ロックがくたばるその日まで!

シナミカナ

GOOD LUCK, BOYS.

ソファーに寝転がっていると弟のブライアンがのそのそと帰ってくる。

3Lサイズの黒い革ジャンをソファーに、つまりは俺の上に投げ放った後に床に座ってソファーに背をもたれた。

デニムのポケットからゲーム◯アを取り出して項垂れながら格闘ゲーム始めている。

俺はクッションに顔を預けて半開きだった口とテレビに映った鉄仮面のギタリストへの目線はそのままに一応確認する。


「どうだったよブライアン?」


「ああ、ロックじゃなかったね。」


ぶっきらぼうにも、どこかイラついてはいるがやるせない気持ちを孕んだ返事だ。


イカしてねぇ返事を聞いて一緒に溜息を一つ吐き出す。


目の前にあるテレビからは仮面を付けたメタルバンドの映像が流れていて別のスピーカーからも同じバンドの音楽を垂れ流している。


あぁ、奴らは間違いなくロックだ。

ドラマーがスネアドラムをマーチングバンドのように提げ歩いている頃にドアの開く音が聞こえた。


「「おかえり、兄ちゃん。」」


俺もブライアンもそのままの状態で機械的に挨拶をする。


「ただいま穀潰しども。」


厚手のピーコートを外套掛けへと持っていき鍵束を机の上にある鍵入れに放る。


ネクタイを解く音を聞いて昔をふと思い出す。


その昔、カートが仕事から帰宅してすぐに喉が渇いていた俺とブライアンはカートにコーラを近くの自販機まで買いに行かせようとしたことがある。

そうしたら、カートはナイフを持ってブチ切れた。

その日からは俺とブライアンはカートの帰宅してからの『挨拶』は漏れず決まっていた。


「俺さ、会社をクビになったから。」


「「うん。」」


カートはシャツを洗濯機に放り込みながらそんな言葉を投げかけやがる。


テレビから流れるイカれたギターがよりクリアに聴こえて胃のあたりからジワリと生暖かい液体が漏れるような錯覚に陥る。


ブライアンは辛抱たまらず「どういうこと?」なんて聞きやがる。俺はもう腹がいっぱいの気分だ。


「どうもこうもねぇよ。俺も今日から無職だ。食いぶちが無くなったんだよ無職共。」


「ああ、違うよ兄貴。俺たちは無職じゃねぇ。俺たちは–––。」


「「どこの組織にも属さねぇアーティストさ。」」


歌うようにブライアンと決め台詞を吐く。ソファーにもたれ掛かっているブライアンがこちらを見て微笑んだ。


「そりゃ良いな。俺も流浪のアーティストになったか。で、これからの食いぶちはどうすんだって聞いてんだよ。こっちは。」


いつもよりマジなトーンになり慌ててテレビの電源を消す。リモコンを宙にくるくると回して視線はカートの上にある眩しい電灯の方に向ける。


「そりゃ、やっぱ生活保護とかかな。」


「俺ら20代でなんの不自由もねぇだろうが。どうやっても通らねぇよ。それよりも今は金が必要なんだ。」


「しょうがない。ブライアンに夜に良い感じのところで立って稼いでもらうしかない。」


「え!それだけでお金が貰えるの!?」


カートと俺は灰皿で揉み消された吸い殻の中から状態が良さそうなのを探して咥える。


「母さんと親父が死ぬ前に言っただろ。仲良くして暮らせって。まぁ、もうすぐ永遠に仲良く暮らせそうかもな。」


「「「HAHAHAHAHA!!!」」」


「・・・いや、マジで金がねぇんだなこれが。」


「seriously?」


「FUKIN’ RIGHT」


「でもさぁ!兄貴達さぁ!安心しな。コン◯ームだけはまだ1箱あるぜ!HAHAHAHA!!!」


馬鹿なブライアンのジョークと笑い声を聞きながら反射的に立ち上がる。


「「とりあえずは夜逃げだな。」」


ブライアンをよそに急いで部屋に向かう。

両親が死んだ後に借りた小さな3LDKの家賃は確か今日の支払いのはずだ。


壁にかかったリュックを手に取り、口を開けて必要なモノや、金になりそうなモノをあらかた詰め込む。


赤ん坊がジャケットのアルバム・・・いるな。

仮面だらけのバンドのアルバム・・・いるな。

「両親の写真」いるに決まってんだろFUCK。

監獄ロック・・・持っていく気分じゃない。

兄弟の仲があまり良くないバンドのアルバム・・・今はいいかな。

イギリスから来たロッカーの度肝を抜いたアメリカロックバンドのアルバム・・・いるな。

日本のガールズメタルバンドのアルバム・・・ブライアンが持っていくだろ。

「宝石やら黒い蓮が書かれている黒いゲームのカード」ガキの頃のもんだ。持っていくとブライアンが喜ぶかもな。

「宛名がよく分からないメタルバンドのCD」・・・やめておこう。


パンパンに膨れ上がったリュックを背に部屋から出ようとするとにすみにあるギターが目に入る。


有名なメーカーの黒いレスポールだ。塗装に入ったクラックが年季を語っている。


これを忘れちゃおしまいだね。


ギターを丁寧にハードケースに入れてリビングに戻ると同じくらいパンパンに詰まったリュックを背負っているブライアンとカートも同時に出てきた。


「荷物は持ったな弟共!」


「「FUCK!!!」」


重いリュックによろけながらも三人で束になって玄関へと押しかける。


外に出て鍵をする手前で大事な忘れ物に気付いて踵を返す。


「ああ、クソ!先に行っててくれ!」


「俺達はどこに行くんだっけ!?天国への階段を買いに!?」


軽くパニクっているブライアンをよそにリビングへと戻ってBlu-rayプレイヤーに手をかけた。

ゆっくりと排出されるメタルバンドのLIVE映像が収録されているBlu-rayをケースにいれ、リュック・・・は一杯なんでベルトに挟んだ。


「ああ、クソが。ロックじゃねぇよな。」


暗くなった部屋を後に鍵を郵便受けに入れて俺たちは旅立った。

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