<悪女の娘>②
私と妹は神妙な面持ちで面会室で座り心地の悪い、かび臭い部屋でじっと待っていた。やがてガラスで仕切られた向こう側の部屋の扉が開かれ、鼠色の上下のシャツとズボンを着用した頭の禿げあがった小太りの年老いた老人が室内へと入ってきた。
「お待たせいたしました。囚人番号42番を連れてきました。」
まるで能面のように無表情な看守がその後ろから現れると言った。
「面会時間は30分です。なにかありましたらお呼び下さい。」
そしてドアは閉じられ、室内は私とアンジェリーナ。そして・・目の前の囚人の3人になった。看守がいなくなると囚人は言った。
「どれ・・それでは座らせてもらいますかの。腰が最近めっきり痛くてあまり立っていられんのですわ。」
「・・・。」
私はその老人がゆっくり椅子に座るさまを凝視していた。分からない・・・お母様とこの囚人の関係が・・・私にはさっぱり分からなかった。
椅子に座ると囚人は俯いてしまい、身動きしなくなってしまった。ひょっとすると・・眠っているのだろうか?
「お姉様・・怖いわ・・・。」
アンジェリーナは私の袖にしがみ付いて震えている。私も目の前の老人が不気味で怖くて仕方がなかったが、姉として妹を守ってやらなければ。
「あ、あの・・・私はアンジェリカ・レスターと申します。毎月定期的に母が貴女の面会に伺っていると聞きましたが・・・。」
するとそれまで無反応だった老人は椅子からいきなり立ち上がった。
バンッ!!
ガラス板に両手をついた老人にアンジェリーナは悲鳴をあげて私にしがみついてきた。
「キャアッ!」
私も危うく悲鳴を上げそうになったが、すんでのところで我慢すると言った。
「な、何なんですかっ?!驚かさないで下さいっ!」
しかし老人は私の話が聞こえているのか、いないのか・・・穴のあくほど私の顔を見つめて来る。どこか血走った目に、ツルリと禿げあがった髪・・・そしてシミだらけの老人は見れば見る程気色が悪い。
「おうおう・・・お前は・・・。」
老人はニタアッと大きな口を開けた。その表情は・・・とても恐ろしかった。
「お姉様・・・こ、怖いわ・・・もう私、これ以上ここにいたくない・・・。」
ブルブル震えるアンジェリーナには目もくれず、老人はニタニタと下卑た笑いで私の事を凝視している。
「な・・何ですかっ?!し、失礼ではありませんか・・・!人の事をそんな風に見ないで下さいっ!」
すると老人は耳を疑う事を言った。
「何もそんなつれない事を言わないでおくれ・・・。私はお前の父親なのだから・・。18年目にして我が娘に会えるとはのう・・・本当にお前はあの母親にまるで生き写しの様だ・・・実に美しい・・・さあ、可愛い娘よ・・どうかお父様と呼んでおくれ?」
「な・・・何ですって・・・?」
この老人は気が狂っているに違いない。どうしてお母様はこんな気狂いのような老人に会いにきているのだろうか?老人の言葉は続く。
「それで・・どうだ?私の可愛いカサンドラは・・今どうしておるのだ?ライザに尋ねても何も教えてくれんのだよ。」
この老人はお母様の名前を口にした!
「え・・?何ですって!何故貴方が私たちの母の名前を知っているのですかっ?!」
つい、興奮して私は声を荒げてしまった。
「何故知ってるか・・?そんなのは当然だ。何しろ私はライザの父親、モンタナ伯爵だからな。ん・・・と言う事は・・そこにおるのは・・お前がライザの娘か・・。なるほど、髪の色はそっくりだな・・・。」
老人はアンジェリーナを見た。
「ヒッ!!」
アンジェリーナは真っ青になって私にしがみつき、ブルブル震えている。
「大丈夫よ・・落ち着いて、アンジェリーナ。大丈夫よ・・・。」
震えるアンジェリーナを抱きしめ、背中を撫でてやるが・・大丈夫でないのはむしろ私の方だった。一体この老人は何を言っているのだ?私がこの男の娘?カサンドラとは・・・誰?そして・・・アンジェリーナはお母様の娘・・・。もしこの老人の話が真実であるならば、私はお母様の娘では無く・・・アンジェリーナとは姉妹では無いと言う事になる。
「そ、その話は・・本当なのですか?私の母は・・・カサンドラと言うのですか?」
声を震わせながら尋ねると、老人は言った。
「娘や・・・今年は何歳になるのだね?」
「18・・・になりますが・・?」
するとますます老人は楽しそうに笑う。
「18か・・・なら間違いはない。あの結婚式の夜・・・私はカサンドラをたっぷり抱いて可愛がってやったからのう・・。」
ますます下卑た笑いに私は全身に鳥肌が立った。妹のアンジェリーナはもはや目に涙を浮かべている。
「それにしても・・ライザもなかなかの娘だったわい・・。あの夜・・カサンドラが助けを求めても、ライザは見向きもしなかったのだから・・。まあそのおかげで私はカサンドラを手に入れる事が出来て、お前と言う美しい娘を持つ事が出来たのだから・・・一応ライザには感謝すべきかのう?」
「!」
だ・・駄目だ・・この老人の話を聞いていると、こちらの頭がおかしくなってくる。
「アンジェリーナ・・・か、帰るわよっ!これ以上こんな老人の世迷言を聞く必要は無いわ!」
私は無理矢理アンジェリーナの手を引いて立たせると、逃げるように面会室を後にした。
「我が娘よーっ!どうか、お父様と呼んでおくれーっ!」
背後で老人の声が聞こえる。
いやだ、聞きたくない聞きたくない聞きたくないっ!私はアンジェリーナの手を引いて必死になって走り続け・・・刑務所を後にした。
お母様・・・一体どういう事なのですか・・・?私は・・貴女の娘ではないのですか・・・?
「お、お姉様・・・。」
アンジェリーナの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
「大丈夫よっ!アンジェリーナッ!あんな・・・あんな老人の話は・・でたらめに決まっているわっ!」
私はアンジェリーナを強く抱きしめ・・考えた。
そうだ・・・私の婚約者・・・ベンジャミンに助けを求めよう。彼に協力を仰ぎ・・私の手で真相を明らかにするのだ。まずはカサンドラとう女性について調べなければ・・。
しかし、私は選択を誤った。
知らなければ良かった。知ろうとしなければ良かった。
世の中には知らないほうが幸せになれると言う事を―。
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