第155話 阻む者

「長官、本当にこのまま何もぜず移住させるおつもりですか!?」


 陰陽庁長官室に熱弁を振るう暑苦しい男の声が響く。

 話を聞いている長官の土御門つちみかど晴雪はるゆきもウンザリした顔だ。

 何しろ、何度話しても納得せず何度も上申に来るのである。


「大津審議官、もう楽園計画は決定したことですぞ。今更どうこうしようとしてもじゃな……」


 晴雪が男に説明する。これまで何度も繰り返したやりとりだ。


「土御門長官! ですから何度も申しておるのです! 元々陰陽庁が危険視していた特級指定妖魔ですよ! もし我々人間に牙を剥くようなことが有ったらどうするのです!」


「その件については問題無いと言っておる。学園内でも問題を起こさず生活できておるし、何よりクーデターを阻止した最大の功労者じゃからの」


「それです! そのクーデターの件が大問題なのです! 長官もご覧になったでしょう、自衛隊も全く相手にならないあの恐ろしい力を。殺生石の件では施設を破壊したり山を吹き飛ばしたとか……。もしあの恐ろしい力が我々に向くようなことがあったら」


 その男、大津審議官が熱弁を振るう。



 大津審議官――――

 昨年クーデターで失脚した弓削の後釜として、エスカレーター式にキャリア組トップの中から選ばれた男である。

 性格は、前任の弓削よのうな慇懃無礼いんぎんぶれい厚顔無恥こうがんむちなタイプとは違って、気難しくて融通の利かないタイプに見える。

 眉間に入った深い縦ジワが、気難しそうな性格を物語っていた。

 己の正義を信じて疑わないような融通の利かなさは、単純な弓削よりも更に厄介な人物かもしれない。


「今からでも遅くありません。計画を変更し、特殊な施設に厳重な管理の元で保護すべきです!」


「保護……?」

 監禁の間違いじゃろ……と晴雪は思った。


「大津君、分からないかね。彼女たちは、あれだけの力を持っているのじゃぞ。大人しく施設に入ってくれるわけなかろう。あの蘆屋満彦でさえ特殊監獄をいとも簡単に脱獄し、いまだ逃走中じゃというのに……。逆に彼女らの反感を買って、余計に状況が悪くなるだけじゃ。寝た子を起こしてしまうみたいにな」


 やれやれと言った感じに晴雪が話す。これも何度も繰り返したやりとりだ。


「でしたら……いっそのこと、始末して……」

「大津審議官! 口を慎みたまえ!」


 それまで大人しかった晴雪が怒気を強め、大津審議官に緊張が走った。


「彼女たちも日本国に国籍を有する国民であるのじゃぞ! 憲法の三大原則である人権を踏みにじることができるわけがなかろう!」

「はっ、申し訳ございません」




 長官室から出て来た大津は、納得のいかない顔をして肩を怒らせて歩く。


「長官は何も分かっておらぬ! 何が憲法だ! あの鬼達は存在自体が超法規的なのだ!」


 誰もいない廊下の向こうに向かって吐き捨てる。


「あのような存在に対しては、もっと高度な公益の観点から超法規的措置をとる必要が有るのだ! 長官が変わってからというもの、どんどん穏健派路線に舵を切ってしまい、本来の我々の責務を忘れているのではないのか。私はおおやけの正義の為に主張しておるのだ!

 

