第52話 どーん!

 

 

 ガーディアントレントドールの枝から落ちて行ったそれは、元から酷くひび割れていたドールの表面。それが動くたびにガーディアントレントドールの表皮が砕け、剥がれ落ちているのだ。いや、枝から落ちてきている物の量から、表面の物だけでなく中の部分も崩れてきているのかもしれない。


『……鍵の存在を確認。日記の現所有者と補充された魔力の一致を把握』


 多分、というかほぼ確実にハウスに掛かっている幻影魔法が解かれると同時にこのドールは崩れるということなのだろう。


『一部機能の破損、また低下していることを確認。…………これからの動作には影響はないと判断』


 何というか機械的な言動が多いね。やっぱりそこまで良いAIは積んでいないみたいだ。まあ、人の手で作られた存在に一般的なNPC以上のAIが積まれていたら、さすがにどうかと思うし妥当なところなのかもしれない。


 動くたびにボロボロと崩れていく様を見ていると出来れば壊れないように動かないでほしい、と言いたくなるのだけどこの様子からして私の話を聞くとは思えないし、聞いてくれたとしてもまともに会話が成り立つとは思えない。下手に止めようとして触ると余計に崩れそうだし、強引に止めることは出来ない。それに止めたところで直す手立てもないのだからそれをする意味もない。


 もう少し攻略が進んだ状態でこの依頼を進めていたら何か結果は変わっていたのだろうか。


 そんなことを考えている間にも、ガーディアントレントドールは作業を進めていく。


『魔法の解除を開始。魔力による所有者の書き換えを開始…………終了』

『解除の際に障害となる物は周囲にはなし。これより魔法の解除を実行。…………あなたの名前は?』

「ん?」


 事務的というか機械的に作業を進めていたガーディアントレントドールから話しかけられたような? ぼんやり聞いていたせいではっきりと聞き取れたわけじゃないから聞き間違いかもいしれないけど。


『あなたの名前はなんでしょうか?』

「え、あ、アユです」


 えぇ……普通に話しかけてきたのだけど。


 今までの機械的な言動じゃなくて自分の意思で話しかけてきた感じだから、AIの性能が低いとかではなかったのか。

 あれか、今までのは作業だったから確認ついでに復唱していただけで、ちゃんとNPCと同じように自分の意思を持っているタイプだったと。だから普通に話しかけられたと?


 このゲームでのNPCの扱いがよくわからなくなるよ。


 NPCが作ったドールとはいえ、NPCと同じようなAI知能を持っているとか。もしかしてプレイヤーでも同じようなことができるのだろうか。

 この感じだと錬金術でホムンクルスとか作れそうな気がするし、現にゴーレムを修復したプレイヤーもいて、そのゴーレムがちゃんと戦闘で使えたって報告もあるのだよね。

 そういえばインベントリの中に入っているゴーレムの躰とコアも直さないとだね。


『ではアユ。今から魔法の解除を行うので、その場から動かないように……いや、そこから後ろに1歩、いえ、あなたのサイズからだと2歩下がって頂いてもよろしいでしょうか』

「あ、はい」

 

 指示された通りに2歩後ろに下がる。


『ありがとうございます。ではそこから動かないようにお願いしますね』


 これ、イベントキャラ扱いだからある程度しっかりしたAIが積まれている感じなのかも。もしくはそれっぽく見えているだけでテンプレートに当てはめただけの可能性もあるけど、指示の出し方とか自然な感じがするから多分前者かな。ちゃんと自律して言葉を選んでいる気がする。

 

「え?」


 幻影魔法の解除が始まったのか、ガーディアントレントドールのまとっている光が強くなると同時に地面が大きく揺れ始める。

 前触れなく揺れ始めたことに驚いて声をあげてしまったけれど、驚いている間にもその揺れは徐々に大きくなっていく。


 あれ、これ結構危険な感じ?

 障害物がないって言っていた後に動かないようにって指示されたから、単に今の場所から動くと障害物になって魔法が解除できなくなるだけだと思っていたのだけど、もしかしてハウスの出てくる場所に立っていると何かしらの影響を受けるパターンだった?

 最悪弾き飛ばされて死ぬとか?


