第222話 家庭内エッチ攻防戦2

 リビングには両親が、二階の自室には妹の夏海が、ごく普通の家庭がごく普通に生活する家の中で激しい攻防戦が始まろうとしていた。

 有ろう事か、ルリが家族の隙を突き浴室へと進撃してきたのだ。

 まさに進撃のルリである。


 かつてルリは言った、『私を止める者は誰もいない』と。

 弱肉強食と群雄割拠ぐんゆうかっきょの世界で、最強の力を持つルリを止めることのできる者などいない。

 春近は毎回エサとなり、恥ずかし攻めされながらカラダの隅々までいじられて昇天させられる運命なのだ。


 しかし、今の春近には確信があった。

 十二の力の根源を手に入れ最強の鬼神王となったのだ!

 もはや、ルリの思うがままにされる春近ではなかった。

 そう、今の春近なら、ルリとも対等に戦えるはずなのだ。



「いいかルリ、オレを以前のオレと一緒だと思ったら大間違いだぞ! 十二の鬼神の根源を取り込んだオレは最強の存在になったのだ。悪い子のルリにはお仕置きだぜ!」


「ふふっ♡ ハルぅ、エッチは禁止だけど洗いっ子ならOKだよねっ♡」


 ルリの解釈変更により、本番以外は全部OKになってしまったようだ。

 そもそも、エッチしたいお年頃のルリに、エッチ禁止なんぞ最初から無理に決まっているのだった。

 最強の鬼の王と、最強の鬼神王が向き合い、ジリジリと距離を詰めていた。

 遂に決戦の時が来た――――


 シャキィィィィィーン!(何か意味深な音)




「無理でしたぁぁぁーっ!」


 春近は、あっけなく負けた――


 そもそも最初から勝てる見込みなど皆無だったのだ。

 ただでさえ魅惑的なルリが、すっぽんぽんなのだ。

 もう、直視できないほどエロティックで、まともに相対するのも不可能だ。春近の戦闘力は1%以下になっていた。


 そして実際に組み合った時には、ぽよんぽよんと柔らかいカラダが触れたり何やら甘い香りがして、もう戦闘どころではなく力が入らずヘナヘナになってしまったのだ。

 それ以前に……春近が、大好きなルリに暴力など振るえるわけもなく、戦いにすらなっていなかった。


「うふふっ♡ 私の勝ちぃ♡」


 ルリに上に乗られ、春近は完全に身動きできない状態になってしまう。

 もはや絶体絶命だ。

 これからルリの思うがままにされてしまうのは確定だろう。


「ハルぅ~♡ 大人しく泡泡しましょうね~じゅるり♡」


 ルリは両手をニギニギさせながら、じゅるりと舌舐めずりをする。


「ちょ、ちょっと待った!」


 春近が叫んだところで脱衣所のドアが開く音がした。

 誰かが入って来たようだ。


「あれ? おにい、入ってるの?」


 夏海の声が聞えた。


「な、夏海か? どうかしたのか?」


 春近は、慌ててルリの口を塞ぎ平静を装って答えた。

 実家のお風呂でルリとエッチなことをしていたのがバレたら大問題である。


「ええっ、ルリ先輩に先に入るように言ったのに。何でおにいが入ってるの?」

「あっ、えっと……ルリはお腹が空いたからコンビニに買い食いに行くって言ってたよ」

「はあ? さっき夕食をたくさん食べてたじゃん」

「ルリは大食いだから足りないんだよ。いつも腹ペコキャラで、食べ過ぎてTシャツからお腹ぽっこり……って、ぐわっ!」


 ルリが怒って春近をつねった。

 慌てて作り話をする春近だが、余計なことを言ってしまいルリがムッとしてしまう。


 イメージでは、いつも大食いで漫画みたいにお腹ぽっこりだが、実際のルリはグラビアアイドルも真っ青なくらい完璧にくびれたウエストである。

 食べたものが何処に入っているのか謎だったりする。


「ふふっ、お腹ぽっこりって、何だかルリ先輩らしい」


 適当についた嘘なのに、夏海が信じてしまったようだ。

 やはり兄妹だけあって、簡単に騙される所は同じだった。

 ただ、勝手にお腹ぽっこりキャラにされてしまったルリが、『むうーっ!』と怒って舌で春近のカラダを舐め回し始める。


 ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ――――


「くっ、ちょ……やめっ……」


 ガッチリと押さえ込まれ、あらゆるところに高速ペロペロ攻撃だ。春近は声が漏れそうになる。


 くううっ――

 ドアの向こうに夏海がいるのに……

 ダメだっ!

 声が漏れてしまう……っ!