 議論は全く嚙み合いそうになかった――――


 ――――――――――――





 場面は変わり、陰陽学園――


「ところで、咲先輩って、兄のドコが好きなんですか?」

 唐突な夏海の質問に、咲は顔を真っ赤にして狼狽える。



 少し前――――


 咲が一年の廊下を歩いていると、春近の妹らしき人物を見つける。

 ルリや渚が既に自己紹介していると聞いていたので、自分も挨拶でもしておこうかと声をかけたのだ。


「夏海ちゃんだっけ? アタシ、春近の“彼女”で咲っていうの。よろしく」

「えっ、はい、土御門夏海です……よろしくお願いします」


 えっ、えっ、また、おにいの彼女が出て来たんだけど……

 おにいが、そんなにモテるのが意味わかんない……



 二人は外階段の所で、しばらく話をしたらすぐに打ち解けて仲良くなった。

 最初は警戒していた夏海だが、意外と相手が普通っぽくて警戒心を解いたのだ。


 良かった、今度の彼女は普通の人で――

 夏海が心の中で相手をチェックする。


 最初はギャルっぽく見えて怖いかと思ったけど、話してみるとそうでもないし話やすいし普通に良い人っぽい……

 前に会った彼女と比べると、だいぶマシかも……



【夏海好感度バロメーター】


 好印象:咲先輩     何か普通だから


 超怖い:渚先輩     助けてくれたのは超感謝

 セフレ:天音先輩    ちょっと可哀想……

 要注意:ルリ先輩    巨乳でおにいを釣ってるとかどうなの?

 問題外:ストーカー先輩 クンカクンカとかありえない。



 理由が普通そうだからというのは、本人が聞くとガッカリしそうなのだが、他が常軌を逸するような凄さなので、必然的に普通そうな咲の株が急上昇なのだ。


「咲先輩が、おに……兄の彼女なら安心です」

「えっ、そう? えへへっ、何かテレるな」

「はい、彼女が咲先輩で良かったです」

「えっ、アタシって好印象なの? なんか嬉しい。えへへ」


 咲がこれ以上ないくらいのデレっとした顔になる。


「ところで、咲先輩って、兄のドコが好きなんですか?」


 唐突な夏海の質問に、咲は顔を真っ赤にして狼狽える。


「ええっ、急にぶっこんで来るね」


「兄はオタクだしヘタレだし……」


「違うよ! 確かに普段はヘタレっぽいけど、いざという時は後先考えずにアタシを守ってくれるし! なんか、そういうのって、凄く大事にされてるって思えて、こう胸の辺りがあったかくなって幸せっていうか……。えへへっ♡ なんか照れるな」


「は、はあ……」


 咲の顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿が、後輩の夏海から見ても可愛く思えてしまう。

 乙女チックな咲を見た夏海が、形容しがたい気持ちになった。


 本当に、おにいのコト好きなんだ……

 おにいに彼女が出来るのが何か嫌だったけど、こんなに真っ直ぐな想いを聞いちゃったら、もう認めるしかないのかな。

 あ、でも一部の人は納得できないしハーレムなのも引っ掛かるけど――




 放課後、夏海が帰ろうと人が少なくなった廊下を歩いていると、昇降口の陰になった場所に兄を発見した。


「ハル、もっとギュッてして」

「咲……」


 ちょぉぉぉぉぉと! あれ、おにいと咲先輩じゃん!

 気まずくて出て行けないよ!

 ちょうど人が居ないからといって、外でイチャイチャするとか何なの!

 もうっ! そこに居たら帰れないじゃん。


 春近と咲は、すぐ近くにいる妹の存在など知りもせず、完全に二人だけの世界に入ってしまっている。


「えへへ~♡ ハル、もっとナデナデしてよ」

「うん、咲、好きだよ」

 なでなでなで――


「ふにゃ~♡ ハルぅ、アタシも大好きぃ♡ ってかハルっ、大が付いてないだろ!」

「お、オレも“大”好きだよ」

「じゃあ、許すぅ♡」



 うわぁぁぁー! 身内のラブシーンなんか見たくないよぉぉぉ!


 夏海の苦悩を他所に、二人は更にラブラブヒートアップしてしまう。


「ちゅっ♡んっ、ハルっ♡ もっとキスして」

「うん、ちゅっ、ちゅちゅっ」

「はむっ、ちゅっ、ちゅぱっ♡ ハル~」


 もう完全に周りが見えていないのか、咲は両足を絡めで“だいしゅきホールド”のような体勢になってしまう。




 そんな光景が目に焼き付いてしまった夏海は複雑だ。


「もうっ! やっぱ、おにいに彼女できるのなんて嫌! 私のおにいを返してよ!」



 さっきは良かったと言った夏海なのに、今度は文句を言う。

 妹心は複雑であった――――――――

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