第121話 温泉で危機一髪じゃなく嬉々一発

 更衣室を抜け湯気の向こうに檜造ひのきづくりの内風呂が見える。檜の良い香りと優しい木の質感が、心地良い雰囲気を醸し出していた。

 更に外風呂は見晴らしの良いロケーションで、開放感のある岩風呂に源泉かけ流しという贅沢さだ。


 春近は一人で温泉に入ろうとしていた。



 早朝に温泉旅館に着いた時には皆疲労困憊ひろうこんぱいで、部屋に入るなり泥のように眠ってしまった。日本列島を西へ東へ移動しまくり、最強最悪の大妖怪と戦ったのだから無理はないだろう。


 旅館は貸し切りになっていて、一人一部屋確保されていた。渚のグループの担当者が、相当無理して確保したようだ。


 彼女たちが寝ている中、春近は一人でコッソリと温泉に入りにきたのだ。

 貸し切りということで、温泉は完全に混浴状態である。


 皆が起きてからでは、それこそ九尾妲己の酒池肉林になってしまう。春近としてもエッチには興味津々なのだが、あの人数に一度に迫られたら体が持たない。それはもう、とんでもないことになりそうなのだ。



「うおぉー完全に貸し切りだ。これは気持ちよさそう」

 春近は、先に軽く体を洗おうと洗い場の椅子に座る。


「ハル君、背中洗ってあげるね」

「あ、ありがとう…………ん?」


 自然に声をかけられ流されてしまうが、ふと非常事態なのに気付く。誰もいないはずの風呂なのに、若い女の声がしたのだから。


 春近が振り返ると、そこに全裸の天音がいた。


「うわわわわわわわっ! 何で!? ええっ!」


 さっきまで誰もいなかったはずの浴室内に、突如として天音が出現したのだ。


「なんか目が醒めちゃって、ちょっとお風呂に入ろうかと思ったら、ハル君がいてビックリしたよ」

「そ、そうだったんですか」


 春近は裸の天音を見ないように、恥ずかしそうに顔を背けながら答える。


 そうなんだ、天音さんも目が醒めちゃったのか――

 偶然一緒になっちゃうなんて奇遇だな。


 春近はそう思うが、目が醒めちゃったなんて理由は当然嘘である。周到な準備をして春近の行動原理を完全に読み取り、先回りして潜んでいたのだ。



「ほらほら、背中洗ってあげるから。任せて任せて」

「え、では、お願いします」


 天音はタオルを石鹸で泡立て、春近の背中を洗い始める。


 ぬるっ!


「ひゃあ!」

「どうしたの、ハル君?」

「あ、いえ、何でもないです……」


 何だ? 今の? 凄く気持ちよかったような? 変な声が出ちゃったぞ――


「じゃあ、行くよっ」

「は、はい」


 ぬるっぬるっぬるっ!


「うわっ、ああっ、くうっ」

 ビクッビクッビクッ!


「ふふっ♡ どうしたの? そんなに動いたら洗えないよ」


 今、春近は、天音の悪魔的テクニックにより全身が性感帯のように敏感にさせられてしまっていた。

 指先の絶妙な動きで、時にはフェザータッチでスリスリと焦らしながら、時には激しくクリクリと弱い所を攻め立て、もう春近は天音の思うがままである。

 天音ほどのテクニシャンになると、触った時の微かな反応だけで、相手の弱い所や性感帯を見抜いてしまうのだ。


 くりっくりっくりっくりっ! にゅるにゅるにゅるにゅる! ぬるっぬるっぬるっぬるっ!


「くうぅぅぅ……もう、だめだ……」

「ふへぇ♡ どうしたのかなぁ? ハル君っ♡ 背中洗っているだけだよ」


 天音は、春近の反応が楽しくてノリノリだ。

 それはもう食べちゃいたいくらいに。


 ハル君、ハル君、ハル君、可愛い――

 もう、こんなにビクビク感じちゃって!

 はあっ、はあっ、はあっ、もう我慢できない!

 ここでハル君と……ハル君の初めてを……


 完全に天音が、やる気満々である。


「はあっ、はあっ♡ じゃ、じゃあ、ハル君、前も洗うからコッチ向いて」


 天音が春近の体に手を回して反転させようとする。向い合せにされたら大事なところが見えてしまう。


「いや、前はいいですから。自分で洗うので。あと天音さん、息荒いですよ……」


「いいからいいから、ほら、全部任せて。ハル君は、寝てるだけでいいよ。お姉さんが気持ちよくしてあげるからぁ♡」


 天音は春近を押し倒し、腰に巻かれたタオルを剝ぎ取ろうとしてくる。


「ちょっと待って! 何でタオル取るの?」

「だって、タオル取らないとヤれないでしょ!」

「え、ヤるって……やっぱりそうだったのかぁぁぁ!」


 今頃になってやっと気づく春近だ。


「もう、ハル君ってば、ホントにお人好しだね。私が、ハル君とお風呂で二人っきりで、何もしないわけないでょ! うふふふっ、えへへっ♡ ハル君、もう観念して。私無しじゃあ生きられない体にしてあげるからぁ~♡」


