第130話 和沙、いっきまーす!

 三学期も始まり学園にも活気が戻っている。学食にも騒がしい日常が戻っているのだが、ここにガックリと項垂うなだれる二人が居た。


「ガアァァァン」

「ガアァァァン」


 春近と黒百合が二人一緒にショックを受けている。

 年が明けて気分も新たに週一回の納豆アボカド鯖カレー丼定食を食べに来たのだが、学食のオバチャンから告げられた『メニューから消えたよ』の一声でこの状態なのだ。

 あまりにも不人気メニューだったので、消えるのも時間の問題だったのかもしれない。


 仕方なく二人は普通のカレー丼を注文し席に着く。


「いや、あんな変な料理を食べるのは、ハルと黒百合の二人だけだろ」

 咲が言う通り、あまりにもキテレツなメニューなので、注文している人を二人以外は見たことがない。



 ちょっと良いところを見せようとしたのか、すかさずルリが声をかけた。


「ハル、大丈夫! 私がその納豆ドクダミ鯖カレーを作ってあげるから」

「ルリ……ドクダミじゃなくてアボカドだよ……」


 ルリの料理は黒焦げクッキーの件もあり少し心配だけど、手料理を作ってくれるのなら食べてみたい気もするな。

 ちょっと味の方は怖いけど――


 味の保証はできないと思う春近だった。



「そういえば、楽園計画の事を聞いたよ」

 ルリたちに春近が祖父から聞いた南の島の話をする。


「聞いちゃったんだ。ハルにはナイショにしてたのに」

「ハルが反対するとマズいからな。アタシは南国でハルとイチャイチャしまくりたいから賛成だけどさ」


 そう話すルリと咲は、今でも十分イチャイチャしまくりだ。


「うーん、まだ、計画がハッキリしないと何とも言えないな。本当に南国リゾートみたいのなら良いけど」


 春近としては、本当に南国リゾートなら行っても良いが、隔離されるような話なら断るつもりだ。


「私も、南国で春近をエッチにイジクリまくり。にへら」

 黒百合がニヤニヤと悪そうな笑顔を浮かべている。



 ドンッ!

 突然、黒百合の横に座っていた和沙がテーブルを叩く。

 今まで一言も話していなかったので、皆ビクッと静かになった。


「えっ、鞍馬さん……」

 まさか、楽園計画に反対なのかな?

 何か、怒ってるみたいだし――


「土御門……」

「あの、鞍馬さんの意見は尊重されるべきですよね……」

「死あるのみだと言ったよな」

「は?」


 和沙は凄味をきかせた真剣な顔で恐ろしいことを言う。


「ええっ、ちょっと鞍馬さん、急に何言ってるんですか?」


「何じゃない! 私の告白を受け入れたはずなのに、今も目の前でイチャイチャイチャイチャと見せつけおって!」


 和沙の言う通り、春近の両隣にルリと咲が陣取って、さっきからピッタリとくっつきイチャイチャしていた。

 そう、今の和沙は全く皆の会話を聞いておらず、ずっと春近のことや他の女への嫉妬で頭がいっぱいなのだ。



「鞍馬さん、落ち着いて」

「落ち着いていられるかぁぁ! 先日も天音とキスしたそうじゃないか」

「あの、それは……」


 和沙の暴露でルリと咲に火が付いた。


「ハル、天音ちゃんとキスしたんだ……」

「ハル、天音と仲良いよな……。天音にしたことは、アタシにはその百倍してもらうからな」


 当然、黙っていられない二人だ。両側からジト目で見つめられる。


「天音から、のろけ話を楽しそうに話すのを聞かされて、私は毎晩毎晩この満たされない気持ちを抱えたまま眠れぬ夜を過ごしているというのに」


 そう、和沙は毎晩のようにベッドの中で春近への想いやら他の子への嫉妬やら欲求不満やらのゴチャゴチャの感情で眠れぬ夜を過ごし、時に返信の遅いスマホに向かって文句を言ったり、時にジタバタと激しく悶えたり、時に自分で自分を慰めたりと大変なのだ。

 おかげで隣の部屋から、騒音に対する苦情が入っていた。


「でも、鞍馬さんも人前でイチャイチャするのはけしからんとか言ってるし……」

「うるさい! うるさい! うるさーい! もう我慢ならん、今日の放課後は私に付き合ってもらうからな!」


 こうして、春近は和沙と放課後デートをすることになった。


 ――――――――




 あっという間に放課後となり、春近は和沙を誘った。


「鞍馬さん、では行きましょうか?」

「ま、まて、先ず準備がある。寮の前で待ち合わせだ」

「は、はい」



 寮に戻った和沙だったが――


「先ず、シャワーを浴びた方が良いか……そうだ! こういう時は勝負下着と聞いたことがあるぞ。いやいやいや、私は何を言っているんだ! まるで……いきなりホテルにでも行くみたいじゃないか! けしからん!」


