「許されなくてもいいから」
『僕には、想い続けている人がいる』
雪は、降り続いている
昨日の太陽が昇る前から、ずっと
『ずっと片思いで、全然振り向いてくれないのだけど』
人々を愛し、人々に愛され続ける、1人の偉人の誕生日を、この国でも迎えて数時間が経つ
『それどころか、全力で嫌われている』
数日前から、店は全て閉じられている。暗く狭く人気のない路地裏
『それでも、好きで好きでしょうがないんだ』
フードで顔を隠した少女が、白い息を吐き出しながら懸命に歩く
『あの人のことを思い浮かべるだけで、僕は息も思考も止まる。なんだか、どうしようもなくなってしまう。
あの人の、もっと奥の奥が見たくて、手を伸すけど』
家々の窓の奥には、今日飾られたばかりの電飾が灯る。暗闇に紛れようとする少女は、暖かい窓たちの前を通るたび、孤独なシルエットに浮かび上がる
『でも、どうしていいか、わかんなくて。
だから、ぎゅって抱きしめて・・
それで、僕たちは暖炉の前に置かれた雪だるまみたいに、2人は溶け合って、いつの間にか、僕と君の境界がわかんなくなって。それで、そのまま同じ一つの水たまりになって。
それで、二度と僕から離れられなくなっちゃえばいいのにって思う。
そうしたら毎年僕たちは、美しい結晶になって、一緒に空から降り注ぐんだ。雪遊びの子供たちに、僕たちはまた雪だるまにしてもらって、お互いの不格好な顔を見つめ合って。人参の鼻をこすり合って・・
そんなことをしたら、また僕は君に溶けちゃうよ・・・』
少女が子供の頃から毎年聞いてきたメロディーが、家々からもれてくる。たくさんのお菓子とご馳走、それから、天使の姿をした幼いイエスにもらったプレゼント。今日の出来事に、お腹も心もいっぱいで、幸せな夢を見ている子供たちを起こさないようにと、低く談笑する大人の声も。それらはすべて、道端に寄せられた雪が耳を澄ませて聴いている
『僕は"あの人"を幸せにしてあげたいと思った。あの人が幸せでいられる、暖かい世界を作ろうと思った。あの人が、もう泣くのを我慢しなくていい世界を』
もう悲しい涙を流すこともない
今更迷うこともない
少女は、何にも構わず歩き続ける
『でもね、僕は、あの時、迷うこともなく・・
あの人を・・
あの鼓動する熱い体を・・』
少女は、曲がり角で立ち止まった
『殺してしまった。』
少女は、空を見上げた
『それは、赤くて赤くて、赤かった。
頭がおかしくなるほど、どうしようもなく、赤かった。
振るえるほど赤かった。
とどまることなく、濃厚な液体が溢れ出した。
溢れて溢れて、僕はなんだか溺れそうになった。
だから、全部、飲み干した』
果ない広大な暗闇から、罪深い地上の何もかもを覆い隠してくれる柔らかい白い粒が、次から次へとたくさん降ってくる
"きっと神様が、許してくれたんだ・・・"
聖なる夜に、私の罪を隠すことを許してくれた。そう思うと少女は嬉しくて、神に感謝を伝えたくて、涙を流して祈る
『今さら涙を流して謝っても、許されるとは思っていない。
もし簡単に許されてしまったら、僕はまた同じことをしてしまうだろう』
少女は、曲がり角の先を見る
さらに狭くなる、病院に面した裏道り
壁から突き出る小さな看板を見る
そして、両腕に抱いた赤ん坊の顔を見た・・
『だから僕は、
今度は僕が、
"あの人"に
"殺されるために”
この世界に生まれてきた』
腕の中の息子は、おとなしいからずっと寝ているのだと思っていたのに、大きな目でじっと見つめられて驚く
青い瞳の奥に、血管の色が透けて見える
柔らかい肌は雪よりも白い
息子に"覚悟を決めなよ、僕はもうできてるよ"そう言われている気がした
少女は、小さく熱い命を包んでいるタオルの間から、小さく白い封筒を、少し引き出してみた
封筒と、自分の心を確かめて、またしっかりと元に戻す
人目を気にしながら足早に看板の下まで行くと、"それ"は残酷なまでに唐突に、壁に付いていた・・
"それ"はキッチンオーブンくらいの小さな扉
『やって、やられて、同じだけ痛みを味わえば、きっと少しは、仲直りの扉も開くかもしれない。・・・たぶん、少しだけね』
この世には、様々な扉がある
今日、この街の多くの子供たちが、待ちわびたこの日の、一つ残された今年最後の小さな扉を、最高にワクワクしながら開けただろう。中には大好きなお菓子が入っていたかもしれない。新しいおもちゃに大喜びしたかもしれない
