「転生したらヒマすぎる日々だった」
耳元で蚊が鳴く音がして目が覚めた。目の前には、シミだらけの木目の天井に、蛍光灯がぶら下がっているのが見える。むき出しの蛍光管の白い輪っかを、しばらくぼーっと見つめる。
少年は、上半身を起こした。
さっきまで見ていた長すぎる夢の余韻が、体を包み込んでいる。気だるい。
そういえば、後頭部がじんわり痛い。畳に直にゴロ寝していたせいだ。背中は汗で蒸れている。今年買ったばかりの白い扇風機が首を振って、生ぬるい夕方の風を吹き付ける。扇風機がこっちを向くと、風で蚊が逃げていく。扇風機がそっぽを向くと、すぐに戻ってきて汗ばんだ肌に針を刺すチャンスをうかがっている。昼からずっとそれを繰り返してきたのか、この蚊は。ふわふわ漂うそいつを、瞬殺で叩き潰した。手の平に赤い液体と黒いカスのような死骸がべったりと付く。そういえば、なんかスネのあたりが痒くなってきた。トイレ行きたい。
今ここがどの時代で、どの場所で、自分は何者かという現実に一気に引き戻される。
喉乾いて死にそう。いや、その前にトイレか。狭くてカビ臭い部屋を出ようと立ち上がった時、階段がミシミシときしんだ。今にもブチ抜けそうなウチの階段を、巨体がそろりそろりと登ってくる。
「おう、宿題終わったかー?」
足元を見ると、教科書やノート、プリント、シャープペン、消しゴム、そしてアイスの袋やらが、畳に散らかっている。昼メシを食ったあと、自分の部屋に行って、扇風機をつけて、アイスを食って、勉強道具を散らかした・・までは覚えている。散らかして、それで、すぐに昼寝に突入した・・ようである。
「あ・・。ん。」
「父ちゃん、新聞屋んとこ修理行ってくっから。」
トイレに行ったあと、いつも家族の洗濯物担当の少年は、ベランダに行った。しかし洗濯物はすでに取り込んであり、畳に無造作に山積みになっている。大量の服やタオルと、梅雨の間にカビ臭くなった座布団をまたぎ、窓を開けた。どこかの家の風鈴と、通り雨があった匂いが、夏の始まりを告げている。
台所に行き、冷蔵庫を開ける。キンキンに冷えた、ビール・・おっと、また怒られるから炭酸ジュースにしとくか。2Lボトルごとガブ飲みする。頭を突き抜ける刺激と糖分で、やっと目が覚めてきた。
ちょうどイイ時、エンジン音が唸った。この音を聞くと、無意識に右手がアクセルをひねってしまう。
作業場に行くと、住み込みの従業員2人が、店長に代わって店番をしながら、いつものように汗と油まみれになっていた。エンジンオイル、タイヤ、排気ガス、金属。赤ん坊の時から嗅ぎなれた匂いに、ほっとする。
「よっ。今日は何やってん?」
大型扇風機のブォオ!という音に負けないよう、近くまで行って大声で話しかけてみた。ゆるく波打つ長い黒髪を束ねた男が、少年に気づいた。男は猫っ毛に猫目、マイペースな猫みたいな口調で答える。
「・・・あ、寝起きって顔だねー。
また宿題やんないで、アイス食べて昼寝だけしてたんでしょ」
「・・・うっせ」
別のもう一人の男は、しゃがんだまま作業に夢中である。銀に染めた短髪をツンツン立たせたハリネズミ頭を、真剣な顔で揺らしている。コンクリートの床に工具を置くと、カランという音が響いた。2人とも、首から下げた白かったはずのタオルはネズミ色だ。新聞屋のロゴも消えかかっている。これをまた俺が明日洗濯するのか、と少年は面倒に思った。
「ナルさん、今日、メシ何?」
「さっきゴウさんが出かける前に、『今日の晩飯はラーメン食い行くべ』って言ってたよ」
ナルミは、店長の方言をそっくりそのまま真似た。
「まーたラーメンけ。好きだなー」
少年も方言で返す。
「ゴウさんが鈴木さんとこから帰ってくるまでに、宿題やっちゃいな」
「ん?親父、新聞屋んとこ出張修理行ったんじゃねぇん?」
「チアキ、鈴木さん家、知らなかったっけ?新聞屋さんの裏の辺り。おばあちゃんが、スーパーに夕方のお使い行こうと思ったら、エンジンかかんなくなっちゃったんだって」
「あー・・」
「おっし!こんなもんでどうだ!」
銀のハリネズミが、油で真っ黒になった軍手で額の汗を拭って言った。額が真っ黒になった。
「クレさん、俺にもバイク修理の仕方、教えてくれよ。自転車ばっかじゃ飽きた」
「ああ!教えてやるよ!宿題終わったらな!」
「やるかよあんなもん。かったりぃ。宿題やんなくても生きてける。・・っつーか敵をぶっ殺さなきゃ生きてけねんだよ。そのためにはなあ、誰も信用するな。寝る時は半分起きてろ。常に敵の動きの一歩先を・・」
「やんなかったら、チアキだけごはん抜きね」
「ええええ」
少年は急に情けない顔になった。
■
『俺の名前は、柴崎(しばざき)千知( ちあき)。
前は女だったが、死んで男に生まれ変わった。
死んだら、ポロークスとかいう、マンジュウ顔の雪だるまみたいなヤツが出てきて、俺にこう言った。』
”私は、あなたが生まれ育った惑星"地球"で、亡くなられた生き物をご案内する、人工知能です。
"地球で亡くなった方の意識は、消滅せず、すぐに地球の衛星、"月"の内部に取り込まれ保護される仕組みになっています。"
『ほんとか嘘か知らんが、とにかく俺はここでこうしてまた生きている。
俺はそのまんじゅうに、俺を殺したヤツを殺したい、そう言った。』
”暴力行為が許可されているのは、惑星地球のみです。
あなたは惑星地球に再び生まれ変わることで、暴力を行使する自由を得られます。
そこでは、何をしても良いのです。
何をしても、です。
もちろん復讐も、思う存分に楽しめますよ!”
