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**sideルチアーノ**


王国の宰相を勤める父から婚約者について話をされた。



相手はレイラ・モンタールド嬢。



ずっと婚約者候補の筆頭に挙がっていたから、順当にいけばいつか彼女と婚約するのだろうと思っていた。こんなに早いとは予想外だったけれど。



「ああ、レイラ嬢ね。ちょっと派手だけどきれいな子だよ。大人になったらすごい美人になるだろうな、よかったじゃないか」



あいつは彼女の名前を聞くなりそう言った。


ぼくは一度も会ったことがないのに、なんであいつは彼女のことを知っているんだ?

とはいえ、あいつがなんでも知っているのはいつものことだ。ぼくは胸につかえるものを我慢して、婚約者との顔合わせに臨んだ。



そこで初めて見た彼女は、本当にきれいな子だった。



赤紫色のきらきらとした髪に、蒼い宝石のような瞳。ぴんと背筋を伸ばして立つ姿は、子供ながら立派な御令嬢だった。薄いピンク色のドレスも品があってかわいらしい。



心臓が飛び出るくらい緊張して、自分の名を短く告げるのがやっとだった。

彼女のきれいな顔を見れなくて、そっぽばかり向いていた。


だがそれが大きな失敗だと悟ったときには、もう遅かった。


せっかく声をかけてくれた彼女に、「なに」と冷たい声を返してしまい、きっと酷く呆れられたのだ。

彼女は俯いて細くため息をついた。

その横顔がとても大人びていて――作り物のように冷たく見えて、血の気が引いた。


彼女に、嫌われたかもしれない。


そう思ったらもうその場にはいられず、心にもないことを叫んで、応接間を飛び出した。



どうしよう。どうしよう。どうしよう。



廊下に置かれた大きな壺の後ろでいつまでも膝を抱えて小さくなっていたら、突然首の後ろを引っ張られた。ネコのように。



「こら!!」


「ぴゃ!」



そこにいたのは父様で、腰に手を当てて目を吊り上げている。



「なんだいあの態度は!せっかく来てくれたのに失礼じゃないか」


「ご、ごめんなさい…」



聞けば侯爵たちはすでにこの屋敷を後にしたらしい。

ゆっくりおもてなしもできず申し訳なかった、とぼやく父は腰に手を当てたまま「はあ」とため息をついた。



「私も大概甘いとは思うんだけど…」


「??」


「レイラ嬢、かわいかったね?」


「…うん」


「お嫁さんにしたくない?」


「し、たい!」


「じゃあ今日のルチアーノは悪い子だったよね?ちゃんと謝らないとお嫁さんになってくれないよ?」


「やだ!」


「じゃあきちんと謝ろうね」


「…はい」


「それとね、女の子はみんなお姫様だから、大切にしてあげないとだめだよ」


「…?わかった」


「侯爵は優しそうに見えても、一筋縄じゃいかないからね、がんばるんだよ」


「???」



それから父様はぱちりと片目を瞬かせて、「呼び捨てくらいできるようになるといいね」と爆弾を落としてくれた。




***

レイラ嬢との顔合わせについては、待ち構えていたあいつからも根掘り葉掘り聞かれた。


もちろんあの醜態は隠して話したが…どうだろう。あいつは伝えた覚えのないことも当たり前のように知っているから、どこかで耳にしているかもしれない。


でもあいつがこの日一番笑ったのは、ぼくがレイラ嬢について『赤紫色の髪に宝石のような蒼い瞳』と伝えたことだった。



「赤紫って…!野菜みたいな表現だな!あれはラズベリー色って言われてるんだよ」


「ラズベリー…」


「ルチアーノだって天鵞絨色とか立派な言い回しがあるじゃないか。口説き文句も覚えてこないなんて、まさか…」



にやにや笑われてなんとか誤魔化す。


それにしても…ラズベリー色か。

なるほど彼女のきれいな髪色にぴったりだ。


そして、自分の髪は話題に上がったのに、彼女についてはなにも触れなかったことにまた落ち込んだ。



「まあいいけど。次会うときは名前くらい呼び捨てで呼べるようにならないとな」



父様と同じことを言われて、内心ひどく驚き、慌てた。


そうか、呼び捨てか。そうか。


決意したその結果が……モンタールド邸での挙動不審である。

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