第183話 遥か彼方からの希望
古くから日本の伝承にあるキツネやイタチの形をした使い魔である。
術者は式神としてそれを飛ばし、スパイのように遠くの場所を覗いたり、人に取り憑いて操ったり動きを奪ったり、はたまた呪いをかけたりと万能な能力を有する。
しかし、管狐は数が多い上に大量の呪力や霊力を
だが、飯綱遥という一見普通に見える少女は、七十五の
春近は遥の後に付いて歩いている。
遥から部屋に来るように誘われ、黙って後をついて行っていた。
いつもは穏やかで気さくな遥が、少しだけ怖い雰囲気を出している。春近は、断わることができず大人しく従っているのだ。
春近は遥の後ろ姿を見つめながら考えていた。
遥――
いつもは気さくで話やすくて落ち着いているのに、たまに凄く強引になるんだよな。
何か急に迫力を増したけど……
一二三さんの件も知っていたから、やっぱりあれなんだろうか……
「どうぞ」
「うん……」
遥に促され部屋に入る。
カチャ!
遥が妖しく目を光らせながら、後ろ手に部屋の鍵を閉めた。
「あれっ? 鍵閉めるの?」
「えっ、普通は閉めるよね」
「そ、そうだけど……」
「ふふっ、変な春近君。あっ、逃げようったって無駄だよ。私からは絶対に逃げられないから」
「ちょっ、何それ、こわっ!」
「あははっ」
遥は冗談のように逃げられないと言っているが、実際に春近もクーデター事件の時は管狐をくらって全く身動きできなくされてしまったのだ。
彼女が本気を出したとしたら、春近は完全に身動きを封じられ遥のされるがままになってしまうはずだろう。
遥の部屋は彼女の性格を表しているかのように落ち着いたインテリアで、本棚に少女漫画が多いくらいで特に変わった様子もない。
今、緊張した面持ちで佇む春近の退路を断つように、遥が部屋の出入口を塞いで立っていた。
「えっと、何か今日の遥って少し変だよ……」
「春近君……今日こそ覚悟を決めてもらうよ。もう逃げられないからね。
「だから、怖いって」
「ふふふっ、やっぱり春近君は面白いね」
マズい……
もしかして……またオレのアソコを狙っているのか?
前もトイレに連れ込まれて……ズボンを脱がされ……
くっ、遥……変態すぎるぜ……
「ちょーっと待った! 春近君、何で腰が引けてるの? あっ、もしかして……」
「いや、だって……また、オレの股間を狙っているのかと……」
「ちっがぁーう! 私、そんな変態じゃないからっ! あれは……そ、そう、気の迷いなのっ! いつもはあんな変態なことしないから!」
遥が懸命に変態を否定している。
春近と言えば、股間を隠してガードしているのだが。
「気の迷いで、あんなセクハラするのかな……?」
「だから違うの! あの時は、どうしてもアソコが気になって……だって、ほら、温泉で見た時に凄く逞しかったから……付き合ったら、そういうのも重要でしょ!」
「そんな……付き合ったらおっぱいも重要だからって、女子におっぱい見せろなんてならないでしょ……」
「えっ、そ、そう言われてみれば……。うわああっ! 今、春近君に言われて自分の変態さに絶望したぁぁぁっ! その例えの通りです! 恥ずかしくて死にそう!」
遥は春近に指摘されたことが的確すぎて大ダメージを受けた。クネクネしながら恥ずかしがっている。
行動はアレだが性格は真面目な遥なのだ。人前でエッチなことばかりするルリたちを注意してきたのに、実は自分もハレンチなことをしているエッチ女子だと烙印を押されてしまったのだ。
もう、人のことをとやかく言えるような立場ではない。
「うわぁぁぁ……そうです、私はハレンチで淫乱なドスケベ女子の変態です……っ」
「遥……そんな、自分を悪く言わないでよ……遥は、ちょっとチン……に興味津々なだけで、そりゃ少し……いや大分エッチだけど、ルリや渚様に比べたら全然エッチじゃないから大丈夫だよ」
「フォローになってない!」
むしろ、チン……に興味津々女子なら他よりも上かもしれない。
「えっと、そうだ、それで今日は何の用なの? アソコを見る為に呼んだんじゃないよね」
