37.メイドのリナリーと合流する
翌日、僕たちは再び冒険者ギルドを訪れていた。
中に入るなり、何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「無茶を言っているのは、分かっています。だとしても、ようやく掴んだ手がかりなんです。どうか捜索依頼を――!」
「彼は私たちのギルドで登録した冒険者です。そんなに慌てないでも、ここで待っていれば、そのうちいらっしゃると思いますよ?」
「だとしても不安で……。取り返しが付かなくなってからでは、遅いんです!」
深々と頭を下げているのはメイドの少女。
受付嬢が手をぱたぱたと振って、困った顔をしていた。
何かトラブルかな?
僕は近づき、そっと声をかけるようとして気が付く。
「あれ? もしかして、リナリー?」
「あ、アレス様――!?」
目の前にいたのはリナリー・ローズという少女だった。
アーヴィン家のメイドであり、僕も何度か話したことがある。
「こんなところでどうしたの?」
「アレス様! 本当に、アレス様なんですね――!」
目を丸々と見開き、リナリーは僕の顔を見る。
それから首を傾げる僕をよそに、感極まったように泣き出してしまった。
……何やら訳ありかもしれない。
僕は受付嬢にそっと頭を下げ、リナリーを連れて近くのテーブルに移動した。
◆◇◆◇◆
やがてリナリーが落ち着いたタイミングを見計らい。
とりあえず適当な飲み物を注文してから、僕はリナリーに質問する。
「それでリナリーは、どうしてこんなところに居たの?」
「アレス様に会いたい一心でした!」
「え…?」
「風の噂で、アレス様がこの町に居ると聞いて、居ても立っても居られず……」
え、僕、何か噂になるようなことした?
「アレス様、どうか私のことを旅に連れていってください! 決して足は引っ張りませんから!」
リナリーは机とぶつからんばかりに、深々とそう頼み込む。
「ええっと、僕はアーヴィン家を追放された人間だよ? 僕に付いてきても、もう何も返せるものは無いよ?」
「そんなの関係ありません! 私はアーヴィン家ではなく、アレス様の傍に居たいんです!」
そう口にするリナリーは、どこまでも真剣だった。
だとしても、すぐに「じゃあ一緒に行こう」と言える問題ではない。
口をぱくぱくさせる僕を見て、ティアがリナリーに声をかけた。
「その、リナリーさんは――」
「ティア様! 私のことはどうか呼び捨てにしてください」
「そ、そう? ならリナリー」
「はい!」
「ええっと。リナリーは、どうしてアレスに付いて来たいと思ったの? 私が言うのもおかしな話だけど、貴族令嬢が冒険者なんて――庶民に落とされて、生きていくために仕方なくなる人は居ても、好んでなる人なんて滅多に居ない。苦労するだけよ?」
ティアが不思議そうに、リナリーに聞いた。
幼い日から冒険者に混じってクエストを受けていたティアは、参考には出来ない特殊例だろう。
普通に考えれば、貴族の家で働いた方が幸せに決まっている。
「はい! 私はアレス様に救われたんです。アレス様には返しきれない恩があるんです!」
「お、恩? 僕は何もして無いよ。ほかの誰かと間違えてるんじゃない?」
「いいえ、アレス様です。先輩メイドに虐められてた私を、アレス様は庇って下さいました。外れスキル持ちだからと、家族からも、同僚からも冷たくされていた私に、アレス様は初めて優しくして下さったんです」
「……ごめん。そんなことがあった気はするんだけど、はっきりとは覚えてないかも――」
「良いんですよ。私にとっては、特別な思い出ですから。それに、自然とそういう行動が出来るところが、アレス様の良いところなんです!」
リナリーは嬉しそうに笑った。
何故かティアも、うんうんと頷いている。
「それなのに私は、何も恩返しすることも出来ませんでした。それどころか肝心なときには、声をかけることすら出来ませんでした――ずっと後悔していました」
「そんなの、気にしないで良いのに……」
リナリーの口から紡がれるのは、後悔の言葉。
あの日、僕を庇うようなことを言っても、相手にされないどころか、屋敷で敵を増やすだけだろう。
それは当たり前の生き方なのに、この少女はそんな小さなことに罪悪感を抱えていたようだった。
僕が言葉を発するたびに、どうしたことかリナリーは嬉しそうに目を細める。
「ど、どうしたの――?」
「アレス様だなって。あんなことがあっても、神殺しの称号を得るような偉人になってしまっても――やっぱりアレス様は、アレス様なんだって!」
……喜んで良いのかな?
