第192話 鬼神王誕生

 聖遺物せいいぶつとは、古代の神話や聖人の伝承に登場する、恐るべき力を秘めた奇跡を起こすともいわれる遺物である。しかし今、目の前にある宝玉のような球体は、杏子が呪力によって生み出した正体不明の物質であった。


 それは、ガラスにも宝石にも金属にも見え、虹色に輝き不思議な光を発している。

 手に取ったアリスは、この世の存在とは思えない程の凄まじい力を内に秘めているように感じていた。



「こ、これは……」


 確率にさえ関与できるアリスでも失敗する予感を感じていたはずが、杏子が創造クリエイトした聖遺物を受け取った瞬間に、因果逆転の成功率が大幅に上がった感覚を得た。

 信じられないことだが、ごく普通の少女に見える杏子が世界のことわりを覆すような究極のスキルを使ってしまったのだ。


「これなら、できるかもしれないです」

「本当ですか」


 アリスの呟きに、鼻血を流した杏子が答えた。


「杏子、皆に連絡を! わたしがこの聖遺物を使って呪力を極限まで高めますから、皆はそれに合わせて同時に呪力を乗せるようにして下さいです! わたし一人ではまだ足りないけど、皆の呪力を乗せれば成功率は更に上がるはずです!」


「は、はい!」


 杏子が全員に連絡を入れる。

 鼻血を流してフラフラになりながらも、必死にスマホを操作し素早く全員と連絡を取った。


「百鬼さん、全員との連絡完了しました」

「では、行くです!」



 アリスは聖遺物を高く掲げ呪力を込める。


「成功率改変!」


 アリスは、更に成功率を上げる為に、先ず呪力で確率を変動させた。


「絶対に失敗するわけにはいかないのです! 少しでも成功率を上げないと。ハルチカ……必ず助けるのです!」


 ギュワァアアアアアアーン!


 アリスは呪力を全開放した。

 元々極大呪力を持つアリスが、聖遺物を通して更にその力を大きく上昇させる。

 この世界の因果にまで干渉する恐ろしい力が、かつてない程の最大出力で発動するのだ。

 アリスの体からは禍々しい漆黒の呪力が放出され、近くにいた杏子が腰を抜かしながら後ずさる。


「ひいいいっ! ひゃ、百鬼さん、お願いします」


 ギュワワワワァアアアアアアーン!

