第103話




 子供の体が完全に岩の中に沈んでしまうと、再び地面が大きく揺れた。尻餅をついた広也は、自分達を取り巻く白い空間にヒビが入っていくのを見た。ピキピキと音を立てながら、真っ白い空間が大きくひび割れていく。広隆が駆け寄ってきて、片手を差しのべた。広也がその手をつかむのと、ガラスの割れるような音が響きわたったのとはほぼ同時だった。

 白い空間の割れ目から、大量の水が流れ込んできた。どどど、と音を立てて水が落ちてくる。広也は慌てて立ち上がった。だが、流れ込んでくる水の量は膨大で、あっという間に広也と広隆の体は水に飲まれていた。

 水の勢いになす術もなく押し流され、広也は刀を手放してしまった。広也は広隆の手だけは絶対に離さないようにときつく握った。広隆が腰に差していた刀も水にもまれて流された。

 流されて流されて。止めていた息が限界にきて広也は苦しさのあまり口を開けた。途端に水が体内に流れ込んでくる。自分ののどががぼがぼ嫌な音を立てるのを聞きながら、広也は意識が遠くなっていくのを感じた。

 意識が途切れそうになった瞬間、体を乱暴に運んでいた水流がふっと途切れた感覚がして、同時に頭が割れるほど苦しかった息苦しさが嘘のように消えた。うっすらと目を開けると、頭上で水面がキラキラ光っているのが見えた。プールの底に沈んで水面を見上げているようだ。広也はすうっと息を吸い込んだ。流れは止まったがここはまだ水の中だ。それなのに、肺の中が空気で満たされる感覚があった。

 ゆらゆらと揺れる水面を眺めていると、そこにぼんやりと風景が映った。色とりどりの花。立ち並ぶ家々。人の姿は見えない。——晴の里だ。

 広也がそう気付くと、水面はゆらりっと揺れてまた違う景色を映し出した。透き通った青い木々。ガラスの林の風景だ。ただし、木々の枝からは次々とガラスの葉が散って、地面に落ちてはもろく割れて粉々になっていく。きれいだけどもったいないな。と思った。すると、再び水面に映る景色が変わる。闇の中で飛び跳ねる白いきつねが見えた。大小様々なたくさんのきつねが、楽しそうに、この上なくうれしそうに、陽気に踊り回っている。その周囲を無数の白い光がやはりうれしそうに飛び交う。広也は微笑んだ。

 下方からごぼごぼと音がした。目を向けるが底の方は真っ暗で何も見えない。ただ、何かが上がってくる気配があった。

 握り合った手に力がこめられた。広隆もまた、何かがやってくる気配を感じて下を見ていた。

 暗い水の底で何かの目が光った。水をかき分けて上がってきたのは大きな龍だった。いや、水をかき分けているのではない。周囲の水を取り込んで、底の方から全ての水を巻き上げて、透明な龍が昇ってきた。

 龍の昇る勢いに巻き込まれて、広也と広隆の体も水と一緒にぐんぐんと水面に引っ張り上げられた。

 あっという間に目の前に水面が迫った。広也は目をつぶった。勢いよく放り投げられたような浮遊感があって、目を開けた広也は目の前に広がる青空を見た。次いで、背中に軽い衝撃があった。思わず小さく呻いてから、広也はひんやりと 冷たい地面に手をついて起きあがった。そして、はるか下に森の木々が見えるのに気付いてぎょっとした。

 手のひらの下は地面ではなかった。青みがかった透明の水の色。広也と広隆はいつの間にか大きな龍の背に乗っていた。

 龍は二人を背に乗せて空をぐるぐると飛び回っていが、やがて一声いななくと頭を地面に向けて急降下しだした。広也と広隆は振り落とされないように龍の背にしがみついた。何本かの木々をなぎ倒して、龍は地面に着地した。



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