持った巨大な金属弾に改変し……。発射装置は周辺に止まっている迎撃ミサイルを積んだトレーラーを、このミサイル防衛システムを丸ごと取り込んで、全てを新たに創造できれば可能性は有るはず!」


 杏子が早口で捲し立てる。

 オタク特有の、自分の得意分野の話題になると饒舌じょうぜつになるあれだ。

 だが、とても頼もしく見える。


「そうだ! ついでに弾丸が隕石に着弾インパクトした時に、反物質兵器とし目標を対消滅させることで超破壊力を出せれば!」


「杏子! やれるのか?」


「できます! 超電磁加速反物質対消滅霊子力砲です!」


「長いよ!」


 この時、足りなかった二つのピースが組み上がり、アリスの中の成功確率が急上昇した。

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