第230話 春近救出部隊

 風呂から上がった春近は浴衣姿で旅館の廊下を歩き、自分の部屋まで戻る途中でふと立ち止まる。

 廊下の窓から京都の街が見え、何故だか不思議な気分になってしまう。

 街に見える灯りの一つ一つにストーリーがあるのだと。


 この窓から見える街で、源氏と平家の争い、応仁の乱、本能寺の変、禁門の変、様々な歴史的事件が繰り広げられてきた。

 特に応仁の乱では多くの神社仏閣も焼失するなどの大きな被害となる。

 その後、天下人となった豊臣秀吉が京の街を復興させ、再び活気を取り戻すことになる。

 秀吉が亡くなった後も、息子の秀頼ひでよりが後を継ぎ、多くの神社仏閣を修復させ現在残る文化遺産となったのだ。


 実はこの裏には徳川家康の暗躍があったとされる。

 秀吉の莫大な遺産を引き継いだ秀頼の資金を大量に消費させる為に、母親である淀殿よどどのを焚きつけて巨額の資金を捻出させたという説まである。


 多分こんな感じに――――


 家康(cv天音)『京都の寺院を復興させるのは亡き太閤たいこう殿下の夢。それを蔑ろにしたら太閤殿下の顔に泥を塗ることになりますぞ。あっれ~ 茶々ちゃちゃちゃんって~ もしかしてぇ、ケチったりしないよね?』


 淀殿茶々(cv渚)『は? はぁ? 当たり前でしょ! ちゃんと再建して立派な神社仏閣にしてやるんだから! いい、秀頼、うんとお金を掛けて、あのたぬきを見返してやるのよ!』


 秀頼(cv春近)『はい、母上』


 色々と話題やネタの多い秀吉だが、死後は豊国大明神として神社に祀られることとなる。


 豪華な豊国神社とよくにじんじゃが建てられたのだが、大坂の陣で豊臣家が滅ぶと、すかさず家康が神社の破却はきゃくを命じる。

 秀吉の正妻であった北政所きたのまんどころの嘆願により、完全破壊はされなかったが以後ボロボロに朽ち果てたまま、明治になって再建されるまで約260年間も放置されていた。


 家康は、徳川の世を盤石にするだけでなく、意外と人気のあった秀吉に嫉妬していたのかもしれない。


 

「くっ、この京の中に居るオレ……今まさに歴史の只中に立っているという訳か……」


 春近が、よく分からないことを言っている――


 この男……たまにカッコいいセリフを言いたくなるお年頃なのだ。

 春近のような男子にはたまにあることなので、温かく見守って欲しいのだ。



「むっ、誰かの気配がするぞ!」


 だが鬼神王となった春近は、昔のよわよわな春近とはちょっと違うのだ。

 手に入れた強靭な肉体と研ぎ澄まされた感覚は、まるで高性能レーダーのように殺気を感知した。


「春近、予告通りさらいに来たわよ!」


 廊下の角から渚が現れた。


「渚様……もうオレは昔のオレとは違うのです。悪い子の渚様にはお仕置きしちゃいますよ」

「へぇ、できるもんならやってみなさいよ。容赦しないんだからね」


 二人は伝説の英雄のように対峙し合う。

 渚は、絶対服従の超強力な呪力を持つ、一方春近は十二の根源を持つ鬼神王だ。


 普段の渚は呪力を使わないので彼女の力をあまり見たことがないが、初めて会った時にルリと対決して呪力が効かずに敗れている。

 あの超強力な精神支配も、ルリの空間支配による何らかのベクトル反射、或いは断絶などの方法により防いだのだと思われる。

 今の春近ならば、渚の呪力に対抗できるかもしれない。


「行くわよ!」

「来いっ!」


 おもむろに渚は春近に近付き。

 そして、恥ずかしそうな顔をしながら――――


「も、もうっ♡ か、勘違いしないでよねっ! は、春近が、どうしてもあたしと寝たいっていうのならぁ、そ、添い寝してあげても良いんだからね♡」


「えっと…………」


 渚が何だかよく分からないツンデレキャラをやっているようだ。

 多分、黒百合あたりの入れ知恵だろう。


「んぐっ……な、何で効かないのよぉおおおお! これやったら春近はイチコロだって黒百合が言ったのにっ!」


「か、可愛い……」


 真っ赤な顔でツンデレキャラを演じる渚に、春近は対処に困ってしまう。


 うーん、確かに可愛いのだが――

 ツンデレというのは普段はツンツンしているキャラが、たまにデレを見せるところが良いのであって、わざとやってしまうのは違うような?

