第191話 想いを形にできるのなら
走る――――
ただ、ひたすらに走る。
春近は夜の
いつしか人も少ない山間部へと入り、枝を掻き分け木々を飛び越え何処までも走る。
靴が擦り切れズボンが破け傷だらけになりながらも走った。
その姿は、獣のような悪魔のような……まるで、
全身から溢れ出る青白い呪力の輝きにより妖気のようなオーラを纏い、周囲を包む空気を焼け焦がすような高圧の力を放出する。それは、人ならざる者の姿に見えていた。
ズザザザザザザザザッ――――
そして、とうとう力尽きるかのように、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「ぐああっ! 体が……動かない……」
バタッ!
筋力が大幅に上昇していたとはいえ、人の身で呪力を使い続け人の何倍ものスピードで走ったのだ。
その動きに体が持たず筋繊維にダメージが入り、足が持たなくなったのかもしれない。
春近は、その溢れ出る大きすぎる力により、内側から弾け飛びそうな感覚に陥っていた。
「こ、ここは……何処だ……」
随分と走った気がする。
途中で山の中に入り森を抜けた記憶はある。
「帰らないと……海に行く約束をしているんだ……皆あんなに楽しみにしていたのに……」
立ち上がろうとするが、体が燃えるように熱くて上手く動かせない。
無理やり足に力を入れボロボロの体を引きずる。開けた場所まで出ると、そこには川が流れていて一本の橋が架かっているのが見える。
春近は、その光景を見たことがあった。
そう、忘れもしないあの場所――――
「ここは……あの時の……ははっ、オレは……無意識のうちに……この場所に向かっていたのか……」
忘れるはずもない思い出。
あの日、ルリとデートした帰り。
逃げるように走り出したルリを追いかけ辿り着いた場所。
「雨の降る中、あの橋の下にルリは
春近は最後の力を振り絞るように、その場所まで歩いて行く。
まるで、何かの力に導かれるように――――
橋の下まで行くと、春近はそこで力尽き倒れた。
もう一年以上前のことなのに、春近にはつい最近の様に記憶が鮮明に思い浮かぶ。
ルリ――
凄く美人で可愛くて強くて……
でも、たまにとても寂しそうな目をして……
そんなルリを、いつの間にか大好きになっていたんだ……
オレが、この子を守りたい……ずっと一緒にいたいって思って……
世間の偏見の目や心無い言葉のナイフから、オレがこの子を守らないとって思ったんだ。
でも、オレは弱くて……ちっぽけな存在だから……上手く守れなかったかもしれない……
それでもオレは、ルリに幸せになって欲しいと思って……
意識が薄れて行く。
限界が、すぐそこまで来ているような気がした。
「ルリ……ごめん……ずっと一緒だって約束したのに……オレは嘘つきだったね……。皆……ごめん……海に行くって約束したのに……オレは行けそうにない……や……」
意識が遠くなってゆく――――
「もし、人が生きた証や、この想いを形にして残せることが出来たのなら……金や地位の為じゃなく……ただ、愛の為に生きたかったんだ……。オレが死んだら……この想いも消えてしまうのだろうか……」
その時、薄れゆく春近の眼差しの向こうに、何かを叫びながら近づく者の姿が映った。
「ハルぅぅぅぅぅぅ!」
それはルリの姿をしていた。
「ううっ……ルリの……幻が見える……」
ルリは春近を見付けると、近寄って抱き寄せた。
「ハル、ハル! 大丈夫!? 死んじゃイヤ!」
「ル……リ……本物なのか……」
「ハル、やっぱりここにいた。何か感じたの! ここかもしれないって」
春近が何かに導かれこの橋の下に来たように、ルリも不思議な力に導かれるように、この場所へと引き寄せられていた。
「良かった……最後にルリに逢えて……」
「イヤっ! 最後なんて言わないで! ずっと一緒だって言ったじゃない!」
「ごめん……」
「うわああああああぁぁぁ! 私のせいで、ハルが!」
ルリは力いっぱい春近を抱きしめ叫んだ。
「ルリのせいじゃないよ……オレが悪いんだ……。で、でも、オレは……昔は、何も無い、何の変化もない、つまらない日常を送っていたんだ……。それが、ルリたちと出会ってから……毎日が楽しくて、今日より明日がもっと楽しくなるって……そんな、毎日がワクワクする日々を……。だから、ルリたちには感謝しているんだ……」
「死んじゃダメだよハル! これからもずっと、一緒に歳をとっても、ずっと一緒に……楽しいことをしたいって思ってたのに……。死んじゃダメぇええええ!」
春近の中の力の根源が暴走し、その圧縮されたような熱量が体の中で渦巻いている。その代わりに春近の生命力がどんどん削られて行くのを感じる。
遂に生命の灯火が消えかかっているようだった。
「ハル! イヤぁぁぁ! 誰か! ハルを助けて! そ、そうだ、アリスちゃんなら! アリスちゃんの呪力なら!」
ルリはスマホでアリスに電話を掛ける。
震える手で必死に画面をタップし、着信音が鳴るとすぐにアリスは出た。
「アリスちゃん! 早く! ハルが死んじゃう!」
「ハルチカが見つかったのですか?」
「早く! アリスちゃんの呪力で!」
アリスは悩んでいた。
ルリから聞いた場所は、ここから遠すぎて自分の呪力の有効範囲を超えているかもしれないのだ。
「ど、どうするです……わたしの因果反転なら……。しかし……前にハルチカを因果反転で助けた時には、必ず成功すると確信が有った。わたしの予感は高確率で当たる。でも、今のわたしには確信が無い」
アリスが自問自答する。
「有効範囲外の上に、ハルチカの症状に不確定要素が多すぎて、高確率で失敗する未来しか見えない……。ど、どうすれば……もう、時間が無い……。呪力の有効範囲外……不確定要素……」
アリスの呟きに、一緒にいて春近の情報を皆に一斉メッセージを送っていた杏子が答えた。
「ひゃ、百鬼さん、もしかしたら……呪力を増幅する聖遺物のような物があれば……。そ、そうです、アニメでよく登場するあらゆる願いを聞き届けるホーリーグレイルのような物があれば、きっと皆の呪力を増幅させることが出来るのかもしれません」
「杏子、あなた何を……」
「ちょっと待って下さい。何か作れそうな気がするんです。私に任せてください。アニメでは魔力を高め特定の条件を満たせば、無から有を生み出すことも可能なのです」
最初、アリスは杏子が何を言っているのか理解出来なかった。
だが、杏子は決してふざけているのではなく、大真面目な顔をしている。
そして、その次の彼女の行動で、アリス驚愕することになる。
「ぐぐぐぐぐっ……っ、
杏子の
それは、何も無い空間から突如として現れ、まるで3Dプリンターで製造したかの如く宝玉のような物質が生成された。
「はぁああああっ!
杏子が叫び、宝玉を完成させたと同時に、彼女は鼻血を吹き出しダメージを受ける。
究極のスキルを使った代償により、体にダメージを受けたようだ。
「杏子……あなたは……」
「こ、これで……私も少しは皆の役に立ちたいですから……」
「いつの間に、こんな凄い力を……」
「ふへぇ、弱くて皆の力になれない私ですが、何かを創ることは得意だと思っていたのです……」
杏子の生み出した聖遺物は、アリスが見ても呪力とも神聖力とも魔力ともとれる凄まじい力を秘めているのが分かる。
目の前の少女は、無から有を生み出すという世界の理を覆したのだ。
「これなら、これなら春近を助けられるかもしれないです!」
アリスの感じていた極めて低かった確率が、その聖遺物を受け取った瞬間に急上昇した。
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