『らしい。』
”次はどんな人生にするか、詳細まで設定できます!細かい設定は不要な方には、お任せコースもございます!”
『あいつを殺せればなんでもいい、そう言ってお任せコースにしたら、この顔だ。もっと男前にしてくれって頼めばよかったと、それだけビミョーに後悔している。どうでもいいけど。しかもビミョーにチビ。これから背ぇ伸びるかな』
”心配しなくても大丈夫です。あなたが心から求めるもの、あなたも気づいていない心の奥底まで、私が分析いたします。
きっと、ご満足頂ける人生設計をプレゼントできますので、お楽しみに・・・”
『信用できんのか?あのマンジュウ』
■
「チーアキーィィイ!!」
めちゃくちゃな自転車のベル音と共に、近所のチビたちが来た。
「チンチン チアキィー!」
「チアキのチンチン チンアキー!」
「なんだよ、うっせーな」
昼前に終業式を終えて自由になったらしい。この先1ヶ月半も続く夏のパラダイスに夢が膨らみ、テンションマックスだ。全員プールバッグを前カゴに乗せている。半ズボンの下はたぶん海パンだろう。すでに浮き輪とゴーグルまで付けているやつもいる。
「チアキも川、行こうぜー!」
「だーから俺はムリだって。またイチャモンつけられるとめんどいことになる」
チアキは右腕の半袖を肩までまくって、大胆なタトューを見せた。焦げ茶色の蛇が、勇ましく踊っている。
「ヘビ・ライダー!スネーークマン!!」
「んだそれ?ヘビ2回言ってんし」
「ヘビ大マ王は、チンコがヘビ!!!」
「・・・おー。それやべーな。センス良すぎだろ。色々できることが・・」
「またチアキのチン・・じゃなかた、チアキん家の飼ってるヘビ見してなー!」
「あー。なんなら両方見してやるよー。」
「あばよー!!」
「自転車コケるなよー。車に気ぃつけろなー。そこらへん歩いてるばあちゃんにぶつからないようになー!前見て走れぇー!」
膨らんだビーチボールが、太陽にテカって眩しい。
やかましいチビっこ自転車暴走族が走り去ると、今度は自宅の呼び鈴が鳴った。
嫌な予感満点で玄関の引き戸を開けると、予想通り、うんざりするほど見慣れた顔があった。
「今日、終業式だったの」
「知ってら」
セーラー服のスカートは膝丈で、少し日焼けした細い足が出ている。真面目を絵に書いたような、幼馴染の同級生。
「はい、これ。先生が渡してって」
紙類が大量に入った手提げ袋を差し出される。
「いらねぇ。持ってくんな。」
「夏休みの宿題と、保護者宛の大事な通知書とかも色々入ってるから、ちゃんとお父さんに渡してね?」
「あーうぜー。ケツ拭く紙にもなんねー」
渋々受け取るチアキ。
「・・チアキくん・・元気?
・・先週渡した宿題、ちょっとでも進んだ?
提出するのは夏休みの宿題と一緒になっちゃうけど・・」
「進んだように見えるか?」
「ちょっとでもやろうよ。わかんないなら、勉強教えるし、一緒にやれば、きっと楽しいよ」
「うぜえ。帰れ」
チアキの頭に、父親の巨大なゲンコツが落ちてきた。
「いっっっっ・・・!」
「ジュースでも出せや、バカタレ。シュウちゃん、いつも悪りぃなぁ。」
「いいえ。私にできること、これくらいしかなくて・・。
あっ、そうだ!これ、いつもの和菓子屋さんで買ってきたんです。形が可愛かったから、つい。よかったら皆さんで」
チアキは、皿の上でツルツルとテカる和菓子を見つめている。
「そんなに睨みつけて、どうしたの?くずまんじゅう、嫌いだった?」
どこかで見覚えのある姿・・・。竹の菓子楊枝で突っついてみると、そいつは「ぷにっ」と言った。
「あ・・・・。」
思い出した。ポロークスだ。死んだ時に出てきた、あのマンジュウ野郎。
ちょうどこんな感じ。半透明のツルツルのマンジュウの中に、アンコみたいな脳ミソみたいなモンが入ってた。これに目を2つくっつけて、色もプール色にしたら完璧にポロークスだ。
「これ、なんつー食いもん?」
「だから、くずまんじゅう」
くそマンジュウか。クズでクソな、くそマンジュウだな。
窓の外で蝉がうるさい。今日は客人がいるからと、エアコンをガンガンに効かせている。窓ガラス一枚隔てた向こうの世界は灼熱地獄だということなど想像もつかないほど、部屋の空気はしんと冷え切っている。蚊も飛んでいない。
シュウが遠慮がちに口を開く。
「・・ねぇ。チアキくん。・・このままずっと、学校来ないの?」
宿題を広げて机に向かい合ってからずっと、チアキはイヤフォンを耳に突っ込んだまま黙々と新聞を読んでいる。沈黙に耐えかねてジュースの氷がカランと鳴ってみたが、気まずい空気は改善しない。
「新聞読むのは偉いけど、今は宿題やろうよ」
2人の間の小さな座卓には、使われる気配のはい勉強道具が転がっている。
「チアキくんて、昔から真面目なんだか不良なんだかわかんないよね。乱暴なのにたまに優しいし」
チアキがやっとシュウの方を見た。ジュースを飲み干し氷をガリガリ噛む。またすぐに新聞に目を戻す。シュウは、チアキの唇のピアスが動くのを見つめることしかやることがない。手持ち無沙汰なので、見慣れた部屋を再度見渡してみる。狭い畳の部屋は、物が少なく味気ない。少年漫画と扇風機、ラジカセ、新聞の山、ゴミ箱・・タンスにかかった制服はホコリをかぶっている。そして意外にも、本が積まれている。世界大戦、イラク戦争、幕末、古代史・・日中関係、経済・・宗教・・法律・・科学・・銃、兵器・・そして英語の教材。小学生の頃からチアキはこうだった。
