第225話 夏の終わりの大輪の花

 この時期になると思い出す。

 夜空に咲いた大輪の花、幻想的な提灯と山車だしの灯り、道沿いに並ぶ屋台から漂う美味しそうな匂い。

 そして、可愛さを一層際立たせるような綾なす浴衣姿に、花火よりも綺麗に咲いた心からの笑顔。


 きっと忘れない、忘れたくない大切な思い出――――



「もう、あれから一年経ったのか……」


 春近が商店街のポスターを眺めながらしみじみと呟く。


 去年の夏、皆で花火大会に行った。

 そのすぐ後に、クーデター事件に巻き込まれてしまったのだ。 皆と過ごす何気ない日常がどれだけ大切なのかを思い知ることになる。

 人は皆、何気なく過ごす毎日がどれだけ大切なのかを、失ってから初めて気付くものなのだから。


「また、花火大会に行きたいな……。あの時も、また来年も一緒に見ようって約束したんだよな……」


 春近の頭の中に、大輪の花火をバックに綺麗な浴衣を着た彼女たちの可愛い笑顔が浮かぶ。


 旅行に行ってからというもの、同人誌イベント、帰省と、ずっと遊んでばかりで、いつ勉強をしているんだと言われそうだ。

 夜やっていると春近は主張するのだが、実際には、ルリや咲が頻繁にやって来てはイチャイチャしまくりである。

 勉強が疎かになってベッドの上でエチエチなお勉強ばかりになってしまうことも多かった。


「だがしかぁぁぁぁーし、この花火大会イベントは外せない!」


 春近は、静かに闘志を燃やしていた。



「ハル、何見てんだ? あっ、これって花火大会じゃん」


 後ろから咲が覗き込んできた。


「うん、また行きたいなって思って」

「いいね。アタシもまた、ハルと一緒に行きたい」


 イイ感じに寄り添う二人に、黙ってられない彼女が急接近する。


「おい、なに二人でイイ感じになっているんだ……」


 反対側から和沙が顔を出して、楽しそうにくっつく二人をジト目で見つめる。


「和沙ちゃん、花火大会に行きたいって話だよ」

「へへっ♡ 去年もハルと一緒に行ったんだよな♡ 良いだろ」


 春近が説明したところに、咲がドヤ顔で乗ってきた。

 もちろん和沙への自慢である。



 実は、春近と咲が二人で駅前まで出掛けようとしていたところ、それを見つけた和沙が凄い勢いで追いついてきたのだ。ついでに和沙と一緒にいた遥まで巻き込み四人で出掛けることになったのだ。


 あの旅行以来、何故か咲と和沙がライバル関係のようになってしまい、お互い競い合うように春近に甘えてくる。

 恥ずかしい赤ちゃん言葉で甘えているのがバレた和沙に、もはや何も怖いものなど無かった。

 恥ずかしがり屋なのに、ある一線を越えてしまうと急に大胆不敵になってしまう和沙なのだ。

 まさに『日本一のつわもの』である。



「へ、へーっ……去年、一緒に花火大会に行ったのか……凄く羨ま……いや、全然羨ましくないぞ!」


 プルプルプルプルプル――――

 和沙が体をプルプルと震わせながら、誰が見ても分かるくらい羨ましそうにしている。


「そ、そうか……。一緒に花火大会に行って、咲が花火を観て『綺麗……』とか言うと、ハルちゃんが『オマエの方が綺麗だよ』とか言って、見つめ合った二人は熱いベーゼを! うわぁぁぁっ! すっごく羨ましい、羨ましくて死んじゃいそう! い、いや、ぜんっぜん羨ましくないんだから!」


「和沙ちゃん、ちょっと落ち着いて。想像力が豊過ぎるだろ。あと、何でキスがフランス語になってんだ」


 羨ましくないと言いながら絶対羨ましいのがバレバレな感じになっている和沙に、春近がツッコんだ。



「春近君、ちょっとは和沙の気持ちも分かってあげてよ。私たちはちょうどその頃、呪いで使役されクーデターの準備に利用されて大変だったんだからさ」


 少し離れた場所にいた遥が、さり気なく近付き春近に耳打ちする。


「遥……そうか、そうだよね……」

「そうそう。女心って、すごく大事」

「だなよ。オレも女心の分る男になるぜ」


 遥の言葉で何かが目覚めた春近は、そっと和沙を抱きしめる。


 ぎゅっ!


「和沙ちゃん、今年は一緒に行こうね」

「は、は、ハルちゃん♡ ふふっ、ふへぇぇ♡ さ、さすがハルちゃん。大好きなのにゃ♡」


 一瞬で和沙がデレデレになり、思いっ切り春近に甘えてしまっている。


「あっ♡ もっとぉ♡ もっとギューッとしてぇ~♡ なでなでもちてほしいのぉ♡」

「あ、あの、和沙ちゃん……ここ外だから、皆見てるから、恥ずかしいから」


 人通りの多い商店街なのも忘れて、和沙がイチャコラしまくる。


「うっわぁ……バカ丸出し」


 咲がツッコんだ。


「ばば、バカとは何だ、バカとは! 知っているぞ、咲もショッピングモールでアイスを食べ合いしながら『味見』とか言ってキスでアイスを口内交換して、恥っずかしいアホ丸出しの蕩け顔を街行く人々に公開していたそうじゃないか!」


「ちょ、な、な、何で知ってんだぁああああ! 誰に聞いた!」


 超恥っずかしい行為を暴露され、咲が真っ赤になってプルプル震える。


「くっそ! 誰だ噂を広めたのは!」


 誰だとか言いながら、咲の頭の中に四人組のクライメイトの顔が浮かぶ。

 噂好き女子四人組が噂を広めるのは、むしろ当然の行為だった。


「あいつらだったかぁああああーっ!」


「あ、あんな羨ましい……じゃなかった、恥ずかしい行為を公衆の面前でやるとか何を考えているんだ! もう、こうなったら私が更に上を行く行為をして、咲の恥ずかしい記録を抜いてやるからな! 覚悟しろっ!」