それでもリナリーが、僕と再会して喜んでいるのは間違いなかった。
「ちょっと、アレス? こんな純粋そうなメイドに、何を吹き込んだのよ?」
「ご、誤解だよ!」
じとーっと僕を見るティア。
「とにかく邪魔はしません! 荷物持ちでも、雑用でも何でもやります! モンスターの囮になれというなら、喜んで身代わりにでもなります。だからどうか、アレス様の旅に連れていって下さい!」
「そうは言っても……」
深々と頭を下げるリナリーを見て、僕は言葉に詰まった。
次期領主として、模範的な行動を取ろうと心掛けてきた屋敷での日々。
それが認められたような気がして喜ばしくはあるが――それとこれとは、話が別だ。
ティアがさっき言った通りだ。
せっかく次期領主の専属メイドという立場まで手に入れたのだ。
将来的にはメイド長になれる可能性もあるだろう――わざわざこの先が分からない冒険者に付いていくより、その方が幸せなはずだ。
「リナリー。その……悪いけど――」
「アレス様、お願いします! 役に立たないと思ったら、切り捨てても構いませんから!」
リナリーは、必死に頭を下げていた。
――本当にここで断るのが、リナリーにとって幸せなのだろうか?
思い出したのは、ティアとの昨日のやり取りだった。
危険から遠ざけるのが正しいという勝手な判断で、結局はティアを悲しませていた。
「詳しい事情は話せないけど――これは危険な旅なんだ。何日も宿に泊まれないかもしれないし、下手すると死ぬこともある。それでもリナリーは、付いて来たいと思う?」
「覚悟の上です! このまま、あそこで、やりたくもない仕事をしたまま一生を終えるぐらいなら――大好きなアレス様の傍で死にたいです」
リナリーは手を胸に当てて、そう言い切った。
お、重いよ!?
……ここまで言われては、とても無下には出来ない。
「ティアとリーシャは、どう思う?」
僕がパーティメンバーに聞くと、
「私は――賛成。そうリナリーが決めたのなら、その意思を尊重してあげたい。気持ちは分かるから」
「私もお兄――じゃなくて、アレスが決めたことに従うよ」
2人からも肯定の返事が返ってきた。
そういうことなら……
「リナリーがそこまで言うのなら――分かった。それでも一つだけ約束して?」
「はい! 何なりとお申し付けください!」
「じゃあ――絶対に命を粗末にしないこと。いざというときは、まずは自分が生き残ることを優先して?」
「そ、そんな!? 私、アレス様のためなら、命だって惜しくは――」
「リナリー、それがパーティに加える条件だよ? 僕のせいで誰かが死ぬなんて、絶対に嫌なんだ。それが守れないなら、旅に連れていくことは出来ないよ」
僕のせいで、誰かがバグに呑まれてでもしたら。
僕は自分のことを、一生許せないだろう。
「……はい。分かりました――絶対に死にません。アレス様を悲しませるようなことは、絶対にしません!」
リナリーは、何故か感じ入ったように俯き、強くそう宣言した。
そんなリナリーに、ティアが優しく声をかける。
「リナリー、これからよろしくね(――同行は認めるけど、アレスのことは、絶~っ対に渡さないからね!)」
「(め、滅相もないです! アレス様とティア様、とってもお似合いだと思います! おふたりほどお似合いのカップルは居ませんよ!)」
ひそひそと何やら話し合う2人。
あ、なんだかティアがすごい嬉しそう。
「(か、か、か、カップル!?)」
「(な、何で照れるんですか!? あんな小さいときからずっと一緒に居て、それどころかこうして旅までしていて……。まさか、一緒に寝たこともないなんて言わないですよね!?)」
「(も、もちろん! 一緒の布団で寝たわよ! アレスは私の婚約者だもの!)」
「(そうですか。それを聞いて安心しました――あ、宿はもちろん別の宿を取ります。無粋なことはしないのでご心配なく!)」
「(あ、でも……アレスったら、いつもすぐに寝ちゃって……)」
「(ちょっと、ティア様!? そこまで行って、まだ何もないんですか? ――そこはぐいぐいっと行かないと。ぐいぐいっと!)」
「(そ、そんな貴族令嬢にあるまじきはしたない事――!?)」
――あれ?
何やらティアが顔を真っ赤にして、リナリーと何やら言い争っている。
僕と目が合うと、ぷしゅーっと頭から湯気を立てて、うつむいてしまった。
いったい、どうしたのだろう?
「ティア様、本当に可愛らしいですね。アレス様、婚約者は大切にしないといけませんよ?」
「もちろんだよ」
こっそりとリナリーが、僕に耳打ちする。
それからスカートにちょんと手を当て一礼し、
「それでは、ふつつかなメイドですが――これからよろしくお願いします」
晴れやかな笑みを浮かべるのだった。
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