 し、しかし、あの渚様が恥ずかしそうにモジモジしているのは、違う意味で可愛い気もするし……


「あの、渚さ……」

「はるっち確保ーっ!」

「えっ、あれ?」


 後ろから現れたあいに羽交い絞めにされ、そのまま部屋まで連行されて行く。

 戦闘力は大幅に上昇した春近だが、相変わらず女性には弱かった。


「ちょっと、あいちゃん、胸が、胸が当たってる!」

「だって、当ててるんだもーん♡」


 あいちゃんのムチムチしたマシュマロボディが心地良すぎて、春近は何も出来ないまま連れ去られてしまった。




 春近は、B組女子の部屋に監禁された。


 部屋の中には、渚、天音、あい、黒百合、他に渚親衛隊女子が二人の計六人だ。

 渚たちだけでなく、無関係の女子二人まで興味津々に春近を見つめている。

 そして、部屋の中にはむわっとした甘い女子の匂いで満たされていて、もうそれだけで変な気分になってしまう。


「ハル君、いらっしゃーい♡」


 天音が笑顔で迎え入れる。

 顔は笑顔なのに、もの凄い色気を放出していた。イメージとしてパープルピンクのオーラを放出しているかのようだ。


「えっと……じゃあ、そういうコトで」


 春近が帰ろうとすると、渚が肩を押えてくる。


「夜は長いのだから、ゆっくりしていきなさいよ。ふふっ♡」

「でも、そ、そうだ! 教師が見回りに来たら困るでしょ」

「別に困らないわよ」

「言い切ったよ、この人……」


 あいが、胸を腕に押し付けて囁く。


「はるっち、渚っちに、そんな常識ジョーシキは通用しないんだよ」

「そういえばそうだった……非常識を常識にしてしまうのが渚様だった……」


 一方、色気を出しまくっている天音は、涎でも垂らしそうな顔でグイグイ迫ってくる。


「浴衣姿のハル君って、凄くイイね! ふふっ……イイっ♡ ああぁ♡ 凄くそそる……ごくっ」

「ちょ、ちょっと、天音さん……何か変ですよ」

「変なのはぁ、ハル君の方だよ♡ そんなエッチな恰好で誘ってくるなんてぇ♡」


 天音が、春近の浴衣の裾を捲る。

 ピロッ!

 

「うわっ!」

「やっぱり浴衣って最高。襟からも裾からも隙が多くて触り放題だし、その乱れた感じが凄くそそられて本当に最高ぉ♡」

「それ男女逆でしょ! ほらっ、他の女子も見てるから!」

「うふふふっ、ハル君……この人たちにぃ、ハル君の恥ずかしいとこ、いいーっぱい見てもらおうねっ♡」

「うわあっ、このお姉さんドS過ぎる!」


 ドスケベの上にドSになった天音は止まらない。


「ちょっと、天音! あんたばっか触ってんじゃないわよ!」


 更に渚が参戦する。


 春近は絶体絶命だ。後ろからあいにガッチリと抱きつかれて動けないまま、渚と天音に乱れた浴衣の隙間から手を突っ込まれ、直に素肌をさわさわモミモミされていた。


「おい、ちょっと待て! そこのB組女子の人たち。は、恥ずかしいから少しだけ席を外してって!」


 さすがに無関係の女子に見られているのは恥ずかしい。

 春近が席を外すように頼んだ。


「イヤです! 渚女王様と天音お姉さまのドS攻めを勉強させて頂きます!」

「そうそう、敬愛する渚女王様の調教のお手伝いをしないと!」


「何なの、この人たちはぁああああ!」


「ちょっと、春近はあたしのなんだから、あんたたちには触らせないわよ」

「は、はい……」

「すみません……」


 無関係の女子二人は、渚に注意されてショボーンとなってしまう。

 どさくさに紛れて参加するつもりだったのだろうか。


 そこに、今まで漫画を読んでいた黒百合が立ち上がる。

 春近は一縷いちるの希望を見出した。


「はっ、黒百合ブラックリリー、もしかして助けてくれるとか?」

「んんっ、春近……早くそこのエロい女どもを満足させちゃって。後でゆっくり添い寝してもらうから。ふんす!」

「全然ダメだったぁぁぁー!」



 ドンドンドン!

「おい、何を騒いでるんだ!」


 そこに、見回りに来た教師の声が響いた。


「こ、これは……もしかして助かったか?」


 ガラガラガラ!

 生活指導教員が入って来て注意をする。


「おい、もう夜だぞ。いつまで騒いでいるんだ……おい、何で女子部屋に男子がいるんだ!」


 注意をする生活指導教員の目が渚のところで止まり、偉そうだった態度が急に怯えた風になった。


「えっ、あっ、大嶽……さま……」

「何よ、あんたは! あたしと春近の邪魔をしようって言うの?」

「ああっ、いえ、め、滅相めっそうもございません。女王のお気の召すままに……おい、そこの男子。ちゃんと女王を満足させるんだぞ」


 何も見ていないといった風に、教師は部屋を出て行った。


「何だあの教師は! 職務放棄か! おかしいよ!」

「ほらっ、春近、教師も応援してくれてるでしょ」


 さすが渚女王、不可能を可能にするミラクル。




 その頃――――

 ルリたちA組女子グループは、春近を探して男子部屋を訪れていた。


「ハル居る?」


 風呂上がりで下着の上に旅館の浴衣を着ただけの無防備な姿のルリが現れ、男子たちは急に前屈みになって畏まる。

 胸の谷間も腰のラインも見えまくりで、凄まじいフェロモンを放出するルリを前にしては、男子だけでなく女子まで魅了されてしまいそうだ。


「風呂は一緒だったんだけど、出てからは見てないな。たぶん他の女子の部屋だと思うけど」


 代表して藤原が答えた。

 しかし心の中では悶々としたものが渦巻く。


 くうううっ――

 酒吞さん……

 なんて美しくてエロいんだ……

 こんな凄い酒吞さんとエッチしまくりだなんて、土御門め羨まし過ぎるだろ。


 同室の菅原まで、ルリの出現で平常心ではいられなくなってしまう。


 くっ、ボクとしたことが――

 他の男子みたいに性的なことにうつつを抜かしている場合ではないのに。

 ダメだっ! 酒吞さんを見ると如何わしい気持ちになってしまう。

 惑わされるな! そうだ、素数を数えるんだ!

 2、3、5、7、11、13……



「ふぅ~ん」


 ルリは部屋を出て行くと、部屋に満ちていた緊張感が解かれた。



「ルリ、どうだった?」

「咲ちゃん、ハル居ないって」

「やっぱり……渚たちの仕業だろ!」


 外で待っていた咲にルリが答える。



 イチャイチャという名の調教をされそうになる春近に、彼を救出……いや、更にイチャイチャしたい女子たちによる救出作戦が実行されようとしていた。

 どっちみちイチャイチャされるのには変わりはなさそうなのだが――――

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