「チアキくん、ホントは頭はいいんだからさ、学校の勉強もやろうよ」
「ホントは、って何だよ。俺はおまえみたいなアホづらしてねぇし。」
「顔が頭悪そうって話じゃないよ・・」
「うるせぇなぁ。今英語聞いてんの」
「英語聞いてるの?!イヤフォンで、音楽聞いてたんじゃないの?!英語の勉強してるなら、英語の宿題やろうよ!?」
「ナイス トゥー ミートゥ ユー、なんかやってられっか。
おまえなぁ、学校で閉じこもって、出されたメニューだけ覚えて、バカの象徴だろ。
他人が言ったことを鵜呑みにして疑いもしない・・そうやって気づきもしないままいいように操られて一生何かの奴隷として働く。そういうのが好きな奴はやってればいい。情報ってのは、裏の裏まで読め。俺が情報を集めるのはその裏を読むためだ。どうせおまえは自分で考える力はないんだろ。優等生が。だからバカだってんだよ。
俺は自分の運命は自分で決める・・たぶん」
「たぶん?」
「とりあえず、目的を果たすまで生きなきゃなんねぇ。まずはこの時代の権力構造を知っておかなきゃ、サバイバルできないのは当然だろ?そんなこともわかんねぇから、おまえは雑魚のハイエナの餌食になるんだよ。バーカ。」
「何言ってんの・・?もう・・いつも・・中2病じゃん・・」
チアキの暴言にも、シュウは、なんとなくその言葉の裏の優しさをもらった気がした。
「・・昔とそうは変わってなさそうだけどな・・人間てのはいつの時代も同じだ。大体同じことを繰り返す・・。
あ、そうだ、それと、俺を殺した奴の情報を探してる。なぁ、フェイっつー名前を聞いたことないか?」
「はぁ・・・?」
「あ・・あいつも生まれ変わってっから、名前、違うんか・・くそ。どうやって見つけ出せばいい?どういう計画だよ、くそマンジュウ。いつんなったらあいつをぶっ殺せる?ヒントでもよこせっ」
チアキはぶつぶつと文句を言っている。
「チアキくん・・。あのさぁ・・。」
「だからうるせぇよ、まだ何か話あんの?」
「・・前に、助けてくれたでしょ・・」
「あ?
・・・あーー・・、あの、トラックにひかれそうんなってたヘビ助けた話?」
「あ・・それ懐かしい・・小学3年だっけ・・ヘビのマロくん、元気?」
「マロ兄ちゃんと呼べ」
「あ、チアキくんのお兄ちゃんなんだよね・・あのヘビ。ごめんね。」
「おまえ、俺をバカにしてるだろ」
「そんなことないよ!」
「ふんっ、顔が焦ってる」
「心配してるんだよ・・変なことばっか言うから・・。
あ、その話じゃなくて。中学入ってさ・・。」
「俺、中学行ってねえけど」
「最初は来てたでしょ」
「そーだっけ?」
「その・・・私・・なんか・・昔から・・人と上手くやれなくて・・」
「おまえバカだからな。」
「ほんと・・・ばかだよ・・・。私は・・。もうどうしていいかわかんなくて・・」
「この国の学校っつーバトルフィールドは、臨機応変で複雑な戦術が必要だ。個人より集団の力を使う。まずは全体像を見て、利用できる集団と、関わらないほうがいい集団を見極めろ。入るグループ間違えたら終わりだ。どこにも入らず孤立しても終わりだ。入学して最初の3ヶ月が勝負。目立ちすぎても目立たなすぎても標的になって潰される。孤立して生き残れるのは俺みたいにタフな奴だけだ。おまえは、優等生かオタクのグループに入って安全を確保しろ。個性は出すな。空気を読め。誰も信用するな。だが信用してるフリをしろ。特に女子は、裏表が激しい。仲良さそうな顔して裏切る。言葉の裏を読め。」
「そう、前にもアドバイスしてもらったから・・頑張ってる・・んだけど・・」
「最強なのは、いくつものグループが同盟を組んで、共通の敵一人設定するあれだ。センコーにも親にもバレにくい。共通の敵一人あれば、その他全員が安全。あれを食らったら、切り札、不登校。」
「不登校・・チアキくんと同じになれるね・・」
「あー、もっと最後の最後の切り札があった。遺書書いて自殺だ。
なんでか知らんが、この時代の人間は、人間が死ぬと悲しんで反省する。さんざ追い詰めといて、死ねとか言っといて、実際死んだらそのリアクション。わけわからん。SMプレイを楽しみたいだけなのか?それならまぁ気持ちはわからないでもない」
「SMってなにの略?」
「そんで、死んだあと生まれ変わって復讐すればいい。ざまーみろ!今度は俺の勝ちだ!踏み倒して、顔がぐちゃぐちゃになるまで踏み潰してそう言ってやればいい」
「あ・・うん・・。アドバイスありがとう・・。でも、私がしたいのはそういうことじゃない気がする・・。」
「何だよ?みんなで仲良く、か?平和?寝言は寝て言え。いい加減に学べよ、夢想家」
「あのさぁ・・その・・・ううん。何でもない・・」
「んだよ、気持ちわりぃな。出かけたウンコ引っ込ますな」
「汚いなぁ。もう。
何でもないってば!!」
「ふーん」
「あの・・助けてくれて、ありがとう、って、言いたくて・・」
「あ?何か言った?聞こえねえ。」
チアキは無造作にイヤフォンを外して、シュウを見る。
「ねぇ、学校来てよ。入れ墨とピアス取ればさ、学校来れるでしょ」
