25
「公爵に確認したよ。ブノワトはレイラの贈り物を持って、辻馬車でサルヴァティーニ邸を訪れたらしい。たぶんルチアーノくんがいてもいなくてもどっちでもよかったんじゃないかな?」
父は手帳を確認しながら言う。
帰宅した彼はすでに屋敷の状況を把握していた。
「今日は王宮で会議だったんだよ。宰相閣下も一緒だったからね」
そして父はレイラを見てにやにやする。
「レイラ、男の子を悲しませちゃダメじゃないか」
「…泣きたいのはこっちよ」
レイラはふんと横を向く。
ルチアーノ様が悲しくなるようなことじゃないじゃない、と心の中で文句をつけて。
「マリーから話を聞き出しました。ブノワトがお嬢様のことを悪く言ったので、マリーが激昂したようです」
父の後ろに控えた家令が言葉を続ける。
「やっぱり…!なんて言われたって?」
「あのわがままお嬢様が~的な?ちょっと要領を得ませんでした」
「ええぇ…?」
そんなこと御令嬢ならいくらでも言われると思うけど…?でもあのマリーなら怒っちゃうのかしら?
首を捻るレイラをよそに「いやいや」と父が否定する。
「『砂糖が白くない』とか『氷がない』とか非現実的なことばかり言ってわがまま三昧だとか、ゆめかわいいとかなにあれ変、とか言ったんだろう?」
「ああ、それならマリーも怒りそうだわ。砂糖とか氷のことはわたくしも言ったような覚えがあるし……んん?」
「ねえ?使用人が主人を貶めるようなこと言っちゃいけないよねぇ」
「ねえお父様。どうしてブノワトがそんなこと知っていたのかしら?わたくしあまりブノワトと接してませんよ?まさか他にも…」
「いや、私が言ったんだよ」
「え?」
「だからお父様がね、レイラの悪口を、ブノワトに吹き込んでおいたの」
「「「は、あぁぁぁあ!?」」」
その場にいた全員が驚いた声を上げた。
父の側近である家令も信じられないようなものを見る目を向けている。
「だってレイラがマリーとブノワトの確執を報告してきたんじゃないか」
「いや、言ったけど…」
マリーとガールズトークをしたあの夜に感じたことを、たしかに父に報告していた。けれど。
「もともとさ、あの子なんか怪しいなって思ってたんだよね。あの子の実家は確かに没落寸前の貧乏貴族だけど、だからって侍女になろうなんて思うか?しかも大して関わったことのない相手を頼るなんておかしいだろ」
「え?なにかしらの縁があってうちに来たんじゃなかったの…?」
「ないよ。手当たり次第いろんなところに打診していたから、みっともなくて我が家が引き取ることにしたんだよ」
「そ、そうだったの…」
「これを機会に伯爵位を返上させるのもいいよね。あ、迷惑料として男爵に位を与えてもらおうか?いいね!陛下に聞いてみよう!」
「ちょ、まって、まってお父様!?」
次から次へと声を弾ませる父をなんとか止める。
「ねえ、レイラ」
くすりと父が笑う。侯爵様の悪魔の微笑みだ。
「あの伯爵家はね、たしかに貧乏だけど地方ゆえに領地だけは広いんだ。羊は好き?」
「…羊肉や羊のチーズはちょっと苦手かな…?」
「だよね、知ってた。だからさ」
―――紡績業でもはじめようと思って。
悪魔はにっこりと笑ってそう言った。
「はあああぁあ~」
トマの長くて重たいため息が溢れる。
「父様はこうなることを分かっていたのか?」
「まさか!伯爵領はいつかぶん取っちゃおうと思ってたけど、こんなに早く事が進むとは思ってなかったよ!」
「怖!我が親ながら、怖っ!!」
トマがぎゃあぎゃあ騒ぐのをにこにこしながら眺めて、父はロイドに目を向けた。
「ロイドくんもごめんね、マリーを傷つける気はなかったんだよ」
「…………」
ロイドは眉を寄せて黙り込んだ。
そしてしばらく考えた後にーー。
「じゃあマリーをお嫁さんにくれたら許――」
「それはマリーが了承したらね!!」
間髪入れずにレイラが割り込む。
危ない危ない。目の前で人身売買が行われるところだった。
ふう、と額の汗を拭うレイラ。ロイドは苦笑を浮かべた。
「でも本当に、マリーを助けることができてよかった…」
ロイドのその言葉はしんみりと部屋に響いた。
「ロイドさんって本当…」
「そうよ、トマ。喋り方に誤魔化されちゃいけないわ、あれは本物のイケメンよ」
「イケメン?ってよくわからないけど…だよな、本物だよな!」
弟分が兄貴に感動している横で、兄貴分のロイドはちらりとノアを見た。
「ノアちゃん、貴方も将来トマの右腕としてこのモンタールド家を守る立場になるのなら、今回のことはいいお勉強になったわよね?」
「そうだな。女性同士の問題は表面だけではわからないことも多い。自分のことばかりじゃいけないぞ、息子よ」
「…はい」
優しい笑顔で(言葉の)ボディーブローを決めてくる侯爵夫人と、ストレートに(言葉の)パンチを繰り出す家令に、精神的にフルボッコにされているノア。
ロイドはその様子をまんじりと眺めて、ぽつりと呟いた。
「お姫様のピンチに駆けつけられないようじゃ、王子様の器じゃないんだよ」
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