第3話




「よお来なすったなぁ、広ちゃんや。さ、あがられ」

 玄関の戸を開けると、中から満面の笑みを浮かべた祖母が出てきて三人を迎えた。

「おばあちゃん、座敷の窓開けておいてくれた?広也あそこで寝るんだからね」

「あいあい。ちゃんとしといたよ」

 広隆は祖母——名前はカヨという——と顔を見合わせてにっこり笑うと、荷物を抱えてさっさと奥へ入ってしまった。

「ふだん使うとらんから、夜まで窓開けてないと、暑苦しいしカビ臭いゆうてな。よく気のつく子じゃてタカちゃんは」

 カヨは相槌を求めるように広也を見たが、広也は小さくはぁ、とだけ答えて家に上がり込んだ。

 茶の間に入ると、臙脂色の古い座椅子に背中を丸めて座っていた祖父の茂蔵が広也に声をかけた。

「おお。よう来たな広也。長いこと来とらんかったで、迷わんかったか?」

(迷うわけがないじゃないか、兄さんが迎えにきていたんだから)

 そうは思ったが、口には出さなかった。

「お義父さん。お久しぶりです。お世話になります」

 広也の後ろから入ってきた光子が茂蔵の前に座って手をついた。それから、光子は突っ立っている広也に向かって「広也。挨拶はしたの?」ときいた。

(する前に話しかけられたんだ)

 心の中で反抗してから、広也は口の中でもぞもぞと「こんにちは」と言った。

 広也の声があまりに小さかったので、茂蔵には聞こえなかったかもしれない。茂蔵は首を傾げた。

「どうした?広也は具合が悪そうだなぁ」

「じいちゃん、広也は長旅で疲れてるんだよ。尋問は後にしなよ」

 いつの間にやって来たのか、広隆が戸口のところに立っている。

「広也、夕飯まで座敷で休んでるか?扇風機出しといたから」  

 ありがたい申し出だった。広也はさっさと座敷に引き込んだ。

 座敷は確かにふだん使われていないらしく、十畳の空間に暖かみのない、人を寄せ付けないような独特の臭いが漂っていた。桐の箪笥と扇風機、愛想のない木机と椅子ばかりがぽつんとある。

 広也は肩に引っ掛けていたボストンバッグを畳におろし、ほっと息をつくと、座敷の真ん中に寝転がった。開け放した窓からは涼しい風が吹き込みはじめている。日暮れが近いのだろう。こころなしか、蝉の声が控えめになっている。

 広也は薄汚れた天井の木目をぼんやりと眺めた。

 どうもやはり、自分は不健康そうにみえるらしい。先程茂蔵に言われた言葉が広也の中に残っていた。

 足元で機械音がする。扇風機が回っているのだ。広也は腹筋を使って起き上がり、扇風機の前に顔を持っていった。なまぬるい風が勢いよく顔に当たって、前髪を吹き上げる。


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