「ちょっと、おにい! 何か変な音がするみたいだけど?」


 春近が何か言おうとするが、ルリのキスで塞がれて喋れなくなってしまう。


「んんーっ、ぷはっ! な、夏海……んんんっ! むーっ! ちゅぱっ、な、何でもない……んんっぷあっ! 何でもないから! 何でもない!」


「あやしい……開けるよ」


 春近の言動が挙動不審過ぎて、夏海が浴室のドアを開けようと手をかけた。


「開けるなって! 今すっぽんぽんだから丸見えだぞ!」


「だから、何してんのって言ってるの?」


「息継ぎの練習だよ! きたるべき最終戦争に向けて、お風呂の中で息を止める訓練をしているんだ! もし、宇宙人がバイオ兵器の攻撃をしてきたら大変だろ!」


「はあ? キモっ! おにい……バカなの?」


「宇宙歴846年、宇宙の彼方から地球外生命体エチーズが侵略して来ると、オレの書いた小説『美少女戦記・最終戦争エチーズ』にあるんだよ」


「はいはい、もう、しょうがないおにいだなぁ……ルリ先輩が帰って来たら教えてよ」


 そう言うと、夏海は帰っていった。

 危機は去ったのだ――――


 いや、本当の危機は去っていなかった――――

 春近の作り話で大食いお腹ぽっこりキャラにされてしまったルリが、上に乗ったままジト目で見つめている。


「ハルぅぅぅ……誰がおデブぽっこりだって?」

「ちょ、待て! 何か変わってるじゃないかぁぁぁ!」


 声が出せない春近に、ルリは面白がって体中をペロペロ舐めまくる。

 声我慢で散々恥ずかしいことをされ、洗いっ子までして見つからないように出て行った。

 普段はズボラなルリなのに、こういう時だけは服を隠してあったりと、周到に準備されていて抜かりはないのだ。


 ――――――――




「じゃあ、ルリ先輩は私の部屋で」

「ええーっ、ハルの部屋が良いな」


 二階に上がり、夏海が自分の部屋に客用布団を敷くが、ルリは春近の部屋を御所望だ。


「ダメです! ふっ、二人っきりにしたら……え、エッチなコトとか……ごにょごにょ……」


 夏海がエッチな事を想像してしまい、語尾がごにょごにょしてしまう。


「大丈夫だよ夏海ちゃん。今日はエッチ禁止だから」


「えっ? そうなんですか……って、今日はってコトは……。もしかして、い、いつもは……もうっ! 私もおにいの部屋で寝て、一晩中監視しますから!」



 そんなこんなで、夏海まで春近の部屋で寝ることになってしまう。

 ベッドの横に客用布団を敷いて、そこに夏海が入った。

 ルリは、春近のベッドに入り、すぐに静かな寝息を立て始める。


「いいっ! もし変なコトしたら、すぐやめさせるからね!」


 夏海が春近にビシッと指を突き付ける。


「ほら、もうルリも疲れたみたいで寝ちゃっただろ。大丈夫だよ」


「おにいが大丈夫じゃないの! ルリ先輩が寝ちゃったのを良いことに、ええ、エッチなイタズラするかもしれないし」


「しないから! ぐぬぬっ……逆なのに……本当は逆なのに……」


 エッチなイタズラをするのはルリだと言いたいのに言えないところである。




「おにい、寝た?」

「……いや、おまえが寝ろよ」


 少ししたところで夏海が声を掛ける。

 夜も遅いのに、まだ監視しているらしい。


 その時、ふいにルリの手が春近の体に触れスリスリと動き始める。

 無意識なのか寝たふりなのか?

 スリスリナデナデと絶妙なタッチだ。


 ぐうっ、ルリ……何してるんだ――


「あやしい……」


 兄の布団がモゾモゾ動いているのを不審に思い、夏海が起き上がって春近を凝視する。


「いや、あやしくねーし! 早く寝ろよ」

「だって、何か動いてるような? じいぃぃぃぃぃぃーっ!」


 ぐはあっ!

 ダメだぁ……

 妹の前で醜態を晒すわけにはいかねぇぇぇーっ!

 耐えろ! 耐えるんだぁぁ!


 ――――――――




「た、耐えた…………誰かオレを褒めてくれ……」


 断続的にルリのスリスリやギュッギュやチュッチュなど様々な攻撃を受け続けた春近は、ほとんど眠ることができなかった。


「んんーっ、良く寝たぁー」


 横でルリが伸びをする。


「ルリ、本当に寝てたのか?」

「ん? なに?」


 本当に寝てたのかよ――

 寝ながらエチエチ攻撃をしてくるとは、もう伝説級のエッチ女子だな……



 こうして、アホな攻防を繰り広げながらルリと一緒の帰省イベントは終わった。

 妹の夏海はもうしばらく実家に泊まるそうなので、二人で帰りの準備をする。

 最近全く寝かせてもらえない春近は、フラフラになりながら笑顔のルリに腕を引かれていた。



 両親が玄関で見送る。


「春近、おまえの人生なんだ。後悔の無いように生きればいいんだ。でも、無理はするなよ」

「体に気を付けてね」


「うん、分かった」


 別れ際に、父親がルリに声を掛けた。


「酒吞さん、息子を頼む」


 ルリは少しだけ驚いた表情をしてから、すぐに笑顔になって答えた。


「はい、任せてください。ハルは……とても優しくて、そして強い人です。だから、大丈夫です」



 春近とルリが、先日通ったばかりの道を戻る。

 夏の太陽がジリジリと照り付ける道を。


 来た時には気付かなかった駅前の花壇に咲いている向日葵ひまわりが、太陽に向かって大きな花を広げている。

 ルリには、まるで二人を祝福しているかのように見えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る