第229話 狙われた春近

 春近たちは清水の舞台で有名な寺院に来ていた。

 修学旅行でも一般の旅行でも定番のコースになっている。

 日本人のみならず外国人に於いても、京都といえば外せない観光地だろう。


 一日目は合同で定番コースを、二日目が班ごとの自由行動に、三日目は奈良を観光することになっている。



 春近と杏子は、どっちを向いても歴史が刻まれた古都に到着し、やたらとテンションが上がっていた。


 実際に京都の歴史といっても、平安時代だけでも語り尽くせぬほどの内容があり、更に映画やドラマでも人気の応仁の乱から続く戦国時代、そして新選組や明治維新の志士などが有名な幕末と、何処を取ってみても内容が濃く凄いのだ。

 他県民からしたら、ちょっとズルいと思ってしまうくらい有名だった。



「やっぱり清水寺といえば坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろかな」


 春近が、唐突に征夷大将軍の名前を出す。


「さすが春近君。その名前が出るとは……」


 すかさず杏子が返す。

 京都に入ってからというもの、二人の息はピッタリなのだ。


 宝亀九年(778年)延鎮えんちんが開山し、延暦十七年(798年)に坂上田村麻呂が建立したのが清水寺の成り立ちだと伝わっている。

 ただ、春近達は坂上田村麻呂にロマンを感じていた。


 剛勇無双と謳われた源氏最強の源為朝みなもとのためともと同じように、田村麻呂も後世になって様々な伝説が付けられてヒーローのように語られるのだ。

 歴史というものは、学校の授業ではつまらない話を延々と聞かされて嫌いになる人が多いのに、このような物語の主人公の様に考えて自分で調べて行くと、そこから興味を惹かれ好きになってハマる人も多いのだ。


「坂上田村麻呂とアテルイの関係にロマンが」


「それです! 降伏したアテルイとモレを連れ平安京に戻った田村麻呂ですが、アテルイとモレは処刑されてしまい……」


 二人がマニアックな歴史話で盛り上がる。


 都が平安京に移される頃、朝廷は東北の蝦夷えみしの反乱を抑え支配下に入れるべく軍を送っていた。

 しかし、蝦夷の族長であるアテルイ率いる蝦夷軍が滅茶苦茶強く、圧倒的な朝廷の大軍を前に少数をもって多数を撃破するというミラクルをやってのける。

 相次ぐ敗戦に、朝廷は田村麻呂を送ることとなった。


 アテルイの強さを知り、正面からの戦いで倒すのは難しいと判断した田村麻呂は、周囲の村々に農業技術を教えるなどの懐柔政策に出て、アテルイに協力していた他の族長たちを取り込むことに成功する。

 彼らの本拠地に丹沢城を築かれ、他の族長も朝廷側に服属してしまい、最後まで抵抗を続けていたアテルイとモレも遂に降伏をした。


 田村麻呂はアテルイとモレを連れ都へと戻ったが、田村麻呂による『彼らは優秀な人物なので、東北に戻して現地を統治させるべき』という助命進言も空しく、危険人物だと思い込んでいた朝廷によって処刑されてしまったのだ。



「きっと、田村麻呂とアテルイ達には、敵ながら相手を認め合う友情のようなものがあった気がするんだ」


「敵同士の熱き友情キタァァァー!」


 二人は、何か少年漫画のライバル同士の友情みたいな感じに盛り上がっている。


「そういえば……この田村麻呂を元ネタにした人物が鈴鹿御前すずかごぜんと結婚して大嶽丸おおたけまるを倒すという伝説が……」


 春近が少し不安な顔をして杏子を見る。


「ん? ち、違いますよ! 結婚したのは私じゃないですよ」

「だ、だよね~」

「も、もう、春近君……私が他の人と結婚しちゃったとか思ったんですか?」

「それは……杏子はオレの嫁だし」

「ぐはああっ! こ、このラブコメ的波動はぁぁ……」


 そして、二人は見つめ合う――――


「ストォォォーッップ! はい、神聖な寺でイチャイチャ禁止な!」


 イイ感じになりそうになったところで、咲が二人の間に入って来た。


 実は、さっきから二人が仲良くしていたのを妬いていて、いつ入ろうかと隙をうかがっていたのだ。

 話の邪魔をしてしまうと、逆に自分のイメージが下がりそうだと乙女心が揺れ動いていたのだが。そこに丁度イチャイチャを始めそうな不埒な動きが有り、すかさずチャンス到来と動いたのである。



 イチャイチャを防止されたところで、舞台から下を覗いている彼女たちから声がかかった。


「ハル、ここ凄く高いよ~」

「こ、これは結構高いな」

「江戸時代には飛び降りる人もいて、生存率は約85%だと聞きました」


 ルリと和沙と栞子が舞台から下を覗き込んでいる。


「どれどれ、けっこう高いな……」


 春近が舞台から下を覗き込む。

 その春近の背中を見ている咲の中にイタズラ心が芽生えてきた。

 しかし、ビックリさせようと思っていた彼女は一人ではなかったようで――


「わっ!」

「わっ!」

「ぐわああっ!」

 ビックゥゥゥーン!


