<悪女の娘>③

 衝撃の出来事から一夜明けた―。


あの後、帰宅した私とアンジェリーナは今回の話は絶対に父と母には話さないと、互いに誓い合った。そしてその言葉通り、私たち姉妹は刑務所へ行ってモンタナ伯爵に会った事や、彼から聞かされた衝撃的な話・・それら全てを父と母には内緒にした。



「それで・・アンジェリカ。モンタナ伯爵の事について色々調べたいって言うんだね?」


「ええ。そうなの・・。調べられる?ベンジャミン。相手は刑務所に入っている老人だけど、何か残酷な犯罪を犯している可能性もあるし・・・。」


私達は今、レスター家のガゼボで人払いをして話をしている。

ベンジャミンは私と同じ金の髪に青い瞳の20歳になる侯爵家の長男であり、私が12歳の時に婚約を交わした男性である。


「ああ、勿論だよ。愛しい君の為なら、例えどんな危険な事であろうとも・・手を貸すに決まっているだろう?」


ベンジャミンは私を強く抱きしめながら言う。


「ありがとう・・・ベンジャミン・・・。」


そして私たちは唇を重ねた―。




 ベンジャミンが帰宅した後、私は1人図書館へと向かう事にした。図書館へ行き、18年前、モンタナ家で何が起こったのか当時の新聞記事を探そうと思ったのだ。しかし屋敷の馬車を使用すれば、私が何所へ行ったのかがばれてしまう。私は父と・・特に母にはモンタナ事件を調べていることを知られたくは無かったのだ。母が18年間も隠していた事・・それは決して私やアンジェリーナに知られたくない事件に違いないから。

そこで私は辻馬車を利用する事にした。貴族の服を脱いで普通の町娘が着るロングワンピースの上にエプロンドレスを身に着けると、私は屋敷を出て行った。

 エントランスを出て、屋敷から正門へと続く長いアプローチを通り抜け、ようやく門の外へと出る事が出来た。屋敷が広すぎるのも大変だと思いつつ、私は辻馬車が拾えるメインストリートまで出て来ると、辻馬車が来るのを待った。約10分程待合場で待っていると、ようやく1台の辻馬車がやって来た。早速乗り込むと私以外に乗客は小さな子供連れの御婦人と、初老の貴婦人のみだった。


御者台に座る男性が尋ねてきた。


「お客様はどちらまで行かれるのですか?」


「市立図書館までお願いします。」


「はい、了解しました。」


そして馬車がガラガラと走り出した。すると初老の貴婦人女性が声を掛けてきた。


「娘さん・・・貴女は見た処平民なのに文字を読むことが出来るのね?」


ああ・・そうか、今の私は町娘の恰好をしていたのだっけ。そこで私は答えた。


「はい、そうです。母が文字を教えてくれました。」


「まあ・・お母様が?さぞかし博識の方なのですね。」


子供連れの御婦人が言う。


「はい、そうです。私の母はとても頭の良い女性なのです。」


その後・・・私たちは馬車の中でたわいもない話をしながら、彼女たちは順次降りて行き、最後に私が残った。馬車の窓から外を覗くと、前方に真っ白な高い建物が見えてきた。あれは・・・この町の図書館だ。やがて馬車は市立図書館の前で停車した。


「ありがとうございました。」


運賃として銀貨1枚を支払うと、私は馬車を降りて図書館の中へと足を踏み入れた。

受付カウンターに着くとすぐに私はカウンターにいる女性に尋ねた。


「すみません。古い新聞を閲覧したのですが。」


「何年前でしょうか?」


「今から18年前の新聞なのですが・・残っておりますか?」


「そうですね・・・18年前ですと、新聞は残っておりませんが事件についての記述なら本として残されていますね。」


女性は資料をパラパラとめくりながら説明してくれた。


「場所はどちらですか?」


「2階の一番奥の書棚に年代別に並んでおります。」


「ありがとうございます。」


頭を下げると早速私は言われた書棚へと向かった。そして・・・ずらりと並べられた年代別の記述本の中から、ようやく目的年代の記述本を探し当てた。


「あった・・・これだわ。」


早速、記述本を抜き取ると私はモンタナ家に係わる事件の記述が無いかを探し始めた。いくら探しても見つからず、もう諦めようかと思った矢先・・ついに私はその事件の記述を見つけた。




