第五話 バハギアの殺人鬼(1)

 店長さんに住民申請をするように言われた。手続き自体はかなり面倒なので師匠と手分けしてやっておくが、最後の本人確認だけはお願いしたいそうだ。また師匠がどうして必要なのか教えてくれたが、色々複雑で正直重要性が分からなかった。

 でもあのパックお姉ちゃんが持っているのを見ると、これは必須なんだな、と乾いたスポンジに水が染みるように理解できた。

 ただ、その申請の日まで一週間あるという。店長さんには「病院とか保険効かないし、あんまり出歩かない方が良いと思うよ」と言われたが、せっかく異世界に来たのに何もしないのもつまらない。それに、余計なお荷物にはなりたくない。

 そこで店長さんと相談して、この一週間の内は師匠と常に一緒にいることになった。基本的に師匠といるのは昼間だけだ。夜からは、このバハギアから近くのクラパランとも呼ばれる幾つかの小さな村落への馬車の護衛をしているらしい。夜中の内に往復できる程度の距離なのにどうしてかと思うが、師匠曰く、「魚たちは海に生きるプロなので」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。


  そんなある日、師匠とバハギア市場へと晩御飯の買い出しに行っていると、ここ数日ですっかり顔見知りになった魚屋のおばちゃんが奇妙な事件について話してくれた。ここのところ、町の一部地域でよく人が死んでいるらしい。元々その地域は治安が悪いことで有名らしく、巡回の兵士すらもあまり近付かない場所ではあったそうだ。ただ、その死者の殺され方がむごいらしく、心臓を一突きした上で抉り出した内臓を全て辺りにぶちまけていたらしい。買い物に来た兵士さん曰く、まるで子どもがおもちゃで遊んだままにしておくような、そんな散らかり方をしていたそうだ。


 話を聞いた後、すぐに僕は理解した。これこそ、僕たち異世界転移者が挑むべき問題であり、これが異世界に転移させられた理由なのではないか。これが解決することができれば、僕はより役に立つことができる。この世界の発展のため、市民のため、その他色々のために。


「師匠、僕たちが解決しに行きましょうよ!」


「それは……やめておいた方が賢明ですよ、ベアトくん」


「どうしてですか? みんなが困っているんですよ?」


「それはそうですか……私たちは異世界転移者であり、転生者ではないのです。チート能力もなければ、ただの人間です。魚を殺す事と人を殺すことでは、その複雑さが違います。兵士さんたちに任せましょう。いずれ、捕まるはずですから」


「……その間に死ぬ人は、どうなるんですか?」


 師匠は僕の方を少し見たが、一度瞬きをして、「帰りますよ」とだけ言って先を歩いた。その背中を見つめながら、僕は心をモヤモヤさせていた。








 


 

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