 ギョワァァァァアアアアアアア――――


 アリスの漆黒の呪力が更に大きくなり、それを夜空に向け突き上げる。

 この街全体が覆われるような極大呪力が展開し、空一面が禍々しい漆黒に染まった。

 直径が何キロあるのか見当もつかないような巨大な円盤型の呪力は、他の場所にいるメンバー全員にも視認できる程だ。


「今です! 皆で呪力を!」


 アリスの声と共に、十二の鬼神の力が収束して行く。

 歴史上在り得なかった十二の伝説級の鬼神や大天狗の神や悪魔にも匹敵する力が、街全体を包むような大規模且つ最大出力で同時に行使されようとしていた。




 ルリ地点――――


『ハル……お願い! ハルを助けて! 私が差し出せるものなら何でもあげるから。だからハルを!』 



 渚、忍地点――――


『あたしの春近……絶対に戻ってくるのよ。あたしを置いて行ったら承知しないんだから!』

『春近くん……私に勇気と希望をくれた春近くんを、絶対に助けたい』



 咲、あい地点――――


『ハル……絶対に助ける! アタシは、何をしてでも絶対に!』

『はるっち……戻って来て……また、はるっちと一緒に……』



 和沙、天音地点――――


『ハルちゃん……契約は永遠だったはずだぞ! いなくなったら許さないからな!』

『ハル君……ハル君のいない世界なんて想像できないよ。ハル君に会いたい』



 黒百合、一二三、遥地点――――


『春近……これからも、ずっと一緒にいたい。絶対に』

『……春近……結婚する約束……反論は認めない……』

『春近君……助けたい! 必ず!』



 アリス、杏子地点――――


『ハルチカ……戻って来るです……』

『春近君……私は春近君とずっと一緒ですよ』



 十二の鬼神の呪力と想いが集束し、あり得ない程の超巨大術式が完成した。

 今、街の上空何キロにもわたって展開された超巨大な呪力の塊が、史上空前規模の奇跡を起こそうとしている。

 それは、クーデターの時に蘆屋満彦が起こそうとした禁呪である蠱毒厭魅こどくえんみにも匹敵する程の、国家を揺るがすレベルの超巨大魔法の実現である。



「ぐううああぁぁぁ……行きます……因果逆転!!!!!!」


 夜空に浮かんだ巨大な円盤のような漆黒の呪力に、十二の鬼神によって幾重にも展開された究極術式が描かれ魔法陣のようになる。

 そして、その呪力は春近と接続され、彼の体に流入した。




「ぐあああああああっ!」


 春近の中に流入した呪力により原因と結果が入れ替わり、望むべき未来へと因果が逆転するはずだった。

 しかし、何かの要因により最終的に因果律の変動が阻まれている。



 アリスは極大呪力を放出し続け倒れそうになりながらも、最後の力を振り絞っていた。


「何か! 何かが足りない! あと少し、後ほんの少しだけ何かの切っ掛けさえあれば、ハルチカを救うことが可能なはずです!」




 春近の目から光が消えて行く。

 生命の灯火が消えかかっているのだ。

 ルリに抱かれた体から体温が失われて行き、腕が力なく垂れ下がった。


「いやあああああああぁぁぁぁあ! ハルぅぅぅぅぅぅぅぅ! 死なないでぇぇぇぇぇ! ハルのいない世界なんて、私は生きていいたくない! ずっと一緒だって言ったじゃない! 戻って来てぇええええ! うわああああああぁぁっ!」



 光が消えかかる目で春近はルリを見上げる。


 ル……リ……

 オレは死ぬのか……

 泣かないで……ルリ……

 ダメだ……ルリや皆を残して死ぬわけにはいかない……

 オレは……まだ死にたくない……

 死ぬわけにはいかないんだ……



 ちゅっ――――


 その時、ルリは咄嗟に春近にキスをした。

 それはまるで自分の命を吹き込むような、春近の命を繋ぎ止めるような――


 ギュワァアアアアアアアーン! ゴバァアアアアアアアア――――


 その時、何かが変わった。

 急激に因果律を覆す呪力が春近に流入する。


 ルリと春近が肉体的にも精神的にも繋がったことで、二人の間に呪術回路が接続されたのだ。


 ルリの呪力に乗って春近の体に流入した極大呪力が、因果を逆転させ根源的な何かを改変し別の存在へと進化を遂げる。

 春近の体内に入り込んだ十二の鬼神の力の根源が溶け合い融合し、遺伝子へと組み込まれて行く。

 壊れかかった肉体が再構築され、その全てが新しい力として覚醒し青白い呪力を放出する。

 そう、十二の鬼神を従える鬼神王の誕生であった。



 アリス、杏子地点――――


 パリィィィィーン!

 術式の成功と共に、アリスの持つ聖遺物は砕け散り、彼女は因果逆転の成功を確信し力尽きて気絶した。



 再び春近、ルリ地点――――



 スクッ!


 春近は立ち上がる。

 体から力が漲ってくるようだ。

 銀河のような青白い呪力を放出しながら、目には魔眼のような光を放ち、その肉体には強大な力を宿している。


「オレは……鬼になったのか……」

「ハル……」


 ルリが心配そうに見つめる。

 寂しがり屋で、常にくっついていたがる、ちょっとズボラで、でも最高に可愛い、とても愛しい人……


「ルリ、皆……ありがとう」

「ハルぅ! 良かったぁああああぁ! うわぁああーん」

「ルリ、オレたちはお揃いだね。永遠に一緒になったよ」

「良かったぁああああぁ! ハルぅうううっ!」


 ルリは優しい笑顔を見せた。

 月明りに照らされた彼女の笑顔は、最高に可愛く全てを包み込むような温かさに満ちていた。


「んっ、ちゅっ、ハルぅ」

「ルリ、んっ……」


 どちらからともなく抱き合いキスをする。

 強く、強く、お互いの命を確認し合うような、強く抱き合いながら。

 まるで、世界に二人しか存在しないかのように、熱く強く溶け合うかのように。




 ガサッ!


 二人が愛を確かめ合い、このまま一件落着かと思われたその瞬間、予想外の人物と遭遇する事態になる。

 遂に、千年に渡る因縁に決着を着ける時が迫っていた――――

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