「うざいなぁ。俺は入れ墨ないと死んじゃうの。
俺が学校行くのやめた理由はこうだ。昼休みタバコ吸ってっと、なぜか先輩に喧嘩売られる。タバコよこせと言われる。睨んでないのに睨んだと言われる。しょーがねーから遊んでやると、なんでかウチの親父が学校と先輩ん家行って頭ぺこぺこ下げにゃあなんなくなる。この時代じゃあ、喧嘩は勝ったほうが謝る風習なのか?じゃあ負ければいいのか?わけわからん。」
「チアキくん目つき悪いもんね・・なんでそんなに喧嘩強いの・・」
「はあ?俺は元殺し屋だぞ?バーカ。」
「チアキくんが言うと冗談に聞こえないよ。ほんとっぽい・・」
「なぁ、おまえ、なんで俺にからんでくんの?」
「学校・・来てほしくて・・」
「俺が学校行って何んなんの?問題児は居ないほうが、都合がいいんだよ」
「前みたいに・・助けてほしくて・・」
「ああ?だから声小っちぇえって!」
「学校、つまんないけど、行ったほうがいいよ・・」
「つまんねーなら行かねーよ!」
「将来のためにさぁ!」
「将来?俺は、俺を殺したムカつく奴一人ぶっ殺す。そんだけやったら、すぐ死ぬつもりだ。そのためだけに産まれてきたんだ。それまでヒマつぶせりゃあいい。将来もへったくれもねーよ。人の人生に口出しすんな。おまえは何のために産まれてきたんだよ。俺の邪魔をするなら、おまえも殺すぞ。」
「・・殺す殺すって・・。そんな・・あ・・・チアキくん、なんか、楽しいこと考えようよ、気晴らしになることさぁ!夏だから・・あ、今年の花火大会、楽しみだね!またナルさんに浴衣着せてもらってさ、チアキくんのお父さんと、ナルさんとクレさんと、みんなで行こうよ!映画も観よ!ぽにょぽにょした魚のアニメやってるよ!今年はチアキくんのおばあちゃん、来るの?」
「・・・。おまえ、帰れ。そんで、二度と来んな」
「だめ!今日はチアキくんに宿題やらせるって、ナルさんと約束したの!
宿題やったら、今日はチアキくんの誕生日会でしょ?ご馳走いっぱい食べよ!」
「あぁぁああーーーー」
チアキはうんざりしたように、天井を仰いで大きなため息をついた。
「どいつもこいつも・・。俺の誕生日なんか祝わなくていい。
フェイを殺したら祝ってくれよ。復讐おめでとうって。」
「4日早いけど、叔父さんからの誕生日プレゼントもあるって!宿題やっちゃお?」
「くだらねぇ・・」
「プレゼント欲しくないの!?」
「モノによる。気持ちよくなるドラッグならもらおうか。花火大会よりおまえの浴衣よりよっぽど良い気晴らしに・・」
「ずっと欲しがってたやつだって!」
「拳銃?ちょうど、予備にもう一丁あってもいいと思ってたんだ」
「ノートパソコン!!」
「まじか!・・これでやっと本格的に情報収集が・・」
「美味しいご飯も食べたくないの?!」
「・・食いたい・・しょーがねーな。このバカげた世界に付き合ってやるか!」
「やったあ!!」
「夏休みの宿題、全っ部終わらしてやる!!」
「今日中には無理でしょ?!?!生き物観察日記とかもあるよ!?」
「マロ兄ちゃんの観察日記なら、一年分、今すぐ楽勝で全部書ける。毎日見てんだ。何があったか覚えてるし、脱皮した日はカレンダーに書いてあんし。昨日も一緒に寝たし。皮は全部タンスにしまってある。綺麗だろ?ほら。財布にも・・」
「うわっ見せなくていいよ!!きゃあああっっ!!!」
「きゃあ!!!は、ヒドイよな。可愛いのに・・綺麗だしカッコいいのに。なぁ。マロ兄ちゃん」
「ご・・ごめん、家族、だもんね・・。そのうち、ヘビと結婚する、とか言い出しそうだなぁ・・はぁ・・」
「・・・。」
チアキは急に、思いつめたような顔で、シャープペンを握った手元を見ている。
その姿を見てシュウは、なんだかじわじわと、寒気で心が凍り始めた。かすかに手が震える。
「ほんとにマロ兄ちゃんだったら・・人間だったら・・いや・・俺もヘビになっても・・よかったのにな・・・。そしたら俺、また女に産まれてもよかったかもな・・・。なぁ・・いつか・・・・いつだよ・・・」
チアキは、どこか、ここでない遥か遠くを見つめ、切なそうにつぶやいた。カラスのように黒い瞳が、いつもより少しだけ、多くの光を反射して、きれいなビー玉みたいだと、シュウは思った。
シュウが恐る恐る言う。
「ねぇ・・チアキくん・・・。チアキくんは、産まれた時からずっと一人っ子で、お兄ちゃんなんて最初からいないんだよ・・?」
チアキは返事をしない。
「ねぇ・・ほんとに・・病院、行こうよ・・。精神科・・。
心配・・してるの・・お願いだから・・これ以上・・見てられない・・チアキくん・・嫌がらないでさ・・お父さんもほんとは・・・」
チアキは、すぐに我に返ると、シャープペンを走らせながら真顔で言う。
「そーだな、そのちっけーパイも揉ましてくれたら、二学期は学校行ってもいいぜ?」
「へっっ・・・・・・・・?!?!」
「はははっ!揉みがいがなさそーだな。もっとデカくしろよ」
「セ・・・・セクハラ・・・・」
「・・・ん?
おい、泣くなよ!めんどくせぇ!!なぁ!!
悪かったって!ちっけーとか言って。まだガキだもんな?
これから好きなヤツに揉まれりゃあ、デカくなるよ。だから泣くな、って・・なぁ!頼むよ!おい!冗談だって!まじで!」
「え・・・?
