第27話




(どう言えばいいのか、あの子は、そう、どこかで聞き分けのよい子を演じているようなところがあった)

 それは、注意深い光子だけがうっすらと感じ取ったことだった。あの子の内には、本当はもっと、何か暗い部分があるような気がする。


 だが、光子はそれ以上そのことを追求しなかった。


 他人の暗い部分に目を向け理解しようとする時、その時はいやがおうにも自分の暗い部分にも目を向けざるを得なくなる。それはとても恐ろしいことだ。一歩間違えれば、自分も相手も壊してしまう。

(もしかしたら、私はそうやって広也の暗い部分からも、目をそむけてきたのかもしれない)

 光子はふと、そんなふうに思った。

(そうだ。私は自分の息子のことさえ、本当に理解しようとはしていなかったのかもしれない。そしてあの子も、私の前に自分をさらけだすようなことはしなかった)

 光子は鬱々とした気分で考えた。

(私と同じように、あの子も怖かったのかしら。自分自身と向き合うのが。そうしていつも逃げまわって……)

 その時、光子の中で何かが激しく「違うっ」と叫んだ。叱責されたように、光子はびくんっと体を震わせた。そうして、それから「ああ、そうだ。全然違う」と思った。

(私の前に自分をさらけだしたってなんにもならないことに、あの子は気づいていたに違いない)

 実際に、広也が自分に向かって胸の苦しさを訴えてきたとしても、自分にどうしてやることが出来ただろう? 光子は情けなさでいっぱいになった。せいぜいが、テレビドラマで聞くようなあたりさわりのない台詞でなだめすかすことぐらい。そうして、自分ではなぐさめているつもりでいて、実のところは失望させ、よけいに追いつめるのが関の山であっただろう。

(そう。子供とはそういうものだ。何も見ていないようで、実は全てを見通している。そうして、白々しい言葉をなによりも軽蔑する。だから、あの子は私に何も言わなかった。私はあの子にとって、何かを訴えかけられる程の存在ではなかったのだ)

 その時、ドオオンッと、ひときわ大きな花火音がして、前を歩いていた二人が突然振り返ったので、光子もつと顔を上げた。だが、その目に飛び込んできたものは、正広となつきの顔ではなかった。

 中学生くらいの広隆と、まだ幼い広也が、じっと光子をみつめていた。


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