第247話 最後の希望

 自衛隊の輸送ヘリのメインローターが風を切り轟音を鳴らす。

 空気を切り裂き風圧により校庭の砂埃が巻き上がる。

 クラスメイトや妹の声を背に、ヘリに乗り込もうとすると自衛隊員が一斉に敬礼をした。

 まるで海外から国賓が来た時の栄誉礼のようだ。


「本来は国民の生命と財産を守るべき我々が何もできず、あなた方のような若い人たちに任せねばならない事を申し訳なく思います。どうぞ、お乗りください」


「はい……」


 隊員に誘導され、春近たちは緊張した面持ちでヘリに乗り込む。

 そして、ヘリは空高く飛び立って行った。


 バタバタバタバタバタバタバタバタ――――




 ヘリの座席に座った春近は考える。


 妹やクラスメイトの命を救う為にも、絶対に失敗は許されない――

 何とかして、破壊……もしくは太平洋に落ちるように軌道修正を。


 そういえば、栞子さんを見掛けなかったような……

 まだ怒っているのかな……

 最後に顔を見ておきたかったけど……

 いや、最後とか言うな!

 作戦を成功させて、戻ってきてからまた話し合えばいいんだ。


 春近が周囲を見回すと、皆が硬い表情で固まっている。

 誰もが、死ぬかもしれないという恐怖と戦っているのだ。

 彼女たちの表情を見て、春近は自分の決断が正しかったのか不安になる。


 もし、失敗したら――

 ここに居る全員が確実に死ぬだろう。

 それほど宇宙レベルのエネルギーは極大なのだ。


 春近は、恐怖で震えている渚の顔を見る。


 もし――

 オレが渚様に頼んで……

 ここに居る自衛隊員に絶対服従の呪力をかけたのなら……

 このヘリで落下地点より100km以上離れた場所まで逃げれば……

 例えば栃木北部や長野や静岡辺りまで飛んで行けば……


 いや、ダメだ!

 3000万人の命を救うと決めたのに……

 どうして迷うんだ……

 今までも危険な事ばかりしてきたけど……

 それでも最強の彼女たちが、凄い力で無双してきたから……

 何か安心感があったんだ……

 でも、今回は違う!

 もし、失敗したら……

 一瞬で、灰も残らないほどに消滅してしまうかもしれない……

 彼女たちを失うかもしれないと思うと、こんなにも恐ろしくなってしまうなんて……


 渚の顔を見つめていると、ふと二人の目が合った。

 渚が何かを訴えかけるような目をしてる。


 渚様……

 やっぱり渚様も迷っているのか……


「は、は、春近……」

「渚様?」

「ど、どうしよう……」


 や、やっぱり……渚様が何かを訴えかけているのか。


「春近! トイレに行きたい!」

「ぶっふぉおおおっ!」


 予想外の返答に春近が吹いた。


「な、何でこんな時に。乗る前に済ませておかなかったんですか?」

「し、仕方がないでしょ! 緊張してたんだから!」


 渚がもじもじしている。

 夏休みに同人誌即売イベントに行った時と同じだ。


「おもらししないで下さいよ」

「あっ、ダメっ! は、春近! 今すぐ飲みなさい!」

「できるかぁぁぁぁ!」


「あの……簡易型トイレならありますが……」


 自衛隊員が申し訳なさそうに、ペラペラのカーテンで仕切られた簡易トイレを指差した。


「む、ムリ……」


 皆から見えそうなトイレより我慢するのを選んだようだ。


 渚様――

 簡易トイレよりオレに飲まそうとする方がハードル低いってどうなんだ……

 いや、冗談だと思いたい……



 二人のおかしなやり取りで、張り詰めた空気が和らいで皆の顔も緊張感がとれた。

 余りの緊張で到着する前に倒れてしまいそうだった彼女たちが、まさか渚の尿意によって救われたのだった。

 ただ、渚だけはもじもじし続けていた――――


「ハル、ありがと……」

 隣に座っているルリが話し掛けてきた。


「ルリ……」

「あのオッサンに言い返してくれて……」

「ああ、あの事か。ルリを泣かせたのは許せないしな。ああいう平気で酷い言葉を投げつけてくる人って嫌なんだよね」

「ふふっ、あの人、凄く謝ってた……でも、あの人にも娘がいるんだよね……」

「そうだよな……あのオッサンは嫌いだけど、隕石が落ちたら多くの人が被害に……何としても作戦は成功させないと」

「うん」


 春近はルリの手を強く握った。

 強く……強く願う……

 ルリを、彼女たちを、誰一人失うわけにはいかないと。

 絶対に生きて、戻るのだと――――


 ――――――――




 総理大臣官邸で菅山首相の記者会見が始まった。

 多くの報道陣が詰めかけヤジや怒号が飛び交っている。

 誰もが、死の恐怖で冷静さを失っているのだ。


「この度、小惑星アドベルコフトゥスの東京都心への落下の報を受けまして……」


「おい! どうなってるんだ! 対策はあるのか!」

「市民の命がかかってるんだぞ! 責任は取れるのか!」


 会見が始まると記者の質問や怒号が殺到し、職員が必死に抑えてパニックになってしまう。

 止めようとする職員と記者が更にトラブルとなり、もう記者会見どころではない有様だ。

 そんな中、首相は淡々と会見を続けている。


「そして、この国家存亡ともいえる未曾有の危機に際し、特殊な能力を持つ少年少女たちを決死隊として向かわせる事を決断致しました」


 シィィィィィィィィン――――

 一瞬、変な言葉が聞こえ、トラブルになっていた会見場が静まり返る。


 決死隊?