 それと魔法の解除しかしていないはずなのに揺れが発生するということは、幻影魔法というのはそれだけ強力な魔法ということなのだろう。

 まあ、スタンピードが発生してもそのまま家を封印し続けられるだけのものだったから、それだけ強固に魔法をかけていたとのだろうね。

 あの日記の内容からしてここは何があっても壊したくなかったみたいだから当然か。


 そんなことを考えている間にも揺れが強くなっていく。立っていられない程ではないが動いたら足を取られて転びそうなくらいの揺れだ。


 これ他のプレイヤーにも同じように感じ取れるようになっているのかな。感じ取れるようになっているのなら、何かあったということが知られてしまうのだけど。

 幻影魔法がこの場所だけにかかっていたから外部にまでこの揺れが漏れていないはず。……そう思いたいなぁ。


 他のプレイヤーのことを気にしていたところで、突然揺れが収まる。


 そこからほんの少し遅れて、突如ガーディアントレントの向こうに巨大な何かが下から生えてくるように出現した。



 どーーーーーーん!!



 そんな感じの効果音がつきそうな感じで目の前にいきなり家が生えてきた。

 そう生えてきた。下から筍が生えてくるような感じで。勢いよく。音はほとんどしなかったけどさ。

 

 幻影魔法っていうから何か徐々にハウスの全貌が明らかに! みたいな感じに出てくるかと思ったのに、まさか地面の中に埋まっていたかのように出てくるとは思わないよね。

 まあ、地面が揺れ始めた段階で徐々にっていうのは無さそうだな、とは思ってはいたのだけど。


 ともかく、幻影魔法が解除されたことで目の前に大きな家が出現した。それに伴い今まで草原だった周りの景色も様相を変え、ハウスに付属する庭、家庭菜園や花壇、中にはガゼボらしき物も見える。


 この場所全体がハウスの一部だったのか。幻視魔法の蛇とかギミックもこの中にあったのだから、別に変なことではないしちゃんと考えれば先に気付けたことなんだよね。


 見た感じイングリッシュガーデンみたいかな? カントリーガーデンより自然が多い感じだから多分そっちよりな感じ。私も詳しくはないから絶対ではないけど。

 でも何か現実にあるおしゃれな洋風の家をモチーフにしたようなかなりおしゃれな感じでかなりいい。

 こういうのってテンション上がるよね。

 

 ……あれ? でも100年放置されていたにしては庭が整いすぎている気がするのだけど、どういうことなのだろう。

 花壇に雑草が生い茂っているわけでもないし、植えられている花や木々もしっかりと綺麗に整っている。1年放置するだけでもひどい状態になるのに、流石にこれはおかしいよね?

 幻影魔法で隠されている間は時間が止まる、そんな設定があるならわかるけど、そういうことができるなら目の前にいるガーディアントレントドールの劣化も止められただろうし、おそらくそういうのは無いはず。


『これで、私の役目は終わり。

 休止状態で待機していたのでどれほど時間が経過していたのかはわかりませんが、この状態を見る限り相当な時間が経過していたようですね』


 今更だけど、陶器でできているっぽい体が100年程度でここまで崩れるっていうのもちょっとおかしいような。ドールの躯体ということで色々組み込まれているだろうから、そのせいで経年劣化には弱くなっているのかな。

 オートリペア、自己回復機能も破損していたからその影響もありそう。それにこのハウスの元の持ち主が居れば定期的に修復もできただろうし、本来ならもっと長く生きることができた動くことができたのだろうね。


 不意に上の方からバキッと何かが折れたような、もしくは割れたような音がした。


 その音に釣られて視線を上に向けるとちょうど目の前に緑色の物体が一瞬映り、視界を一瞬で通りすぎたそれは大きな音を立てて地面に叩きつけられた。

 何事かと思い、落ちて来た物とそれがあったであろう上を見上げる。

 

 所々緑色が混じっている物体……あ、ガーディアントレントドールの葉っぱの部分がなくなっている。そうか、緑色に映ったのは葉っぱの部分だったからか。


『大丈夫です…か』


 問題なかったことを示すために頷く。


 当たってはいないから問題ないけど、それ以上にあなたは大丈夫なのかと言い返したい。でも、聞いたところで何が変わるってわけでもないのだよね。それに聞いて良いものなのかわからないし。


 って、あ、さっき後ろに下がるように言ってきたの、これが当たらないようにってことだったのかな。確かに先ほどまでいた位置だとあれが直撃、とまでは言わないけど、擦る以上には当たっていたと思うし。