『ドミナ歴850年 11月10日 モンタナ伯爵逮捕。容疑:殺人罪(被害者:ノートン夫妻)・薬物違法罪・監禁罪(被害者女性:カサンドラ・モンタナ)婦女暴行罪(被害者女性:カサンドラ・モンタナ)』


え・・・?

私はその記述を見つけて、グラリと頭が傾いた。カサンドラ・・・カサンドラ・・。

脳裏にあの男の言葉が蘇ってくる。


≪ 18か・・・なら間違いはない。あの結婚式の夜・・・私はカサンドラをたっぷり抱いて可愛がってやったからのう・・。 ≫


ま、まさか・・婦女暴行罪・・・?このカサンドラと言う人物はあの老人に暴行されている。そして老人は・・?


≪ 私はお前の父親なのだから・・。18年目にして我が娘に会えるとはのう・・・本当にお前はあの母親にまるで生き写しの様だ・・・実に美しい・・・さあ、可愛い娘よ・・どうかお父様と呼んでおくれ? ≫


再びあの老人の声が頭の中で聞こえて来る。嘘よ・・・嘘に決まっている。そんな話は信じない。だって・・だって私はレスター侯爵家の娘・・アンジェリカ・レスターよ・・・っ!

私は記述本を閉じると棚にしまい、逃げるようにその場を後にした―。




 それから数日間、私は学校へ行く気力も無くベッドに伏せてしまった。母は心配し、つきっきりで傍にいてくれた。

そうよ・・・こんなに私の事を思ってくれる母が・・本当の母じゃないなんて・・・そんな馬鹿な話があるはずないわ・・・。


そこから更に数日が経過し、元気を取り戻した私はテラスで刺繍をしているとメイドが部屋へとやって来た。


「アンジェリカ様。ベンジャミン様がいらっしゃいました。」


「まあ。ベンジャミンが?すぐに部屋へお通しして。」


するとメイドが言った。


「いえ・・・それが・・ベンジャミン様が・・ここでは無く、ガゼボでお会いしたいと申しておりまして・・ガゼボでお待ちです。」


「まあ?ガゼボで・・?」


一体どういう事なのだろう・・?とりあえずガゼボへ向かってみよう。私は刺繍道具をテーブルの上に置くと、ガゼボへ向かった。



「ベンジャミンッ!」


私は手を振ってガゼボへと駆け寄った。


「アンジェリカッ!」


ガゼボで座っていたベンジャミンは立ち上がると私の方へ駆けてきた。そして私たちは抱き合うと花畑の中で恋人同士の深い口づけを交わした。

長い口付けを終えるとベンジャミンは言った。


「アンジェリカ。ついにモンタナ伯爵の事を調べて、カサンドラと言う人物の居場所も分ったんだ。彼女は実は今精神病院に入院しているらしいんだよ。」


「え・・?精神病院に・・?」


何だか嫌な予感がする。


「その精神病院の場所も調べがついている。どうだろう?アンジェリカ、今から2人で病院へ行ってみないかい?」


「え・・?」


「アンジェリカ、彼女に会いに行ってみようよ。君のお母さんは毎月2回、定期的に面会に行ってるらしいんだよ。きっとそこへ行けば・・・アンジェリカとカサンドラと言う女性の関係性が分かると思うんだ。」


私は悩んだが・・・ベンジャミンが乗り気だったので、頷いた。


そうよ、こんなふうに悩んでいる位なら真実をはっきりさせてすっきりさせるべきなのだとこの時の私は思ったのだ―。










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る