第76話




 そうだ。父は広隆が十二の時に死んだ。つまり、八年前の夏、十三才の広隆にとって、それは父のいない初めての遠野だったのだ。

 ときわは喉の奥で呻いた。

(どうして……)

 どうして気付かなかったのだろう。ときわはずっと、広隆は強いのだと思いこんでいた。いつだって明るくて、まっすぐ生きていける人だと。自分のような弱さなど無いと。一人で何でも出来て、誰にも頼らずにいられると。何からも逃げる必要など無いと。決めつけていた。

 広隆にも、十三才の少年だった頃があるなどと、考えもしなかった。

 ときわは拳を握りしめた。

(平気なはずがないじゃないか。父さんが死んで、子供だった兄さんが平気だったはずがないじゃないか)

 ときわの脳裏に、かきわが呟いた台詞がよみがえった。

——俺の周りの奴は、皆死んじまう。

(兄さん!)

 枯れていた涙が再びこぼれ落ちた。

(兄さんに会いたい)

 ときわは思った。

 なんとしてでももう一度広隆に会いたい、会って話をしたかった。この世界の話を。

 広隆はこの世界で何を感じ、何を思って行動したのか。ときわの正体が弟だといつ知ったのか。知った時にどう感じたのか。

 いまなら、ちゃんと真っ直ぐに広隆と向き合える気がした。  

 ときわは泣きながら考えた。

(僕は兄さんが好きだった。小さい頃から、ずっとずっと)

 ときわの脳裏に幼い頃の記憶が浮かんでは消えた。一目見て気付かなかったのが不思議なほど、記憶の中の広隆はかきわとそっくりだ。ただ、目だけが違う。

 広隆はいつでもやさしいまなざしでときわを見た。そこに込められた深い愛情を当然のものとして受け取りすぎて、その愛情を持たないかきわを広隆と認めることが出来なかった。

(もっと早くに気付くべきだったのに………)

 ときわは唇を噛み締めた。

 かきわを広隆と認めたことで、記憶の映像がより鮮明になった。いつも広隆と一緒にいた。広隆が守ってくれていた。それが当たり前だった。

 だが、たった一つだけ、広隆のいない記憶があった。  暗い森。ひとりぼっちで泣いている自分。

(ああ、そうか)

 ときわは気付いた。

(あの時、僕は兄さんを待っていたんだ)

 なんの根拠もないがときわは確信した。

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