第63話
やわらかい光の中では、大小様々な白いキツネがとんだりはねたり歌ったりしていた。
ときわは足を止めて静かにきつね達に近寄った。だが、彼らが友好的である保証はないので、草陰に隠れて様子を見守ることにした。きのこの楽隊はときわの脇をすり抜けてきつね達に合流した。
「さて、皆さん。」
一匹のきつねが呼びかけた。
「我々がトハノスメラミコトにお仕えしてずいぶんになります」
めいめいにはしゃいでいたきつね達が動きを止めた。
「我々の使命は歌うことです。迷えるものだけにとどく歌を」
迷えるものだけに、と残りのきつねが唱和した。
(なんのことだろう?)
ときわは思わず身をのりだした。
それがいけなかったのか、笹薮ががさがさ音を立てた。気付いたきつねが叫んだ。
「人間だぞぅ」
わっときつね達の間にどよめきが起こった。手のひらに載りそうな大きさの子ぎつね達がわらわらと逃げて木の影に隠れる。
「待って、怖がらないで」
ときわは慌てて言った。
「何もしないよ。敵じゃない」
ときわは両手を上にあげて見せたが、きつね達はそんなときわをうさんくさそうな眼で眺めた。
「あー、おほん」
先程演説をしていたきつねがつつっと近寄ってきた。
「迷い子の方ですね」
「迷い子?」
「我々の歌に惹かれて、この世界に迷い込んできたのでしょう」
きつねは全ての事情を知っているようだった。
「そうなんだ。君達が歌っていたんだね」
ときわは笹薮をかき分けてきつね達の前に立った。代表のきつねが小さな手をのばしてきた。ときわは屈んでその手を握った。ほんの小さなぬくもりがあった。
「迷い子がうたい町にまでやってくるのは珍しいのですよ」
「うたい町?」
「ええ。我々は歌うのが使命なのです。トハノスメラミコトがお戻りになる日まで」
きつねはわずかに胸を反らせた。
ときわは周りを飛び交う白い光を指さして尋ねた。
「この光はなんなんだい?」
「それはとても難しい質問ですな」
きつねはほんの少し困った顔をした。
「これらは我々が生まれる前からずうっとこの世界にいますから、いるのが当たり前なのです」
きつねはそう言った。それから、ときわの手を取ってきつね達の中心に歩み出た。
「せっかくのお客様です。ごゆっくりしていってください」
「ありがとう。でも、僕はかきわを探さなくちゃ」
ときわがそう言うと、きつねは不愉快そうに顔を歪めた。
「里の連中はいまだに
常磐堅磐。
その言葉にときわはどきりとした。
「そういえば、ときわとかきわは元は一つの岩だったって、ぐえるげるが言っていたけど………」
元は一つの岩であり、その岩に宿っていたのがトハノスメラミコトだと、ぐえるげるは言っていた。それを里の者が二つに分けたためにトハノスメラミコトは帰る場所を失い、この世界をさまよっている。ときわはなんだか矛盾を感じた。
「里の人達はなんで岩を二つに分けたんだろう。トハノスメラミコトが困るとは思わなかったのかな」
「愚かだったのですよ」
きつねは言った。
「トハノスメラミコトがどちらかに宿ると考えたのです。自分達のがよりトハノスメラミコトに愛されていると証明したかったのです」
「子供みたい」
ときわは素直な感想をもらした。本当に、そんな子供の喧嘩のようなことが発端で、二つの里はいまだにあれほど憎しみあっているのだろうか。だとしたら、それほどむなしいことはないと、ときわは思った。
「トハノスメラミコトがお戻りになることが我々の望みです」
きつねは辺りを見回して言った。
「貴方はここに来るまでにたくさんの異形のもの達を目にしたことでしょう。命の危険もあったでしょう。許してあげて下さい。彼らは不憫な存在なのです。トハノスメラミコトがおわした頃は、皆に役目が与えられていました。しかし、トハノスメラミコトが失われて以来、皆何をすればいいのかわからなくなってしまったのです」
「それは、トハノスメラミコトが戻れば解決するの?」
ときわは尋ねた。
「皆がトハノスメラミコトに従わなければいけないの?」
「あなたからすればおかしいと思われるかもしれませんが、我々は皆赤子なのです。赤子は親がいないと何をしていいのかわからないのです」
きつねはときわを見上げて言った。
「貴方だって、何をすればいいのかわからないままに、ひとの言うことに従ってきたのでしょう?」
ときわは口をつぐんだ。確かにそうだった。
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