第56話




 堅い木の床にへたり込んだときわは、かきわと秘色のことを考えた。二人共、無事でいるだろうか。

 ときわは二人が連れ立って自分を助けに来てくれる光景を夢想した。かきわは力強い笑顔で、秘色は少し心配そうに手を差しのべてくれる。そうだったらどんなにいいだろう。

 ときわは皮の剥けた拳をさすった。それから、不意に広隆のことを思い出した。

 広隆だったら、こんなところに閉じ込められたとしたらどうするだろう。おそらくは、理不尽さにひとしきり腹を立てた後、冷静に脱出方法を考えるのだろうな。と、ときわは思った。広隆なら、どんな状況でもあきらめないに違いない。

 ときわの頬をつうっと涙がつたった。

 あの強さが欲しいと思った。そうだ。自分はずっと兄に憧れていたのだ。あんなふうに、強く明るくなりたかった。

 周囲は真の静寂に包まれていて、ときわが鼻をすする音だけがやけに大きく響いた。

 こんな世界に放り込まれて初めてわかった。一人では何も出来ない自分は、ずっと兄に憧れていた。兄のようになりたかった。

 だが同時に、憎んでもいた。うらやんでいた。妬んでいたのだ。そして、大好きな兄に対してそんな感情を抱く自分がたまらなく嫌だった。

 だから、兄に対する複雑な感情を全て苦手意識として処理した。兄を好きだと認めれば、自分の汚い感情とも向き合わなければならない。それが怖かった。

 ときわは涙をぬぐった。どうにかしてここから逃げ出さなければならない。そして、かきわを探さねばならない。

 ときわは狭い社の中を手探りで探ってみた。ときわを放り込んだ扉とは別に、反対側の壁には穴が開いていた。大小の石で大雑把に塞がれてはいたが、石をどかせばどうにか人一人くぐれるかもしれない。

 ときわは木の隙間から周囲の様子をうかがった。

 村人は皆自分の家に帰ったようだが、社のそばには見張りがいた。老人の言葉通り、辺りには物音一つない。ときわが身動きすると、衣擦れの音がやけに大きく響く。どんな小さな物音でも、あの連中には気付かれてしまうかもしれない。ときわは頭を抱えた。 

 石をどけてこの穴をくぐり抜けたとしても、茂みに飛び込めばその音ですぐに気付かれる。

(どうしたらいいんだろう……)

 大きな音を立てて村人の目をそちらへ向けさせてその隙に逃げ出すという考えが思い浮かんだ。だが、あいにくときわは刀一振り以外何も持っていない。大きな音を立てるものなど……

 その時、甲高い金属音が辺りに朗々と響いた。

 ときわは驚いて耳をふさいだ。

 りりいぃぃぃん

 りりいぃぃぃん

 森中に響き渡るかのような音。それが自分のポケットから発せられていることに、ときわはしばらくの間気付かなかった。

 ポケットに手を入れると、丸い感触が手のひらに触れた。

 取り出したそれは、あの古い鈴だった。鈴は赤く煌々と輝きながら、自ずから身を震わせて甲高い音をたてていた。

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