 春近は最大の貞操の危機に直面していた。

 ハーレム王改めドーテー王春近では、超絶テクニック天音に抗えるわけもないのだ。

 今、最後の砦のタオルは剥ぎ取られ、まさに孤立無援の丸裸状態である。


「ああ、流星が落ちるのが見える……」


 春近が呟く。

 自身を諸葛孔明になぞらえて。


「あの星が落ちる時、我が命運尽きる……我が死んだ後は、我に模した木像を車に乗せておけえええ!」


「ハル君、司馬懿仲達は走らせても、私は撤退しないんだよ。それは孔明の罠だからねっ。うふふっ♡」


 春近起死回生のギャグ(?)も、天音には全く通用しなかった。それどころか、三国志ネタを返して来るという高等テクニックまで披露してしまう。

 優等生だった天音は元から勉強熱心なのだ。更に、春近の会話に三国志ネタが多いと知ると、ちゃっかりチェックしている抜け目の無さである。



「あああっ、もうダメだぁぁぁ! さよならドーテーデイズ……」

「ハル君の初めて、いっただきまーす!」


 恍惚の表情を浮かべ、じゅるりと舌なめずりをした天音は、狙いを定めて春近の上に腰を落としてくる。


 今まさに、国生み神話のイザナギのとイザナミが合体し大八洲おおやしまが生まれる的な大事件が起ころうとしていた。

 その時――――


 ガラガラガラ、ドォォォォォーン!

「春近、助けに来たわよ!」


 入り口の扉が開き、燦然と輝く豪奢ごうしゃな金髪を揺らし、勝利の女神の如き乙女が登場する。


「な、渚様!」


「は、ははは、春近、あ、相変わらず凄いわね……」


 勢い勇んで入って来た渚だが、春近の裸を見て顔を赤くして怯んでしまう。春近には強気な渚だが、春近のあそこには弱いようだ。



「チッ」

「えっ、天音さん、今舌打ちしたような?」

「やだな~私がそんなことするわけないでしょ」

「で、ですよねー」


 春近は、天音の優しい笑顔で簡単に信用してしまった。


「春近、あんた、その女に騙されてるわよ! その女は春近のカラダが目当てなんだから!」

「それは、渚ちゃんも同じでしょ?」


 女王渚とテクニシャン天音の舌戦が始まる。


「あたしをアンタと一緒にするんじゃないわよ! あたしは、春近を縛って動けなくしてからじっくりたっぷり調教して、『オレは身も心も全て渚女王様のモノです』って歓喜の涙を流してオネダリをさせてから、一日中濃厚に愛し合うつもりなんだから!」


「余計悪いよ! ハル君が可哀想」


「春近もそれを望んでるのよ! ねえ、春近、あたしに調教されたいわよね?」


 途中で春近に調教の話を振る渚だ。



「えっ、そ、それは……」


 渚様、そんな返答に困る質問を――


 そんなのイエスなんて答えたら、天音さんにオレが変態ドM男だと思われるだろ。しかも、更に鞍馬さんたちにまで噂が広がって、『土御門……キミが変態ドMだったなんて幻滅したよ』『ハル君、そういう扱いの方が好きだったんだ。じゃあ私もハル君にキッツイお仕置きをするから』『春近、やっぱりドMだった。私も調教するから。ふんす』『……アナタが、そんな変態だとは思わなかった……もう上履きの中敷きにでもなるべき……』『うわぁ……春近君、やっぱり最低……』とか言われてしまう!(春近の勝手な想像です)


 どうしたらいいんだぁぁぁ!


 ノーと答えれば良いのに、ノーの選択肢が頭に無い春近であった。


「いつまで考えてるのよ! もう、この場で決めなさい! あたしと濃厚に愛し合うのか? それとも、この女に搾り取られるのか?」


「そうだよ、ハル君! 私に優しく筆おろしされるのか? それとも、渚ちゃんに痛くされるのか? 今すぐ決めて!」


 究極の選択を迫られる春近。特定の人には最高のご褒美だが、実際にこの超魅惑的で超怖い女たちを前にすると腰がすくむというものだろう。


「な、何でその二択なんだよ? そんなの決められないよ! 助けて、瑠璃右衛門~」


 春近が国民的キャラクターっぽくルリを呼んでいた頃――――

 肝心のルリは、部屋で大の字になって熟睡していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る