 こんな調子である。


「服は何を着れば良いのだ……しまった、男子とデートなんて初めてだった! うがぁぁぁ!」

 妄想ばかりしていて実戦経験皆無だった。



 和沙が寮から出ると、春近が玄関近くで待っていた。


「待たせたな」

「いえ、オレも今来たところですよ。あ、その服似合ってますね」

「うっ、あ、ありがとう……」


 和沙は顔を真っ赤にして俯いてしまう。 

 普段は強気なのに、恋愛のこととなると弱々なのだ。


「じゃあ、行きましょうか?」

「あ、ああ」


 二人が歩き出そうとした時――

「ハ~ル君っ!」

「うわぁぁ! でたぁぁ!」

「うわぁぁ! でたぁぁ!」


 突然、後ろから聞き覚えのある声がかかり、二人同時にビックーンと大袈裟に驚いてしまう。


「そんな、人をオバケみたいに。ヒドいよ……」

 声を掛けた天音も、予想以上の反応で驚いてしまう。


「いえ、違うんです。天音さんに驚いたんじゃなくて、ちょっと今は取り込み中でして」

「そ、そうだぞ天音、急にビックリするだろ」


 天音は、二人の恰好や仕草で全てを理解した。

「ふ~ん、そうだったんだ。良かったね和沙ちゃん」


「い、いや、別に……天音、怒っているのか?」

「えっ、怒ってないよ。和沙ちゃんにも幸せになって欲しいし。でも、ハル君の初めては私が貰うから」

「うっ、ああ、私が、そんなふしだらなことをするわけがないだろ」

「でも、和沙ちゃんって、たまにトンデモナイことをしそうだし。急に性欲が爆発して、『もう辛抱たまらん! 合体だ!』とか言いそう」

「そ、そ、そ、そんなこと、言うわけないだろぉぉ!」


「ぷふっ」


 二人の会話を聞いていた春近が、笑いを堪えられず吹き出した。

 むしろ、そのセリフを言いそうなのは天音の方だと思った。

 実際に温泉では合体寸前まで行ったのだから。


「土御門、笑うな!」

「いや、なんか面白くて。二人は仲良しですよね」


 正反対に見える和沙と天音だが、ズバズバ言い合っているようでいて仲が良さそうなのは、二人の間に信頼関係があるからだと思った。


「ハル君、和沙ちゃんはムッツリスケベだから、密室に入ると危険だから気を付けてね」

「もう、おまえはアッチに行け! 行くぞ、土御門!」


 天音を寮の玄関に押し込んで、和沙はズンズンと歩いて行った。




 駅前まで来たものの、和沙はキョロキョロと周囲を気にして落ち着かない。

 途中で、学園の生徒に声を掛けられてから、誰かに見られているかもと気にしてしまっていた。

 文化祭の劇でキスをしたり、終業式の全校生徒の前で告白したりと、和沙はちょっとした学園の有名人なのだ。


「ダメだ……落ち着かない……頼む、人の居ない静かな場所に行きたい……」

「そ、そうですね。では、あそこに入りましょう」


 その言い方だと、まるでホテルに誘っているみたいだと思いながら、春近は近くにあったカラオケボックスに入った。



「はあぁ……やっと落ち着く場所に……いや、待て! こんな密室に連れ込んで……ま、まさか、私に如何わしいことをしようとしているのか!」


「えええ……」

 何となく和沙の発言は予測していたが、その通りだった。


「取り敢えず何か歌いましょうか?」

 和沙の妄想は無視して、話題を逸らそうとする。


「そうだな、それなら健全だ」


 ちょこんっ!

 春近が歌い終わって和沙の隣に座った時に、軽く肘が彼女の体に触れた。


「な、なな……」


 さっきから、やけに私の体に触っている気がする……

 もしかして、やっぱり私のカラダ目当てなのか……

 私を無理やり凌辱して、あんなコトや、こんなコトや……

 くそっ、なんてヤツだ土御門め!

 ※和沙の妄想です。


「次、鞍馬さんの番ですよ」


 歌い終わった春近がマイクを和沙に渡そうとするが、当の和沙はワナワナと震えている。


「土御門……そんなに私を凌辱したいのなら、勝手にするが良い!」

「は?」

「全て分かっているぞ! 猛り狂うあれで私の純真を散らして、思うがままに突きまくろうとしているのだな!」

「いや、何言ってるの?」

「隠さなくていい、土御門の魂胆は全てお見通しだ!」

「だから、誤解ですって」

「はあっ、はあっ、はあっ……な、なんてドスケベ魔人なんだ……くそっ、私はここで凌辱の限りを尽くされ、まるで道具のように外でも学園でも性の捌け口にされてしまうのだな……」

「もう、訳が分からない……」


 何やら意味不明の発言をする和沙に、春近もどうして良いのか分からない。


「うっ、ううっ、はうっ……もう辛抱たまらん! 合体だ!」

「うわあっ! 天音さんの言う通りだったぁぁ!」


 和沙は服を脱ぎだし、部屋で着替えてきた勝負下着になる。天音の言った通りになってしまった。


「行くぞぉぉぉ!」

 ちゅっ――――


 二人はキスをした。

 文化祭以来の二回目のキスだ。


「く、鞍馬さん……」

 

 そして、和沙はソファーに横になり目を瞑る。


「えっ……」


 襲ってくるのだと身構えた春近は拍子抜けする。

 そう、この普段は強気に見える和沙は、エッチでは完全に受け身なのだ。


「さあ、凌辱の限りを尽くすがよい!」

「だから、そんなことしませんって」

「な、な、にゃんでだぁぁぁ!」

「やっぱり訳が分からない」


 和沙が落ち着くまでキスをしまくり、精も昆も尽き果てて学園に戻ることになった。一時的に落ち着いたように見えたが、和沙の欲求不満が更に溜まっただけな気がする。


「いいか、覚えておけよ。もう、後には引けないからな! 裏切ったら、死あるのみだぞ!」

「ううう……重すぎる……」


 この一見サバサバ系に見えるが、実際は激重系女子の和沙にロックオンされたのがオシマイなのだ。春近の前途は多難だった。

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