「おおっ、望むところだ! どっちがより恥ずかしいか、ここで決着つけてやんよ!」


 何がどうなってこうなったのか分からないが、二人は対抗意識から『どっちがより恥ずかしいイチャイチャ行為ができるか競争』なる意味不明な勝負を始めてしまった。


 春近を挟んでベンチに座り両側から睨み合う。


 今まさに、お外で何処まで恥ずかしいエチエチイチャイチャ行為をしつつ、やり過ぎて警察の職務質問を受けないようなギリギリのラインを攻められるかの、高度なバカップルテクニックを競い合う戦いの幕が開いた。


 ただ、興奮して暴走している二人には申し訳ないが、巻き込まれた春近と遥には街行く人の視線が集中して、恥ずかしいやら帰りたいやらで勘弁して欲しいところなのだ。


「えっと、じゃあ春近君、花火大会の件はよろしくね。私はこれで……」


 遥が逃げ出そうとしている。


「ちょっと、遥! 何で逃げようとしてるの!? 助けてよ」

「いやぁ、一緒に居ると私まで変な子だと思われちゃいそうだし。じゃ、そういうことで」

「遥ぁぁぁーっ!」


 最後の頼みの綱である遥が逃げ出してしまう。春近は、完全にトロトロに蕩けた甘えん坊女子二人に両脇をガッチリとロックされ完全に逃げられなくなった。


 遥のことを薄情者だと思う人がいるかもしれないが、それは完全に間違いである。

 比較的常識人……(ある部分は非常識だが)な遥だから逃げ出したのだ。


 これが、他のエッチ女子だったのなら、三人目として参戦し更にヒートアップさせ公序良俗的な問題で警察にお叱りを受けていたことだろう。

 とにかく、春近は人通りの多い駅前商店街で、ちょー恥ずかしい羞恥プレイをする運命なのだ。



「ほらっ、ハルの耳を舐めてやんよ。れろっ♡」


 咲が、舌を尖らせて春近の耳の穴をグリグリと侵入させる。


「むっ、私も負けていられないぞ。れろっ♡ ちゅぱっ♡」


 和沙まで対抗意識丸出しで、春近の耳に吸い付いた。


「ぐわっ、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁーっ!」


 二人の舌が春近の耳の奥まで進入し容赦なく内壁を犯しまくる。

 通常では有り得ない両耳への舌による攻撃により、春近の体から力が抜けされるがままになってしまう。


「じゅるっ♡ ちゅぱっ♡ れろれろっ♡ ぶちゅっ♡ ちゅっ♡」

「れろっ♡ れろっ♡ じゅるっ♡ ぐりんぐりんっ♡ ちゅぱっ♡」


「ぐわぁああああっ! ここは天国かぁ! それとも地獄なのかぁ!」



 こういう場面には必ずと行って良いほど現れるのが、例の噂好き女子たちである。やはり今回も現れて咲をイジろうとするのだが、目の前の光景があまりにも恥ずかしくエッチ過ぎて言葉を失った。


「あら、咲ちゃ……え、ええっ、あのっ?」

「エロっ、さすがにそれは……」

「凄いっす、そんなハズいコト……」

「そ、それな……」


「「「「ご、ごめんなさーい!」」」」


 武智美むちみ房女ふさめ宇合うまかいとマロンは、目の前の光景に自分たちまで恥ずかしくなって逃げだした。

 まさかの、噂好き女子まで羞恥心で逃げ出すほどの、強烈な恥ずかしプレイが繰り広げられているのだ。



「ほらぁ♡ ハルもアタシの耳をほじってよぉ♡」

「ハルちゃ~ん♡ もっと甘えさせて欲しいのにゃ♡」

「ああぁんっ♡ 耳がぁ~耳がイイのぉ~♡」

「くふぅ♡ もうぉぉおおぉ♡ もっとギュッてくてくんないとヤダぁぁ~♡」


 その後も、恥ずかしいプレイは続き――――


 小一時間程してから、急に二人とも我に返った…………

 凄まじい羞恥心と自己嫌悪に襲われながら、学園へと戻って行くのだった。



「ううっ……アタシ、何やってんだ……。もう、あの商店街に行けねえよ……」

「くっ、私としたことが……なんて破廉恥な……穴があったら入りたい」


「だからやめろって言ったのに……」


 春近の言葉に先が食い付く。


「おい、ハルも途中からノリノリだっただろ。気持ちよがってたくせに」

「いや、あんあんヨガってたのは咲の方だったような……」

「はあぁぁぁぁあ!? よ、よがってねえし! はあぁぁあ!」


 ムキになって咲が否定するが、誰が見てもあんあんしていたのは一目瞭然だ。

 そこに、和沙まで入ってきた。


「あああっ、色惚いろぼけした咲のせいで私まで……」

「ちょ、和沙、なに言ってんだ! 元はと言えば和沙がアタシに変な対抗意識を燃やすからだろ!」


「咲も和沙もお互い様な気が……。くっ、恥ずかしいけど……もう全部受け入れるぜ」


 春近は二人の性格を全て受け入れる覚悟をした。

 この程度で恥ずかしがっていたら、過激な愛情表現をする彼女たちとは付き合えないだろう。



 その後、駅前商店街で三人は『色惚けトリオ』として、ちょっとした有名人になった。

 ご近所の奥様方から、恰好の噂の的になってしまう。

 アリスが言っているように、お外で破廉恥なコトをしてはいけないのである。

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