第58話




 しゃらしゃらと涼やかな音が耳に届いた。

 かきわはうっすらと目を開けた。透き通った青い世界が目の前に広がっていた。

 ガラスの林だ。

 かきわはぼんやりする頭を振って思い出した。ぐえるげるの泉。その一つに落ちた——突き落とされたのだということを。

 かきわは暗い気持ちで立ち上がった。一人になってしまった。

(いや、俺は最初から一人だったんだ……)

 ときわも秘色も、仲間でも友達でもない。成り行きで一緒に行動していただけだ。

 しゃらしゃらと音をたててガラスの葉が揺れる。生き物の気配が感じられない無機質の林。自分にぴったりじゃないかとかきわは自嘲気味に笑った。

(あの泉にこの場所が映ったのは、この場所で死ねっていう意味なんだろうか)

 この先どこへ行けばいいのかわからない。かきわには道を示してくれる巫女もいない。

(俺には帰る場所もない……)

 かきわはズボンのポケットに手を入れた。大きな鈴が指に触れる。短い間だったが一緒にいた緋色が残してくれたものだ。かきわは心の中で詫びた。

(やっぱり、俺にはトハノスメラミコトはみつけられねえや) 

 かきわはため息をついた。何気なく辺りを見回して、かきわの視線はある一点ではたと止まった。

 かきわは信じられないものを見た。彼の小さな弟が、ガラスの木立の間にぽつりと立っていた。

「広也?」

 かきわは叫んで駆け寄ろうとした。

 だが、弟の姿は木立の陰にすうっと消えた。その姿を追いかけようとして、かきわは思い直して足を止めた。弟がこんなところにいるはずがない。幻だ。

 かきわは大きく息を吸った。そして、自分が今堀広隆だった時のことを思い出した。前の世界でもこの世界でも、自分は結局ひとりぼっちになるらしい。広隆は自嘲の笑みを浮かべた。

 風が吹き、ガラスの葉がしゃらしゃらと音をたてた。

 ふと、広隆は目の前の木の幹に自分の姿が映っているのに気付いた。

 ガラスの中の自分は現実よりもずっと惨めに見えた。広隆は目の前の自分をいつまでも眺めていた。



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