「それもあるけど……」
「あるのかいっ!」
遥は、本棚から一冊の少女漫画を取り、春近の隣に来て見せてくる。
恋愛系の漫画のようで、タイトルに『恋愛1000%電撃戦』と書いてある。
電撃戦とは、機甲部隊による機動戦なのかとかバトル系と誤解されそうなタイトルだ。
主人公の大人しそうなヒロインに、オレ様系の少し無愛想なイケメンがグイグイ来るストーリーで、遥のお気に入りの漫画らしい。
「えっと……つまり、こんな感じにして欲しいと……」
「そうそう、ほら、ここのシーンとか超カッコイイでしょ!」
これは……オレのキャラとは正反対に見えるけど、遥の夢らしいし叶えてあげた方が良いよな。
一生に一度のことだから、好きな漫画のような風にして欲しいという話か。
これはオレにもわかる。
オレも漫画のシーンを見て、現実にこんなことをしたいなと思うし。
そんなこんなで、春近は遥の夢を叶えることになった。
「遥、全部オレのモノになれよ!」
壁際まで追い詰め、顎クイしながらセリフを言う。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのだが、遥が瞳をキラッキラに輝かせて喜んでいるみたいなので頑張っている。
若干、棒演技だが、二人の世界に入っているから問題ないのだ。
「春近君……キミには彼女が……」
「関係ねぇヨ、オマエを一人にはさせねぇ! オレたちはこうなる運命だったんだ! 例え世界の誰もがオレたちを
「春近! 今日世界が滅んだとしても、私たちは永遠に一緒だから……」
ガシッ!
二人が激しく抱き合う。
「遥っ!」
「春近ぁ! あむっ♡ ちゅっ♡」
二人は貪るような激しいキスをして、お互いを貪欲に求め合った。
元々二人共物語に入り込みやすい性格なのか、激しく盛り上がって二人だけの世界に没頭している。
「ほらっ、遥、もうこんなになってるじゃねーかっ!」
「ダメっ、そんなコト言わないでっ! あっ♡」
――――――――
遥は、裸で抱き合いながら、春近の胸に顔を埋めて笑顔になっていた。
能力の発現により生活は一変し、もう普通の恋や青春も不可能だと思っていた時期もあった。
でも、今自分は好きな男と夢に見ていた初体験をし、安らかな気持ちで胸に抱かれている。
どんな状況であっても、結構何とかなるものなのかもしれない――――
そう、例えば漫画のストーリーのように世界が滅んでしまっても、何か小さな希望されあれば人は再び立ち上がることができるのだから。
希望さえあれば――――
人は希望を失った時、本当に倒れて起き上がることさえできないのかもしれない――――
春近は、遥と抱き合って余韻に浸りながら、色々思い出して恥ずかしさで固まっていた。
うわわわっ、めっちゃ恥ずかしいぞ!
盛り上がっている時はノリノリだったのに、行為が終わって冷静になると急に恥ずかしさが込み上げてしまう。
何か変じゃなかったかな?
遥が喜んでくれていたなら良いのだけど……
「ふふっ、春近君って面白い」
「えっ……やっぱり変だったの?」
「変というか、ふふふっ、ごめん……春近君はカッコよかったよ。でも、あんなにノリノリになってくれるなんて最高」
「うわっ、やっぱり恥ずかし過ぎる」
「ふふふっ、あははっ、もう、春近君って最高だねっ。ここも凄いし」
遥の手が下の方に伸び、ある部分ををギュッと掴んだ。
「ぐわわっ、何でそこを触るの! ダメだって!」
「へへへーっ、気になるのだからしょうがないでしょ。もう、毎回触ってやるんだから」
「ちょっと、動かさないでよ!」
「あははっ、面白い。もう、しちゃったんだから、私が見るのも触るのも自由だよね」
「そうなのか? い、いやいやいや、ダメでしょ」
「良いのっ!」
二人はベッドの中でいつまでもイチャイチャしていた。
たとえ世界が滅ぶようなことがあったとしても、立ち上がる為の希望をカラダに刻み込むように。
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