 突然後ろから声と共に両肩を叩かれ、春近は変な声を上げてしまった。

 咲一人なら大した事なかったはずなのだが、もう一人別の誰かが反対側の肩を叩いたことで、驚きも二倍以上になってしまう。


 鬼神王となった春近ならば、ルリの空間支配、黒百合の空気を操る能力、一二三の重力制御、忍の金剛拳と様々な能力を使うことで、この程度の高さなど何とでもなるのだ。

 しかし、怖いものは怖いのだからしょうがない。


「ちょっと、脅かさないでよ」


 春近が振り向くと、咲と何故か隣に渚が立っていた。

 突然現れた渚に、咲までも驚いている。


「えっ、あれ? 何で渚が?」

「どう? 驚いた? うふふっ」


 春近のリアクションが想像以上で、渚は満面の笑みを浮かべご満悦だ。


「おい、クラスのヤツらを放っておいて良いのかよ?」

「良いのよ。班の子もあたしに合せるって言ってくれてるし」


 咲の疑問に渚が答えると、すぐ後ろから渚女王親衛隊の女子が現れ忠誠を誓う。


「Yes,Your Majesty. 親愛なる渚女王様の仰せのままに!」

「Yes,Your Majesty. ああっ、麗しの渚女王様ぁ……もっと命令してぇ」


 親衛隊女子は、渚に心酔したような表情で嬉しそうに立っている。


「渚様……」

「ち、違うわよ。あたしは何もしてないから。この子たちが勝手に」

「確かに……いつもそうですよね」


 春近が何か言おうとしたが、渚は何もしていないと釈明した。


 そうなんだよな――

 渚様って、人を意のままに操れる凄い能力を持っているのに、オレに足を舐めさせた以外で私利私欲の為に呪力を使ったのを見たことがないんだよな。

 あんな能力が有れば、世の中を何でも自由にできるのに。

 実は凄い良い人なのでは……?

 てか、何でオレに足を舐めさせるのだけ全力なんだ?


「渚様のエッチ!」

「はあ? 何言ってんのよ!」


 こうして、B組グループまで合流してしまった。




 三年坂から二年坂へと向かう。

 団子やきんつばやら美味しそうな匂いがして、その都度ルリが買い食いしている。


「うーん……。さっき昼飯を食べたばかりなのに、このお腹の何処に入っているんだろう?」


 プニプニ――――

 春近はルリのお腹をプニプニした。


「ハル、なにやってんの?」

「うーん、ルリのウエスト……細く、くびれて……そしてこのムチっとしたヒップへと向かう理想的な曲線……」

「きゃはっ、くすぐったいよ、ハル」

「しかし、大食いなのに、食べた物は何処に入ってるんだろ?」

「は?」

「お腹の中にブラックホールでも有るのか?」

「ハぁぁ~ルぅ~!」


 春近が逃げようとすると、渚たちB組グループに捕まってしまう。


「春近は、あたしたちの部屋で寝るのよね♡」

「そうそう、ハル君と一緒に寝たいなっ♡」

「はるっち、いっしょに寝よっ♡」


 渚、天音、あい、三人の肉食系っぽい女子に春近が囚われる。目をギラギラさせた彼女たちに食べられそうだ。


「い、いや、オレは男子の自分の部屋で寝るから」


 春近が断るが渚たちが折れるはずもなく。


「何言ってんのよ! 春近はあたしと寝るの!」

「そうだよ、ハル君は私達と一緒なのぉ♡」


 最初から分かり切っていたことだが、渚と天音がタッグを組んでいる時点で一番危険なのだ。

 本当に連れ去られそうな気配がある。


「まったく、おまえらはいつまで付いて来んだよ。自分のクラスに戻れよな」

「ハルは渡さないもんねーっ!」


 咲とルリが対抗するが、当の本人は五重の塔を写真に撮っていた。


「ここから撮る五重の塔の景色が良いんだよな」


 この後、何も知らない春近に、凄いコトが起きるとも知らずに……。


 ――――――――




 旅館の大浴場――――

 今、この男子風呂では、修学旅行恒例のエッチな男子トークが繰り広げられていた。


 唐突に藤原が話しかけてきた。


「なあ、土御門……」

「えっ、なに?」

「酒吞さんのカラダって、どんな感じなんだ?」

「ぶふぉおおっ! な、な、なに言ってんだよ! 藤原!」

「い、いや、だって気になるだろ。制服の上からでも凄いエロいのに、脱いだらどうなっちゃうんだって……」

「お、教えねえーよ……ルリをエロい目でみるなよ」

「くっ、羨ましいぜ……」


 春近と藤原がエロバナをしていると、菅原が加わってきた。

 ただ、恋バナやエロバナではなく、全く関係ない話だったが。


「キミたちは口を開けば女の話か性的な話ばかりだな。もっと有意義な話はないのかね? 例えば、今年の冬に地球に最接近する小惑星アドベルコフトゥスの、地球に衝突する確率だとか」


「いや、何の話だよそれ」

「むしろ菅原も女の話しろよ」


「小惑星は地球に急接近すると重力の影響を受けたり、ヤルコフスキー効果により天体に生じたモーメントがだな……」


「だから、何の話なんだよ」

「菅原、おまえの話は難しい」


 春近と藤原が、堅物そうな菅原の恋バナでも聞きだしたいと思っていたが、全く色っぽい話にはならなかった。

 そして、のんびり風呂に入っている春近だが、こうしている間にも春近を自分たちの部屋まで連行しようとする実行部隊が、今か今かと牙を剥き狙っているのだった。

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