『当たらなくて…よかった。見てわかる…通り、私にはあまり時間が残され…ていません。何か質問…があればお早めにお願…いします』


 え、いきなり時間制限あるけど質問いいですよって言われても思いつかなーー、いや一個あった。


「時間が経っているはずなのにここの庭が綺麗なのは、どうしてですか」

『綺麗?』


 あれ? よくわかっていない感じ? 目らしき場所がないから見えていないって可能性もあるけど、私の位置を把握していたようだし見えないってことはないはず。

 でもこの反応からして、この庭がきれいな状態であるのは想定外のことなのかもしれない。


『ほんと…うですね。しかし、あの時……時を止めるような魔ほ…うを施すほどの余裕はなか…ったはず。なら、これは……』


 明らかに困惑しているのがわかる。

 となると、やっぱり時間を止める系の魔法は使われていないみたいだ。じゃあなんでこうなっているのって感じだけど。


『まさかあの子が?』


 あれ、何か思い当たる節でもあるっぽい?


 その様子を見て、あの子に質問しようとしたところでガーディアントレントドールの一番太い枝、腕として使っていた物がボキリと音を立てて折れ、地面に落ちた。

 それを皮切りにガーディアントレントドールの体が一気に崩れ始める。


『あ、あ…もう時間のよう……ですね。質問に答えるこ…とが出来ずご…めんなさい』


 まさかの時間切れ。ちゃんとした質問の答えは得られず、っていうかこれはあれだね。質問する内容間違えたっていう。

 他の質問をすればよかったのだけど、他に思いつかなかったから結果は同じか。いや、何も言わないよりはマシだよね。とりあえず何かあるっていうのはわかったのだから。


『…出来れば、あの子のこと…もよろし…く…頼み……ます』


 最後にガーディアントレントドールがそう言い残し、ボロボロと全体が崩れて行った。

 

 最後の力を振り絞ってって感じなんだろうけど、あの子って誰のことなんだろうか。

 目の前に出て来た家は100年も隠されていた訳で、そこに人が住んでいるとは思えないし別の場所の話なのかな。でも、さっきの質問の際に、まさかあの子が? って呟いていたからその子の可能性はありそう。まあ、どのみち誰なのかわからないけど。


 ガーディアントレントドールは役目を終えたことで完全に崩れ去り、その場所にはボロボロどころか砂のようになった残骸が砂の小山のようになっている。

 その中に見覚えのある形のものが埋まっているのが見えた。


 その砂山の中から見覚えのある球体を掘り出して【鑑定】を使う。



[(アイテム) ドールコア(戦闘型) Ra:Le Qu:S Du:1 / 500 SAS:–]

 戦闘型のドールを動かすために必要なコア。これがあることでドールは主を定め、記憶し、指示を理解できるようになる。コアを作る際に使用した素材のRa・Quに応じてドールの性能が変動する。このコアにはダイヤモンドが使用されているようだ。

 このコアを砕くことでダイヤモンドを取り出すことができる。

 状態:破損はしていないがこのままドールに組み込んだ場合、破損する可能性が存在する

 修復素材:ダイヤモンド(Qu:A以上)・ミスリル(Qu:A以上)・魔鉱石・金



 ああ、やっぱりゴーレムコアと同じようなアイテムだった。いや、RaとQuすごいな。もしかしRaとQu次第で上がるのってAIの質も含まれているのかも。

 あとこれは少し前に拾ったゴーレムコアと違って破損はしていないね。ただ、結局Duを回復させないと使えないみたいだから、大した違いはないようなものだけど。


 ……これを使ってドールを作ったらさっきと同じ人格で復活するのだろうか。修復に必要な素材、地味にこっちの方が多いし何かミスリルが必要とか、全く知らない魔鉱石とかいうのが書かれているから当分修復は無理だよね。

 そもそも魔鉱石って何?


 とりあえず、想定していたよりも時間が取られたからあまり余裕がないし、ハウスの中を軽く確認してから一旦ログアウトかな。




 ―――――


どうでも良い設定ですが、ガーディアントレントドールさんは女性人格です。性格設定的には騎士風です。騎士風です。それだけです。

陶器のような物で作られたガーディアントレントドールの体が100年程度で崩れた理由は、動けるように作られたのが主な理由ですが、幻影魔法の核となっていたのも大きく影響しています。

オートリペアが機能していたとしても今回の状況は回避できません。




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