第3話 二人で屋上に行った件

 


 翌朝、早目に登校して席に座った私はヤツが来るのを今か今かと待っていた。


 獲物を見付けた猛獣の様な鋭い眼差しで入り口を見つめる私に、すでに登校している周りの生徒はビクビクしているみたい─────


 「なぁ今日の滝川さん怖いんだけど」


 「確かに…」


 「あれの日?」


 「それなら俺に言ってくれれば良いのに!」


 「お前に言ってどうすんのよ…」


 変な方向に話が進む思春期男子の話にピクピクと青筋が浮かび上がる私は、『偽装の彼氏』の事など忘れ、怒りの感情しかなかった。


 (これも全部アイツのせいよ!許さないんだから!)


 獲物を探す猛獣となった私は入り口に狙いを定める。


 扉が開き、ヤツが入って来るのが見えると勢い良く席を立ち、ヤツに近いて手首を掴むと、強引に引っ張って教室を出て行った。


 私達がいなくなった教室がざわついていたけど気にしない。


◇◇◇


 「ちょっ、ちょっと滝川さん痛んだけど?」


 「うるさい!黙って付いてきて!」


 滝川さんにわけもわからず強引に引っ張られ、階段を上り、屋上まで連れてこられたところで滝川さんはやっと僕を掴んでいた手を離した。


 「はぁ、ここまで連れてきて何ですか?昨日の事なら断ったんですけど?」


 強引に連れてこられたので僕が不機嫌そうな顔を見せたとたん滝川さんは僕を捲し立てた。


 「どうやって私の計画に気が付いたか知らないけど、何であんたなんかにフラれなきゃいけないのよ!」


 額の血管がキレそうな滝川さんは怒り任せだろう言葉を僕にぶつけてくるのだけど何故?

 告白罰ゲームで僕の事を嵌めようとしたくせに失敗したからって八つ当たりをするのはどうかと思う。


なんだろう……


少しムカついてきた


 「そんなもん分る!絡んだ事も無いのに告白とかあり得ないでしょ?ゲームに負けたからって八つ当たりするのはやめてくれない?」


 「はぁ!?八つ当たりじゃないし!ゲームって何よ!確かにゲームみたいだけどゲームじゃないし!私は計画通りに真面目にやるつもりだし!

 そもそも何でフラれなきゃいけないの?

 こう見えて私かなりモテるし!スタイルもいいし!頭もいいし!運動神経いいし!どこに不満があるのよ!」


 僕の態度に完全にキレた滝川さんは後半の自画自賛には気づかずに怒りをぶつけてくる。


(あっ……ヤバイ……)


 そう思った僕の中で何かが外れ、今まで感じた事のない感情が溢れ出すと、自分でも驚く程の口調で滝川さんを責め立てる。


 「どう見ても八つ当たりでしょ!それにどう見てもゲームだわ!そんな無駄な事に時間使ってる暇があるならトイレに入ってお尻を拭いてた方がまだマシだからな!」


 「はぁ?私の計画よりお尻を拭いてた方がマシって言うの?」


 「そう言ったんだけど?もう一度言おうか?お尻を拭いてた方がマシ!」


 僕とのやり取りで怒りの沸点が振り切れた滝川さんは「キィィィィ~!」っと雄叫びを上げて僕に飛び掛かってきた。


 その姿は校内No.1のモテ女子の姿では無くただの猛獣だった。


 そんな事よりも突然飛び付いてきた滝川さんの勢いと重さでバランスを崩した僕は、滝川さんを抱き締める形で地面に倒れてしまう。


 倒れた状態で抱き締める形になった僕と滝川杏子は目が合った。


 その瞬間、二人の時が止まった。


 ───────


 「キャャャャャャャ!」


 時間にして数秒、止まった時間の中で僕と見つめ合った滝川さんは悲鳴を上げながら振り上げた右手で僕の頬にビンタを張り、勢いよく体を起こして離れ、ブルブル震えながら「ケダモノ!!」と叫び僕を睨み付けた。


 いきなり飛び掛かられ、倒され、おまけにビンタまでされた僕の怒りはフルロットルで上昇し、今まで使った事がない言葉がスラスラと出てくる。

 

 「お前が飛びかかってきたせいでこんな事になったんだろうが!ケダモノはお前だろ!」


 学園イチのモテ女子の滝川さんの事を『お前』呼ばわりした僕は勇者だと思う。


(この不思議な高揚感はなんだろう、僕じゃないみたいだ)


 そんな事を思う僕にプルプルとする滝川さん


 「お、おま、お前って私に言ったの?」


 「そうだ!お前に言ったんだよ!お・ま・え!」


 「お前なんてお父さんにも言われた事、無いのに…」


 どこかで聞いた事のあるセリフを吐く滝川さんは何故か泣き出してしまった。


 「ぐすん、何でこんな事になってるのよ…ぐすん、ただ平穏に生活したかっただけなのに…ぐすん」


 泣いている滝川さんを見ると言い過ぎたかな?と思ってしまうけど不思議な高揚感を感じている自分の事を抑える事ができない僕はタメ息を吐いた。


 「はぁ、平穏に暮らしたいなら変なゲームなんてしないで普通にしてたらいいのに」


 「あんたに何が解るのよ!毎日、毎日告白されてしんどいのよ!」


 「だったら僕じゃなくて告白してきた男で遊べばいいんじゃないか!」


 「そんな事したら変な勘違いされて余計に面倒くさい事になるでしょ!」


 変な勘違いってなんだろう?


 僕に対して告白罰ゲームをしたのだから告白してきた男子で遊ぶ事とたいして変わらないと思った僕はその旨を滝川さんに伝える。


 「お前に興味のない奴に告白罰ゲームしたりした方が余計に面倒くさくなると思うけど?」


 「そんな事ない!そっちの方が逆に面倒くさくならないから!」


 「怨みを買って酷い事されるかもしれないよ?」


 「確かにそうかもしれないけど、でも、でも……ぐすん、告白罰ゲームってなによ…酷い…」


 下を向く滝川さんはそのまま黙ってしまう。


 (なんか会話がずれてる気がする、なんだろうこの違和感…)


 泣いている滝川さんを見ながら心に引っ掛かる違和感に僕は頭を捻って色々と考えてみてた。

 でも、答えが見つからない僕は滝川さんに聞いてみる事にした。


 「あのさ、告白罰ゲームじゃないの?」


 「だから、告白罰ゲームって何よ…ぐすん」


 滝川さんの言葉で僕の感じた違和感は滝川さんが僕の事が好きだった為に僕の思っている事と違っていたんだ。


 そう思ってしまうと僕の心は酷い事を言ってしまい、悪い事をしてしまったと後悔の念で押し潰されそうだった。


 「ごめん、滝川さんが本当に僕の事が好きだったって知らなくて…」


 勘違いとは言え泣かせてしまい、心に傷を負わせてしまった滝川さんの事は必ず幸せにすると心に誓い、僕は素直に謝った。


 「えっ!?好きじゃないわよ?」


 「好きじゃないんかい!」


 僕は滝川さんに食い気味にツッコミを入れた。


 それと同時にすれ違いから始まった二人の歯車が少しずつ回り始めるのだった。

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