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ブノワトはしばらく部屋で謹慎となり、その間に今回の件は、彼女の実家である伯爵家と王宮に伝えられた。



主に、ブノワトがレイラのブランドの利権やモンタールド邸の財産を狙って、不審な動きをしたこと。その中で対立したレイラの侍女マリーに危害を加えたこと。なおかつ、サルヴァティーニ公爵家の子息であるルチアーノを篭絡して、レイラとの婚約を破談にさせようとしたこと。



かなり脚色がひどいが、『微笑みの悪魔』と呼ばれるモンタールド外務大臣を動かすほど愚かなことをしたのだと、概ね事実とされた。


地方伯爵に信用がなかったこと、宰相であるサルヴァティーニ公爵が同意もしなければ反論もしなかったことが理由のうちだろう。



侯爵の目論見通り、伯爵は位を剥奪され、領地はモンタールド侯爵領となった。

もとより王宮も手を焼くほどの財政難だった伯爵領は、どこかで別の手を使って立て直しをはからないといけないと誰もが思っていたようだ。


悪魔とはいえ有能なモンタールド侯爵の領地となって、反対の声はどこからも、領内からすら上がらなかったとか。



「砂糖が白くないなら白くする方法を見つければいいし、氷がないならどうやって手に入れるか考えてほしかったんだけどなぁ…」



「まあ、それがレイラの悪口を吹き込んだ理由ですの?」


「いや、ふるいにかけさせてもらっただけだ。従順に見えてそうでない者は一定数いるものだしね」


「ふふ。ブノワトは聡明でしたものね」


「対して伯爵はねぇ…。相当無能だったみたいだよ、民からも見捨てられていた」


「でも領内から追い出したりはなさらないんでしょう?」


「建前でも領主は必要だろう?利権は何一つ与えないけれど」


「それで政を為せますか?」


「レイラがね、なんだかおもしろいことを言っていたんだ」


「あら、あの子が?」


「民の中からリーダーを決めるんだって。民主制っていうらしいよ。小さな組織なら試す価値もあるかなと思って」


「あらあら、おもしろいことを考えますね」


「本当、レイラは予想もつかないことを考えるよね」


「いえいえ、あなたがですよ」


「ええ、私?そうかなー?」



モンタールド侯爵とその夫人はにこにこと笑顔で、ちっとも穏やかでない話をする。



「ブノワトは領に帰すよ。さてあの子はどうするのかな」




***

ブノワトは当然、執事学校を退学することになった。醜聞は大きく広がっていたので、続けたいと思ってもいられなかっただろうが。


噂を広めたのはもちろんレイラとその友人たちだ。



「マリーに危害を加えて許すわけないわ」


「お嬢様…。ありがとうございます」


「いいのよ、マリーのためですもの」



レイラから怪我が治るまで安静を言い渡されているマリーは、ベッドの上から動けない。そのためレイラがマリーの側についていた。



がらがらとモンタールド邸の前に辻馬車が横付けされる。


地方領に向かう長旅のために用意した馬車だ。もちろん代金は到着後、ブノワトの家族に支払ってもらう。だからできるだけシンプルなものを用意した。あまり金額が張らないようにというレイラの心遣いだ。


長く乗っていたら具合が悪くなりそうだけど…そこはクッションでも敷いて我慢してほしい。



やがて大きな荷物を抱えたブノワトが現れる。



レイラはマリーの部屋の窓からその様子を見下ろしていた。



シンプルなドレスを着たブノワトは、やっぱりきれいな子だった。

使用人とは思えない。ちょっとした仕草が優雅で、平民とも思えない。結局、彼女は御令嬢なのだ。


馬車に乗り込む直前、ブノワトはちらりと屋敷を見上げる。


そのオレンジ色の瞳が窓辺で見下ろすレイラを映したような気がした。



結局、彼女は何をしたかったんだろう?



得たものなんてひとつもない、失ったものの方がよっぽど大きいじゃないか。レイラは眉を寄せた。



―――ルチアーノ様まで巻き込んで…。



あれからルチアーノはめっきりモンタールド邸を訪れなくなった。

トマとは会っているようだから、レイラを避けているのは明白。



かなりきつい言い方をしたから呆れられてしまったのかもしれない。それがブノワトの作戦なら大当たりだ。



レイラは悲しくなって、とても胸が痛んで、一番のお気に入りだったあの青い星のネックレスをアクセサリーケースの最も奥に仕舞い込んでしまった。




ルチアーノからもらったあのネックレスは、もうレイラの首元で輝くことはない。

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