第122話 猛者は拳で語り合い、黒百合は策を巡らす

 落ち着いた檜の温もりと静かに流れる源泉かけ流しの空間で、女と女の戦いが勃発しようとしていた。

 しかもそれは、鬼と天狗の大戦争である。


 方や、豪奢な金髪を揺らし均整の取れた完璧なプロポーションの美人。

 一見キツそうな印象を与えるが、実際にキツい性格なので世の男子生徒たちは畏敬の念を込めて女王と呼んでいた。


 もう一方は、サラサラの髪にスラっとした抜群のプロポーション、いかにも男子受けの良さそうな大人びたセクシー系女子。左目じりにある小さなホクロが更に妖艶さを引き立てている。

 いつも優しそうな笑顔を浮かべており、誰にでも気さくに話しかける性格と、何だか色々と許してくれそうな雰囲気と、実際は計算なのだが敢えて隙を見せている感じが、多くの男子生徒の心を掴んでいた。


 今、この色々と正反対に見える二人の女子が、春近を巡って直接対決の様相を呈している。



「やだ、ハル君ってば、凄い事になってるよ。男の子だねっ!」

「ちょっと、春近! 隠しなさいよ!」


「えっ、わああっ、丸見えだ」

 春近は腰に巻いたタオルを取られていたことを、すっかり忘れて本人もあっちも仁王立ちだった。

 落ちているタオルを拾って腰に巻き付けるが、わんぱく坊やは隠しきれない。



「だから隠しなさいって! もう、見えちゃってるでしょ!」


 誰が見ても分かるほど明らかに動揺している渚だが、視線はチラチラと春近の下半身へと動いている。


「あれあれ~ もしかして渚ちゃんってぇ、男の子のアソコ見るの初めて? 意外と初心うぶなんだぁ」


 そして天音は、渚を挑発するように話しかける。


「は、はあ? 見たことくらいあるし! 前に春近と旅行した時に、一緒にお風呂入ってるし!」

「へ、へぇ~。そ、それは……羨ましいけどぉ……。でも、さっきは私の指で、ハル君いっぱい感じてくれてたんだから」

「はあああ! あたしの春近に何してくれてんのよ!」

「ハル君は私のなんだからね!」


 そのまま二人は取っ組み合いになってしまう。


「春近は絶対に渡さないから!」

「ハル君は、私とエッチしたいの!」


 美女二人が裸で泡泡になりながら、くんずほぐれつと絡まり合って目も当てられない状況だ。もう、色々な所が見えまくりで、ヌルヌルキャットファイトぽろりも有るよ状態になっている。



 学園トップクラスの美女二人が、こんな下品に絡まり合っている所は誰にも見せられないと春近は思った。


「ちょっと二人共、ケンカはやめて!」


「春近は黙ってて! この子とは、ここで決着を付けるんだから!」

「そうだよハル君、渚ちゃんとは、いつか決着を付けようと思ってたの!」


 もう誰にも止められない状況だ。

 お互いの意地と性的欲望を賭けた、女の戦いの火蓋が切られてしまった。



「絶対譲らないから! ハル君のこと大好きなんだから!」

「あたしの方が春近を大好きなのよ!」

「私の方が大大大だーい好きなの!」

「あたしは、大大大大大だぁぁぁぁぁーい好き!」

「私は、大大大大大大大大大大だーい好き!」

「あたしは、大大大大大大大大大大大大大大大だぁぁぁぁぁーい好きなの!」


 途中から小学生のケンカのようになってしまう二人。


「絶対に譲れない! ハル君は私の希望の光なの! 私を暗闇から連れ戻してくれた人なんだから! 一見ヘタレで頼りなさげに見えるけど、本当は芯が強くて大事な人を守ってくれるところとか、お人好しでおバカだけど優しくて寄り添ってくれる所とか、エッチに迫ると少し怯えた表情でビクビクしちゃう所とか、全部全部大好きなんだから!」


「…………アンタ、よく分かってるじゃない」


「えっ」


 天音の告白に渚が共感してしまった。


「ちゃんと春近のこと分かってるなんて見所あるわね」

「渚ちゃん……」

「天音……」


 ガシッ!