じゃあ、私、チアキくんに揉まれないと胸大きくならないの?」
「・・・・・。」
「・・・・・?」
「はっ・・・・・?」
「あっ・・・・・・・・・・・・っ」
「・・・ああ・・そういうこと?そりゃどうも」
「あぁっ・・・ああああああああ!!!!!!!!」
真っ白になったシュウの頭の中に、ひと夏ぶんの蝉が飛び込んで、わんわんと鳴り響きこだまし始めた。思考が停止したシュウを放置して、チアキは脳細胞総動員で宿題を瞬殺し始めた。
「シュウちゃーん、チアキー!もうすぐごはんできるよー!宿題、終わりそうー?」
夕立が来て、去った頃、台所から、ナルミの声と食欲をそそる匂いが登ってきた。
「何かあったの・・?喧嘩・・・?」
シュウは顔を真っ赤にして、ナルミが作ったチアキの大好物をひたすら口に押し込んでいる。
「いんやあ、別に。なぁ、シュウ?
顔が茹でダコみたいなのは、唐辛子のせいだよな?」
チアキは意地悪くニヤニヤしている。
「チ・・・・・チアキくんのバカ 変態 変質者 セクハラ ストーカー!!!!!!!!」
「おいチアキ、シュウちゃんに何した?」
「なんにもしてねぇって!!」
「これ、おかわりください!!!!!!」
「おっ、辛いの強くなったねー?美味しいならよかったー。はーい。チアキもおかわりいく?」
ごろごろの豚肉とネギがこれでもか!というくらい乗った激辛麺。激辛の鳥唐揚げ。絶妙な配合の香辛料が香る串焼き。茹餃子に、肉まん、甘酸っぱいニラの箸休め。四川風料理づくし。
「俺にもビールくれぇ飲ませろよぉ。誕生日だろー?なぁ!」
「チアキがそう言うと思って買ってきといた」
「おっ!気が利くぅ!ナルさん!」
「はい、ノンアル」
「・・・。」
チアキ以外の全員の舌に限界がきた頃、テーブルを軽く片付け、ケーキの登場。痛いほど燃える舌を冷たい甘味で癒やしたい衝動をぐっとこらえ、ケーキを囲んで、写真を撮る。毎年恒例、火を吹く怪獣たちのしかめっ面が撮れた。シュウは舌を出して涙目。主役のチアキは、不味いノンアルを飲まされ、ひどい仏頂面である。
「毎年、チアキのせいでコレだよ」
「おまえの舌はどうなってんだ?チアキ」
「こんぐらい辛くねぇと辛いもん食った気がしない」
「ベロだけ母ちゃんに似たんだべ」
みんな笑って、居間に飾られた女性の写真に自然と目線が移る。産まれたばかりのチアキを抱く優しい目は、今でも息子を見守っている。
「ナルさん、なんで俺の誕生日ケーキはいつも青いん?よそじゃ、白いクリームと苺なんだべ?それかチョコ色」
「チアキがまだユキさんのお腹にいた頃、俺とクレは高校生で、ここでバイトしてて。」
「懐かしいなあ。おまえとオンナジに、ろくにガッコいかねぇ不良だったんだぜ。」
「俺はちゃんと行ってたんだけど、クレヤは家にも帰らなくて。ゴウさんが面倒見てくれなかったら、どうなってたんだろうね。クーちゃんは。」
「そんで、そのまんまウチに住み着いた、ってわけか。で、何で青なの?」
「ヒマだからユキさんに料理も教わってたんだけど、日本のケーキって白でしょ?白じゃ縁起が悪いって。」
「縁起が悪い?」
「お葬式のイメージなんだって。」
ナルミは、ローソクを13本数えて刺した。一本一本に、手をかざして丁寧に火を付けていく。「消すどー」父親が頃合いを見て立ち上がり、部屋の照明を消した途端、嘘みたいな夢みたいな空間が広がった。温かい光が、ケーキを浮かび上がらせる。目が慣れてくると、ゆらゆらと今にも消えそうな炎が、意外と力強い明るさを持っていることに驚く。
「で、何で青なん?」
「木みたいに、長生きしますようにって。何百年も生きる大木みたいに、巡り巡る時代を全部見て、たくさんのことを知って。それで、寒くて暗い冬を終わらせて、春をもたらす子になりますようにって。」
「それが何で青なん?なんで木が青なん?木は緑だろ?」
「うーん、文化の違いだよ。国によって色からイメージするものが違うんだよ」
「もう、早く食べましょうよ」
シュウは舌を出して、ヒーハーやっている。
チアキは、ケーキに書かれたチョコレートの文字をちらっと見てから、鼻息で炎を消した。13th Happy Birthday Chiaki 2008.7.24 溶けたロウソクの匂いが立ち込める。
「鼻くそ飛ばしといたから」
「チアキの鼻くそ入りケーキだねー」
「うえぇえ」
ケーキが切り分けられていく。
「チアキの鼻くそなんぞどうってことねぇわ。俺たちゃ、チアキのウンコケツ拭いてきたんだ」
「オムツ替えもミルクもほとんど俺がやってたじゃん。クーちゃん下手くそで、チアキがよく怒って泣いてた」
「贅沢言うな、赤ん坊のくせに」
「いっただっきまーす!あ、チアキくん、誕生日おめでとう!」
シュウは待ちきれず大口でケーキをほおばり、幸せそうにしている。
「もう9時か。シュウちゃん、母ちゃんには9時に帰るって言ってあんだべ?
