5
「なに描いてんの、レイラ」
お母様大変です。トマがルチアーノ様の真似をして、わたくしを呼び捨てるようになってしまいました。
まあまあまあ。
『姉様』呼びかわいかったのに…。
嘆かわしいわねぇ。
なんて会話があったことは露知らず、トマはレイラの隣で手元を覗き込む。
「スティックよ。これがあれば変身したり魔法が使えたりするの。知らない?」
「魔法ぅぅ!?」
トマはおかしな声を上げた。
「魔法っておとぎ話じゃないか!そんな話を信じてるのかよ?」
そう。この世界でも魔法は存在しない。
『私』の記憶を取り戻したレイラはかなり嘆き悲しんだ。
「レイラが本当はこんなおかしな奴だなんて、ルチアーノ様がかわいそうで言えないよ」
「すっかり仲良しね」
ルチアーノは週に1回程の頻度でモンタールド邸を訪れては、トマとボードゲームやカードゲームに勤しんでいる。
レイラともお茶の時間に顔を合わせるが、それだけ。レイラよりむしろトマと仲睦まじくなっている。
婚約者ってこういうものだったかしら、とレイラは首を傾げた。
「お嬢様、とてもお上手です」
「でしょう?この星がポイントよ、これがないとゆめかわいくないわ」
侍女のマリーに得意そうに頷くレイラ。
イメージは美少女戦士の変身スティックだ。きらきらしていて大好きだった。
レイラは『私』の記憶にあるイメージを、イラストとしてならうまく描くことができた。
はじめて目にするものも多いらしく、トマには変人扱いされるが。向こうの世界でもフィクションだったとはいえ、なんて失礼な弟だ。
「お嬢様、その件で旦那様からお話があるそうです」
「…え」
まさかお父様にも頭がおかしいと思われていたとか?ないわよね?
***
「はじめまして、お嬢様。ロイド・デル・テスタでございます」
ふ、わああああ!!!
レイラはなんとか心の中だけで叫んだ自分を褒めた。
父に呼ばれた先で紹介されたのは、年若い少年だった。
胸元ほどまである藤色の長い髪。すっきり整った顔立ちに映える、お月様のような銀の瞳。レイラよりいくつか年上らしく、穏やかな彼にはシャツとベストが似合う。この上なく似合う。なんてゆめかわいい理想的な人物なのか。
「デル・テスタ家は代々芸術筋の家系でね。レイラは絵を描いていただろう?それで彼に家庭教師をお願いしたんだよ」
「家庭教師!」
驚いたレイラは両手で口許を押さえた。
―――よかった、お父様に変な子と思われたわけじゃなかったんだ!
レイラが感動していると思ったのか、部屋にいる者は皆一様に優しく目を細める。
「お嬢様、さっそくですが絵を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ、わかったわ」
デル・テスタ家は宮廷芸術家を歴任しており、ロイドの父は宮廷画家、祖父は宮廷音楽家を現役で務めているらしい。
ロイド自身も美術関連の才能は目覚ましいらしいが、父のように画家になるか、はたまた別の分野にいくか、まだ道を決めかねているという。
ちなみにマリーのひとつ年上だった。
「こ、これは…!!」
レイラの描いたイラストを見るなり、ロイドは息を飲んだ。
レイラは何を言われるかもじもじと俯いた。
だって、レイラの描くものは所詮イラストなのだ。本格的に芸術を学ぶ人になんと言われるか。トマには散々こき下ろされているし、自信がない。
「なんて素晴らしい!」
「え?」
「見たことがないモチーフばかりですが、これはこれで完成されています。はじめて見る色使いです!塗り方も独特で!」
はい。絵は小学校の図工の時間で習いました。
色の使い方はゆめかわいいを基本にしています。
「これはお嬢様の感性なので、もはや助言は不要でしょう。むしろこのまま額にいれて飾りませんか?」
「さすがお嬢様!素晴らしいです!」
マリーが飛び上がりそうなほど喜んでいる。
「え…それはちょっと…」
レイラが首を横に振ると、がっかりと肩を落とした。マリーが。
「これはなんですか?馬のようですが」
「角がはえているのがユニコーンで、翼があるのがペガサスです」
「ほう。すでに名前がついているんですね」
ロイドは興味深そうに頷く。
他にもレイラのイラストを見て、あれやこれやと訊いてくる。
「うーん、やはりお嬢様に家庭教師は要らないでしょう。旦那様には私からお話ししておきます」
「あの、その前に少しいいでしょうか?」
ロイドがとても好意的に受け止めてくれたので、レイラも勇気を出して告げる。
「実はわたくし、こういったものを絵ではなくて、本当は形にしたいと思っているんです」
「形…。彫像ということですか?」
「いいえ、そうではなくて、例えばマスコットとかです」
「マスコット…?」
「ええと、ぬいぐるみ…?他にはアクセサリーやお洋服のモチーフとか、お料理などにもできたらと」
「お嬢様…!!」
マリーが声を上げる。感極まったように。
「素晴らしいです!!そこまで考えていらっしゃったなんて…!」
「確かに。新しい視点すぎて考えもつきませんが、お嬢様になにか明確な着想があるのなら、やってみるのもいいかもしれません」
「ロイド先生、協力してくれますか?」
「もちろんです。それと、どちらにしろ家庭教師は辞退させていただくので、先生はいりませんよ。ロイドでいいです」
「ありがとう、ロイド!」
さすがロイドは芸術家だけあり、レイラのメルヘンでファンシーなイメージを否定しない。
レイラは理想とするゆめかわいいに向けて、力強い協力者を手にいれた。
藤色の長い髪に、月色の瞳の美人さん。
乙女ゲームのイケメン一覧に同じ色合いの人物がいたのだけれど、喜びに胸を高鳴らせるレイラは思い出しもしなかった。
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