 少年少女?

 誰もが、首相は極度のストレスでおかくしなってしまったのかと思ったのかもしれない。

 それほど予想外の言葉が出たのだ。


「これは国家機密として、これまで秘匿ひとくされてきましたが、我が国には太古の昔より特殊な力を持った血筋の方々が存在しているのです。昨年のクーデターの時も彼女たちの働きにより、反乱を鎮圧し市民を守り平和を取り戻す事が出来ました。その他にも、様々な国家の危機に陰ながら働き、人知れず血を流してきたのであります」


 首相のファンタジーな話に、会見場にいる皆が呆けたような顔をして聞いている。

 これまでもネットを中心に、その手の噂は後を絶たなかったのだ。

 公式にはクーデターを鎮圧したのは自衛隊特殊部隊となっていたが、『人の口に戸は立てられぬ』と言うように誰かが情報を漏らし、ネットには様々な噂が氾濫していた。

 中には『陰陽師が鬼を召喚した』とか『魔法少女が敵を鎮圧した』などと、真偽不明の情報を流す者で溢れていたのだ。


 そして、遂に首相が特殊能力を持つ者の存在を認めてしまった。


「彼女たちは、その強すぎる能力故に偏見の目を向けられ、これまで大変な御苦労をされてきたと聞いております。ですが、この国難に際して命を投げうつ覚悟で我々国民の為に戦おうとしてくれているのです。どうか、どうか、皆様には、彼や彼女たちに特段のご配慮をお願い致します」


 これまで公然とは語られる事のなかった陰陽庁関連の情報を、遂に首相が国民に向け開示したのだ。

 クーデターの時は何とか誤魔化す事が出来たが、この未曾有の危機に至っては隠す事は不可能と判断したのだろう。

 そして、今まで人知れず人の為に尽くしてきた彼女達への贖罪の意識もあったのかもしれない。


「は? 特殊能力?」

「いや、それはネットの噂では?」

「まてまて、クーデターの時も、魔法を使う少女の目撃情報があったはずだ」

「九州で山が吹き飛んで火山性ガスが発生した災害も、調べたところによると活火山ではなかったという話だぞ。あれも何か関連があるのでは?」

「誰が、そんなアニメのような話を信じるんだ!」

「アニメを馬鹿にするな! うちはアニメ専門チャンネルでやってるんだ!」

「何でアニメ専門チャンネルが首相官邸の記者会見に来てるんだよ!」


 再び会見場は大混乱になってしまう。


「今、自衛隊のヘリによって決死隊の少年少女たちが迎撃地点に向かっております。我々は彼女らの成功を祈るのみ……人事を尽くして天命を待つのみであります」


 そう言うと、首相は会見場を後にする。

 記者たちの怒号が続き、静止しようとする職員との間で結局大混乱だ。


「おい! まだ質問をしてないぞ!」

「逃げるのか! 説明責任を果たせ!」

「ソーリ! ソーリ! ソーリ!」


 ――――――――




 春近たちを乗せたヘリはお台場某所に到着する。

 この地点で落下してくる隕石を迎撃するらしい。


 春近は、窓の外にに広がるお台場の光景を見て、真夏の同人誌イベントを思い出していた。

 杏子も一二三も黒百合も渚も、皆楽しそうに笑顔だった。

 暑さや人混みで苦労もあったのだが、今となっては全てが良い思い出だ。

 杏子の描いた同人誌は完売し、本当に嬉しそうな顔をして涙を流して喜んでいた。

 自分の作った創作物が、他の人に喜んでもらえる事は、何よりも嬉しい事だったのだろう。


 今、春近たちは持てる力の全てを懸けて、宇宙の彼方から飛来する巨大質量の怪物と対峙しなくてはならない。

 明日をも知れぬ身を奮い立たせて、着陸したヘリから降りようとしていた。


 春近たちがヘリを出て促されるように歩いて行くと、周囲を警戒していた自衛隊員が一斉に敬礼する。

 もはや、東京圏存亡の全てが託されていて、誰もが認めるVIP待遇なのだ。


 周囲に対地空ミサイルを積んだトレーラーが何台か止まっている。

 弾道ミサイルを迎撃する為のミサイル防衛システムだ。


「迎撃ミサイルが並んでる。道路が凄い渋滞なのにどうやって持ってきたんだろ?」

「アメリカから第一報が届いた時点で、首相が自衛隊を動かしたのかもしれないです」


 春近の疑問にアリスが想像で答えた。


「まあ、こんなミサイルでは大きな隕石は迎撃出来ないけど、何かの役に立つかもしれないな」


 やたら叩かれている首相だが、意外と行動は素早いと春近は思った。

 黙々と仕事を進める人よりも、たいして仕事はしないけどアピールだけ上手な人の方が褒められるのは、何処の世界でも業界でも同じだろう。


 ――――――――




 上空を旋回する報道ヘリが、春近たちを望遠レンズで小さく映った姿を捉え報道していた。


「今、自衛隊のヘリから少女たちが降りてきました。あれが首相の発言した決死隊でしょうか? あっ、続々と降りてきます。十数人ほどでしょうか。小さくてハッキリとは確認できませんが、まだ若い少年少女に見えます」


 国民の大部分がテレビの前で、その決死隊の少年少女たちの姿を見守っていた。

 東京都心3000万人の人々は、道路も鉄道も大混乱で停止状態となり逃げる事も叶わず、ただ画面に映る春近たちの雄姿を見守るしかなかった。

 特殊能力なのか魔法なのかネットに氾濫する噂を信じる者も信じない者も、その若い少年少女達に一縷いちるの望みを託すしかないのだった。

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