チアキ、送ってけ」
「ええ?俺がぁ?近けんだからいいべがな」
「女の子一人で夜に歩かせるんか。近くても家までちゃんと送ってけ」
「めんどくせぇ。クレさん行けよー。外暑いだろ・・蚊いるし・・」
「酔っぱらいは頼りにならないからダメ」
「チアキぃぃい!!おまえは男かぁああ?!」
「うい・・。男っす。」
「好きな子一人くらい守れぇえ!!」
チアキは渋々、シュウと外に出た。エアコンで冷えた体が、じわじわと温められる不快感。二人ともお腹がいっぱいで、ゆっくりと歩き出す。
酔っぱらったクレのせいで、余計なことを思い出してしまったシュウは、気まずそうだ。
「別に、チアキくんが・・その・・・す・・好きとかいう意味じゃないんだからね!!勘違いしないで。バカじゃないの。ナルシスト?自意識過剰?まじキモい」
「・・・。おまえさぁ、好きなヤツんとこ来るなら、もっとエロいかっこして来いよ」
「はぁああああ?!?!サイテー!!!ってか違うってぇ!!」
「めんどくせぇなぁ・・。
女っつーのはこれだから・・。って、俺も女だったか・・。」
「え?女?チアキくん、男でしょ・・?男・・だよね・・?」
シュウはチアキの精神病が心底心配そうである。
「むかし女で、一回死んで、男に産まれたの。女は懲り懲りだったからな。
別に、性同一性障害ってやつじゃない。たまに、女な気がしちまうけど。その度に確認すんだ。」
「・・・?」
「ちゃあんと、タマついてんだよ!うらやましいだろ?見るか?」
「きゃああ!!変質者!!」
「バーカ」
チアキはゲラゲラと笑っている。
「女だったけど俺は・・ほしー時は素直にほしーってアピールしてたぞ?恥ずかしがるのがよくわからん。生き物なら当然なのに・・」
「何の話ですか!」
「あんれ、俺の彼氏の名前、何つったっけかな・・?」
「チアキくんの・・???彼氏・・・??????カレシ・・・?!?!」
「女として生きてた頃の話だ。産まれてくる前の。俺は同性愛者じゃない。ナルとクレみたいじゃない」
「えっ?!ナルさんとクレさんて・・そうなの?!?!?!?!?!」
「気づいてなかったのかよ・・あきれる・・・どう見たってありゃ夫婦だろ。」
シュウはショックを受けたような顔をしている。
「なんでおまえがそんな顔すんの?ナルのこと好きだった?それかクレ?残念だったな。女のおまえにチャンスはない。」
「ち・・ちが・・!びっくりして・・男同士って・・」
「何がびっくりなん?同性愛禁止の宗教でも入ってんの?」
「ちが・・」
「この国のこの時代じゃ、結婚は男女じゃないといけねんだっけ。へんなの」
「へんなのはどっち・・あ・・」
「偏見差別ってこれか。おまえももう人のこと言えねえな」
「ごめんなさい」
「あいつらはそういう周りの目に慣れてるはずだから、平気だろ?
あ、だからあいつら家出してウチに住み着いたのか・・・なるほど。
・・人間は、女に産まれたり男に産まれたりするのにな。くだらなっ」
チアキは世間をあざ笑った。
「おまえは、産まれてくる前の記憶、ねぇの?」
「何それ?過去生を妄想するゲーム?」
「んいや、ねーなら別にいいや。」
チアキは、なんとなく空を見上げた。雲が流れている。今夜は明るい。
「・・あれ・・あいつの名前、まじで何つったっけかな・・?
どうでもいいことは忘れるもんだな。ジェ・・ジョ・・・・?
ジャ・・ジャクスティン。」
「外国人?!しかも!!」
「ん?あー、俺もそん時は外国人、だな。
つーか、確か、黄色人種は、原始時代だったか古代時代だったか大昔に絶滅したとか。軍学校で習ったから、当てにならん情報だが。歴史ってのは、力のあるヤツにとって都合よくでっち上げるもんだ。
屈辱だよなぁ。原爆で死ぬとか。」
「え・・・?」
「昔はそんな武器が最強だったんだぞ。くそダセー。笑える」
「え・・・・?」
「俺は世界一の殺し屋やってた。世界一のな。たぶん。」
「たぶん?」
「いやぜってぇ俺が一番だし!負けたことは一度もねぇ!!くそ!!それなのに!!あのヤロー!!俺を殺しやがって!」
「チアキくん・・?さっきから・・おかしいことばっか言ってるけど、大丈夫?」
「俺はなぁ、やべー武器使ってたんだぜ?クソ金かかったけど、たまんねーぞ?ムカつくヤツ全部きれーさっぱり消せるんだ。うざいものは全部消した・・・世界の全部が・・うざかった・・・。俺の好きなものを奪うから・・」
「チアキくん・・?やっぱり病院行ったほうがいいよ。ほんとはお父さんも心配してるんだよ・・?いつも変なこと言って・・。嫌がらないで、精神科に・・」
「おめーは今と変わらず、前世でもバカなお勉強屋してたんじゃねーの?
