第22話 正妻戦争

 大岡裁きという美談がある。

 江戸奉行の大岡忠相おおおかただすけが、自分が母親だと名乗り出た二人の女性に、両側から子供の腕を引かせる物語である。

 しかし、現在起きている騒動は、美談ではなく不毛な争いであった。


 春近の右手にルリが抱きつき、左手に栞子が抱きつき、何故か背中に鈴鹿杏子が張り付いていた。


「痛い! 痛いって! 二人とも落ち着いて!」


「ハルに触るな! 泥棒猫!」


「いいえ! わたくしが正妻です!」


 興奮した二人に声が届いていない。


「というか、何で鈴鹿さんまでくっついてるの?」


「むふっぅ……はぁはぁ……これ……イイ! 最高です!」


 杏子は春近の背中に密着してはぁはぁしている。

 意味不明だ……

 初対面の時の真面目な印象が、最近は壊れつつある。



 咲は呆然自失とした表情で立ち尽くしていた――――

 

 自分がグズグズいている内に、ハルが誰かに取られてしまう……

 アタシに勇気が無かったから……

 鬼の転生者だと知っても受け入れてくれた人……

 ――――“咲ちゃん! 大事なものはね、失ってからでは一生後悔するんだよ”

 以前、ルリが述べた言葉が脳内で反芻はんすうしている……



 もう、やるしかない……

 このまま何もせず負けるのなんか絶対嫌だ!


「ハル! アタシもハルが好き! 大好き!」

 突然、大声で愛の告白をした咲は、ハルの胸に飛び込んだ。


「えっ、咲――――」


 咲の突然の告白に驚いたハルだが、4人の女子に揉みくちゃにされて大変な事になっている。

「ぐわぁぁぁ……くるしいぃぃぃ」




 学園内で大騒ぎをしたハルたちは、色恋ネタの恰好の的にされ、あっという間に噂が広がってしまった。


「恥ずかしい……」

 春近は呟く――――


 騒ぎは収まったのだが、ルリも栞子も掴んだ腕を離さない。

 咲は春近の胸に顔を埋めたままだ。

 杏子は離れたものの、妄想して危ない発言をしている。


「あの……それで、話を進めないと……」

「源さん?」


「源さんなんて言い方やめてください! わたくしたちは夫婦になるのですから、これからは栞子しおりことお呼びください。旦那様」


 栞子の言葉に反応して、ルリと咲が力を強める。

「だから痛いって……」


「咲ちゃんと私で三人で付き合うのは良いよ。でも他の女はダメ!」

 ルリが、とんでもない事を言い出す。


「わたくしは、側室が何人居ようと構いませんわ。旦那様」


「誰が側室よっ!」

 ルリがツッコむ。


 これでは話は一向に進まない――――



 結局、授業が始まってもルリと栞子は春近を離さなかった。

 ルリだけならいざ知らず、優等生の栞子までおかしくなってしまい教師も諦めムードだ。

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