 今、竜虎相搏りゅうこあいうつかに見えたライバルが、固く手を握り合った。



「な、何か、良い話になってきたぞ……」

 春近もホッとする。


 まるでヤンキー漫画で主人公とライバルが拳で語り合った後に友情が芽生えたような感じに――

 と、取り敢えず、ケンカは回避できたから良かったけど。



「そうよね、春近って普段はヘタレなのに、たまに強がっちゃって後先考えずに飛び込んで守ってくれたりするのよね」

「だよねー、『やってやんよー』とか言っちゃって強がってる所が可愛いだから」



 えっと、話が盛り上がっている隙に、温泉から脱出しようかな――

 春近は、音を立てないように少しずつ後退して、そっと扉を開けて更衣室に入った。


 スススーッ、パタン――


「あの、少し怯えた表情でビクビク感じちゃう所とか、見てるだけでムラムラウズウズしてきちゃって」

「春近のあれって、絶対誘ってるわよね。もう体の芯が疼いて仕方がないんだから」


 春近トークが盛り上がっていて、肝心の本人が逃げてしまったことに二人は気付いていない。

 良かったのか悪かったのか、こうして春近の貞操は守られたのだった――――





「危ないところだった……でも、ちょっと勿体なかったような? いやいや、オレは何を言っているんだ……」


 春近は天音の超絶テクニック洗体を思い出していた。

 背中を洗われるだけであんなに気持ちいいのなら、その先はどうなってしまうのだろうかと。


「あっ!」

「あっ!」


 廊下の角を曲がった所で、ピンクのツインテール女子とバッタリ鉢合わせする。


「あれ、黒百合ブラックリリー

「春近、お風呂の帰り?」

「うん、今は渚様と天音さんが入ってるよ」

「お楽しみだったの? にへら」


 黒百合がニヤニヤする。


「と、違うから! あの二人がいるから途中で出てきたんだよ」

「ふう~ん」


 春近の話を聞いている黒百合は、少しだけ考えた後に、何かが閃いたかのように手を鳴らす。


 ぽんっ!

「そうだ、それなら丁度良かった。この旅館は大浴場の他に家族風呂という小さな温泉も有る。そこなら誰にも邪魔されずに落ち着ける」


「えっ、そんな便利な所が」


「案内するからついて来て」


 ゆっくり温泉に浸かりたかった春近は、何の疑問も持たずに黒百合に付いて行く。前を行く黒百合の顔が、ニチャアっと悪だくみを浮かべている顔になっていることに気付きもせずに。



「ここ、部屋の奥に小さな貸し切り温泉がある。ごゆっくり」

「温泉付きの部屋まで有るんだ。豪華だね」


 春近は、勧められるままに部屋の奥の家族風呂に入って行く。

 これが黒百合の策略とは知らずに。

 服を脱ぎ全裸になって浴室の扉を開けると、春近以外の誰もが予想通りなのだが本人には想定外の事態に直面した。


「あっ……」

「えっ……」


 浴室には全裸の遥が居た。


「あれ? あの……何で?」


「えっ……ちょ、ちょっと……きゃああああぁぁ! 何してるの! 春近君のエッチ! 無理やりしようだなんて最低! わっ、私の方が強いんだから無駄だよ!」


「ち、違うから! オレは温泉に入りに来ただけで、何もしないから! てか何で飯綱さんが! ご、ごめっ、ああっ!」


 春近は、慌てて引き返そうとするが、まるでオヤクソクのように足が滑って遥の方に倒れこんでしまう。


 壁ドォォォォォォォーン!

 やっぱりオヤクソクの壁ドン体勢になる。


「ごめん、わざとじゃ――」

「えっ、えっ、春近君、強引すぎる……そんなに強く迫られたら……」


 ※遥は強引な男に弱かった。


「あっ、春近君、その顔……」


 見つめ合う春近の顔に、長野で咲を守って殴られた傷が見える。

 

 春近君……あんなになってまで好きな子を守るなんて……私も……同じように大事にされたい……。ハーレム男なのが引っ掛かるけど……でも、もうこのまま身を任せてしまえば――


 そして、遥は静かに目を閉じた――――


「あ、あの……飯綱さん……」


 まさかの目を閉じ受け入れようとする遥に、ドーテー王春近は混乱してしまう。いつものことだ。



「温泉、温泉、温泉タイム! あれ? お楽しみ中だった?」


 春近と遥が良い雰囲気になったその時、黒百合が変な歌を口ずさみながら浴室に入って来た。


「黒百合ぃぃ! あんたのイタズラだったの!?」


 黒百合のイタズラだと気付いた遥は当然のように怒り出す。


「ん? 私は春近と一緒に温泉に入りたかっただけ。丁度良い機会。遥も一緒にスキンシップ。ふんす!」


「あの、飯綱さん、見えてます。前、隠した方が……」

 裸で文句を言う遥に、目のやり場に困る春近だ。


「え、ええっ、きゃぁぁぁっ! 見るな! もう、最悪!」

 春近に言われて、遥は初めて自分がスッポンポンだったことに気付いた。


「ごめんっ、てか見えてる! 隠した方が」

「もぉおおおおっ! 見るなぁ!」

「だから見えてるって」


 裸で混乱する二人を眺めて満足そうな笑みを浮かべる黒百合が口を開く。


「ふんす、お風呂に入るのに裸なのは常識。遥、変わってる」

「だから、何で私が非常識みたいになってるの! 男子の前でも平気で裸になる皆がおかしいんだって」


 メンバーの中で比較的常識人である遥の苦労は続くのだ。

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