生まれ変わっても性格はそう変わらないもんみたいだからな」
「大学生」
「あ?」
シュウは唐突にそう言った。
「そういう夢を見たことがある」
「おお・・」
「理工学部。宇宙最大の総合大学。セントロピキシスっていうの。巨大な宇宙船が丸ごと、学生もプロもいる研究所なの。私は自由研究のチームメイトといつも一緒だった。優しくて、いつもふざけてて、楽しい仲間よ。私の悪いところも指摘してくれて。フェイ・・フェイ、そう、フェイ。いつも優しくアドバイスしてくれて、励ましてくれた。彼は史上最年少で入学したの。初めて会った時はびっくりしたわ!幼稚園を卒業したばかりだって言うから!小さな天才王子なのよ!」
シュウが別人のような顔つきをし始めたのを、チアキは見た。しゃべり方の雰囲気もだいぶ違う。
「でも、フェイはだんだん学校に来なくなって・・顔色が悪くなっていって・・心配だった。何かきっと隠してる・・笑顔の裏に、大きく重たいものを抱えて・・苦しんでるように見えた・・ずっと一緒にやってきた仲間なんだから、話してほしいのに・・王子だったのが王様になって・・きっと、守りたいものがあったんだ・・って、私、何言ってんだろう・・ただの夢だよ。リアルな夢の話」
「おまえがそこまでフェイを知っていたとはな。ディキュラの王だろ?」
「公式には、王っていう言い方はしないの。支配者じゃなくて、各種族の代表者。代表は、共存同盟のもとに、みんなが幸せに暮らせるように働くの。フェイは絶滅危惧種、ディキュランの代表になった。ディキュランは絶滅させるべきだっていう過激派もまだ少数いたの・・。でも私たちはフェイをよく知ってる。みんなに公平に優しくて・・え・・実在するみたいに私、語ってるね・・変だな・・ただの夢の話し、なのに・・」
「各種族の代表者?あいつはバカの代表だな」
「この世界を研究したかった。なんで人は傷つけ合うのか、知りたかった。知らなきゃならないの。夢の中で、はっきりそう思った。守りたかったの。未来を。また戦争を起こしちゃいけないの。ディキュランと戦ってはいけない。戦っていいことなんてひとつもない」
「なんだ、ちゃんと前世、覚えてんじゃん」
「だから夢だって・・」
「つか、おまえ、やっぱバカだな。
戦争を起しちゃいけない?どういうことだよ?なんで傷つけ合うのか?それは生きてるからだ。人間も動物も草も木も、焼肉定食やってんじゃねーか。おまえ、頭、大丈夫?」
「弱肉強食、ね。
戦争を起しちゃいけない、って、そうやって・・大人から教わったから・・戦争体験者から教わったから・・。
でも、私は知らない。争いを知らない戦後産まれ・・。勉強をして知った気になってるだけ・・。
そう・・だから・・ここに来た。」
「・・それが、おまえがここに産まれた理由か」
「・・。
だたの夢だよ・・」
「バカは夢を見る。それなら、目の前の現実をよく見ろ。みんな食い殺し合ってるだろ?そうじゃなきゃ生き残れない。当たり前の話だ。何十億年経ったって、この世のサバイバルゲームは変わってない。強い奴、賢い奴は生き残る。学校も社会もそうだろ。あと、運のいい奴な。俺はその3つ全部を持ってた。だから前世じゃ最後まで生き残った。」
「・・・。」
「この時代は気持ち悪りぃ。どっちを向いても平和平和って。俺の生きてた時代は、人はもっと素直だった。守りたいもんは守る。邪魔な奴は倒す。利用できるもんは使い捨てる。それの何が悪い?人ってのは、そういうもんだろ。好き勝手やって生きてんだよ。戦争もスポーツもビジネスも政界も受験も。ガキ同士の遊びだってそうだ。なんもかんもが、弱肉強食じゃねーか。愛とかいうやつもな。美男美女、金のある奴を勝ち取るゲームをしてる。夫婦になってもバトルばっかだ。俺は高値で売られたくらい美女だったから、それなりに楽しかったぜ?ジャクスティンは愛だとかなんだとか言って妄想に取り憑かれてたけど。必死こいて勉強して空軍のパイロットになったと思ったら、国境破られて初出撃から修羅場。死にかけを俺が助けたが結局死んだ。生きて帰ってきたら結婚しようだって?愛してるだってぇ?君を守る?そんなこと言ってっから死ぬんだよ!ばかが!」
シュウはなんだか涙が出てきた。
「なぁ、シュウ。上っ面だけ平和を塗りたくる理由は何だかわかるか?
残酷さに気づかないようにするためだ。人間は弱い。甘ったるい世界を望んる。でも実際に平和な世界なんか作れないもんだから、平和だと思い込みたいだけだ。自分を良い人だと思うと優越感も感じるし、善人は尊敬され支持を得る。だが表向きだけ。実際はくそ死ねとか思ってるし、悪口も言う。気づかれないように嫌がらせもするし、正当化して踏み倒す。他人を都合の良いように利用する。本人もその矛盾に気づいてないんだから、もう病気だな!その弱みにつけ込むから、平和主義は強い。正論みたいだから、誰も反論反撃できない。平和を叫べば人が同意する。集まる。安心する。バカだよな。それで選挙に当選する。募金が集まる。平和を歌った歌が売れる。力と富と名声を手にする。平和だと思い込ませて目くらまししとけば、その下の悪事に気づかない。いいように操られてることにも気づかない。反乱も未然に防げる。誰が考えたか、上手いやり方だ。平和って言葉も結局サバイバルの武器の一つに使われてるってトリックに気づけ。命が失われるのはあってはならない?悲しい?平和のために祈りましょう?民主主義?平等?笑えすぎて三杯メシ食えるわ。
その前に、おまえの腹ん中見てみろよ!」
チアキは本当に、おかしそうに笑っている。シュウはなんだかぞっとした。
「なぁ、シュウ、さっきおまえ、何食った?」
「え・・・。えっと、激辛麺と・・唐揚げと、串焼きと、・・激辛サラダと、ケーキ・・」
「おまえは今日、それだけの動物と植物を殺したわけだ」
「ああ・・・」
「自分が生きるため、旨い思いをするために、他の生きものを食い殺した。弱肉強食だろ?平和なんか無理だ。アホの妄想だ。弱虫のありえねー現実逃避だ。」
「そうなの・・かな・・。」
「それとも、ヘイワっつーのは、人間同士だけ仲良しして、他の生き物は人間の奴隷にする、それをヘイワっつーのか?ご都合が良くてよろしいわ!」
無口なチアキが、今日はものすごくしゃべっている。シュウは怖かった。チアキが壊れてる気がした。さっき少しお酒を飲んだせいかな・・それとも壊れてるのは私のほう・・?それとも、世界のほう・・?
「でもさ・・・。でもさ。
ありえなくても・・。見つけなきゃいけないんだよ・・。
みんなが幸せに生きられる世界を・・。」
「はっ!ご苦労なこった!おまえもすぐ死ぬタイプだな」
「そのために産まれて来た気がするから・・さ・・・・。」
「そりゃあ、一体、何十回生まれ変わって探し続ければ見つかるんだ?何千?何万?何十億?宇宙が消滅するまでに見つかるか?」
「わからない・・」
「あのなあ、気に入った奴だけ少しだけ、守って、楽しくできればいんだよ!家族と・・友達と。おまえも諦めろよ」
「・・。チアキくんは、いじめに合ってた私を助けてくれた・・。
弱い私を助けてくれた・・。チアキくんは弱肉強食じゃ、なかった。チアキくんは、私が友達だから助けてくれたの?」
「ん・・・・????んなわけ・・んんん????」
チアキは、落ち着かない様子で困っている。
「・・・・家族・・?」
「家族・・?」
「みたいなもんだろ・・ばかが」
「・・・・・。」
「バカと動物は嫌いじゃない。・・っておい!また泣くなよ!!ばかって言って悪かったって!!ったくもう!!弱虫!」
「ねぇ、チアキくん。私、チアキくんのためなら何でもしたいの。すごく心配してるの。チアキくん家、お母さんいないでしょ・・辛いときは、そう言ったほうがいいよ。我慢してると、心が壊れちゃうよ。ううん、もう壊れかけてる。チアキくんは強い人だけど、自分ではたぶん気づいてなくって・・本当はずっと寂しいんじゃない?隠さなくていいんだよ・・私、どんなチアキくんでも、かっこ悪いとか思わないから・・。家族・・なんでしょ?」
「人の心配する前に自分の心配しろよ」
「私も助けたい・・」
気がつくと、シュウの家の近くまで来ていた。夜の公園で、子供をあやしている人がいる。泣き止まず、途方に暮れている。そのすぐそばでは、中学の先輩がタバコを吸ってゴミを散らかして談笑している。以前のシュウなら、声をかけていただろう。だからバカだってチアキに怒られる。人に馴染めず、いじめに合っているのもこの性格が原因だと最近わかってきた。正義を押し付けても、人の心は動かせない。理解し合うことなどできない。平和から遠のくだけだった。
「違う・・。私が助けてほしいの・・前みたいに・・ヒーローみたいに・・
もう、どうしていいかわかんない・・・・
学校も、家も・・・この人生が・・私にはもう・・
答えをまだ見つけてないのに・・・諦めたくない・・でも、もう限界なの・・
弱肉強食の世界は・・辛いね・・。」
「それがわかっただけでも、産まれてきた目的の一つを果たしてるじゃんか。」
「あ・・そっか・・。
夢で見たのが、本当に前世なら、私の故郷は地球の外にあるの・・元の世界に帰ったら、どれほど辛いことか、みんなに報告できる・・だから戦争はしないほうがいいよ、って・・・しないようにみんなで協力しようよ、って・・・。」
「まーだ言ってら・・・」
「・・・そろそろ・・帰りたいな・・・。
・・・帰っても、いいかなぁあ?故郷に・・」
「帰れよ。家に着いたぞ」
気がつくと、シュウの家の前まで来ていた。
「家に帰っても、帰りたいって思うの・・すごく・・すごく・・どこかに帰りたくなる・・・変なの、ここが家なのに・・」
「なら、ここのおまえの家族は、おまえの味方じゃない。守るべき家族じゃない。」
シュウはしゃがみこんで泣き始めた。
「そんなこと・・っ!お母さんも、おじさんも、私のために喧嘩しているの!国籍とか人種とか・・もううんざりだよ・・どっちの国の人にもなりきれない・・家がないんだよ・・どこにも・・歴史って嫌いだよ・・だって私は、日本人を拉致してないし、朝鮮人を奴隷にしてない!!私は絶対にそんなことしないのに・・!!」
「おまえはおまえだ。何人でもない。松方(まつかた)心優(しゅう)っていう、世界に一つの人種だ。人の数だけ人種があるようなもんだ。よく考えればそうだろ?元をたどれば同じ一匹の魚だった。混ぜ混ぜになりながら繁殖してった。純血なんてない。全員何かしらの複雑な混血だ。明確な線引なんてない。それを、見た目や国籍だけでざっくり人種分けして、いざこざしてる。ほんっと、バカだよな、人類は!はははっ!どんぐりの背比べだろ!それで殺し合って、おもしれぇ!
気が触れたバカどもの言うことなんか気にするなよ。」
「チアキくんは、本当に強いね・・」
「当たり前だろ。そうじゃなきゃ殺し屋やれるか」
「ねぇ・・学校、来てよ。それで・・一緒にいてよ」
「んー。じゃあ、助けてほしきゃあ、まずはチューしてもらおっかな」
「へっっっ?!?!?!?!」
「はははっ!ばーか!
ほら、家に入れ。風呂入って寝ろ。屋根のついた家があるだけでも、いいほうだろ?」
「あっ、ちょっと!」
「んじゃまたなぁー。
今度、エロいパンツ楽しみにしてっから」
「はぁあ?!?!」
ヒラヒラと手をふる。
「あんまり興奮すんなよ、寝れなくなっから。んま、夜中に相手してやってもいいけど。これからどうせ夏休みだし?」
「何の話よぉ!!ねぇ!!!」
「ああ、あと、あんまり泣くなよ、ブスがもっとブスになるから」
「・・・!!!!
・・・・いっぺん死んでこい!!!!!」
「はははっもう2回も死んだよ。じゃーなー」
チアキは口笛を吹きながら、闇夜に消えていく。
雲間から、丸い月が顔を出した。昼間のように明るくなる。
シュウは家に入らず、眩しいほど輝くそれをずっと見つめていた。
チアキくんみたいな強い人だったら・・きっと・・
案外すぐに答えを見つけられるかもしれない・・・
・・・・つづく
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