少女は、目の前の扉に手をかける
自分に残された、最後の選択肢。
最後の小さな扉。
手は尽くした。
十分苦しんだ。
もう、いいだろう・・・
少女は、かじかむ手に力を込めて、その扉を開けた
『"あの人"の心の扉は開けなかったとしても、少なくとも僕の気持ちは少しだけ軽くなる。自己満足なんだけどさ
少しだけ、ね・・・』
少女は、抱えていたものがなくなって、両腕が自由になった
身軽になって、置いてきたものから逃げるように走る
"隠して 隠して
何もかもが真っ白の世界に、私の罪を隠して。罪は許されない。
でも、罪を隠すことは許されたの。
何もなかった。何もなかったの・・"
降雪は深まっていく
『でも、強く期待してるんだ
いつか、いつか、遠い未来でもいい
僕もあの人も、ずっと抱えている重たいものがなくなって、身軽になった時。まるで何事もなかったかのように、また笑いあえたら・・・
何もなかったように・・』
夜が明ける頃、雪は止んだ
赤ん坊は看護師に抱かれ、ミルクを飲んでいる
少女の罪悪は潔白の粉で埋もれ、そのまま誰にも見つかることはなかった
■
雪のように白い産毛を、ぽやんと生やしたばかりの赤ん坊が、白く明るい天井を見上げている。大きな飴玉のような瞳は、温かいような冷たいような、複雑な色をしている
『僕の名前はフェイ
捨てられた時に一緒にあった手紙に、名前と誕生日と、それと病気かもしれないってことが書いてあったらしい』
まだ短い足をばたつかせ、キョロキョロと周囲を見る
『捨てられたことは好都合だ
殺されるために生まれてきたんだから
僕が死んだ時、家族を悲しませないですむでしょ?』
保育士が、オムツの中を確認する
『あ、まだしてませんので、大丈夫です』
そう言ったつもりが、声は「あぁーうー」と出ただけだった
保育士に抱かれ、一緒に窓の外を見る
「雨、止んだねぇ。お花が咲いてるよ。綺麗だねぇ。見てごらん、フェイくん」
『僕は、この体に生まれて来る前にも、フェイという名前だった。お父さんとお母さんと、妹、それから友達がたくさんいた。中には、僕のことを悪魔の種族と呼んで怖がる人もいたけどね』
一冬かけて積もった雪は、人間が生み出して積りに積もったあらゆるものの一切合切を美しい結晶で包み込み、一緒に溶けて流れ大地に染み込んだ。そしてそれは、根を張った生命に吸い上げられ、もう早くも白いりんごの花に生まれ変わっていた
保育士が言う
「りんごの花の花言葉って、何でしたっけ?」
『僕は、この体に生まれて来る前に、好きな人を殺してしまった。』
部屋の奥にいる別の保育士が答える
「"名誉"
だったかしら。それは花じゃなくて木、だったかも?」
『僕はその人をこの手で殺害したことによって、国民から王様としての名誉と信頼を得た。』
「今、検索してみた。りんごの木、じゃなくて、りんごの花の、花言葉は、
"優先" "選ばれた恋"
だって」
『仕事と恋の、優先順位を間違えたのか。あるいは正しい選択だったのか。それにしても』
「で、果実はぁ、
"誘惑" "後悔"」
『あの人の血の誘惑に負けたのは事実だ。それは自分が一番よくわかっている。そして、それが一番後悔している』
フェイは「うーあー」とぐずり始める
「どうしたの?おかあさんがいなくて不安なの?大丈夫よ」
保育士が優しくフェイの背中をポンポンと叩く
『恥ずかしくて悔しくてたまらない。甘く愚かな誘惑に僕が負けるなんて。自分でも信じられない。ショックでまだ受け入れたくないけど。欲望を抑えきれなかった。
普段はちゃんと我慢してきたんだ。むやみに人を傷つけないように。怖がらせないように。自分の内側から本能的にわきあがる食欲と殺人欲求をコントロールするのも、もうすっかり慣れた。でも、あの人は・・他の人とはちょっと違う。たまらなく好きなんだ・・美しくて、強くて、眩しくて・・いつもあの人が欲しくてたまらない。あの人の血を飲んだら、僕の冷たい煙みたいな心の中にそれが入ってきて・・体の内側からあったかくしてくれる。元気づけてくれる。愛してくれる。全部飲み干さなくちゃ、気がすまないよ。
ねぇ。愛してるよ。君は今、どこにいるの・・』
「そろそろ診療の時間です。今日は採血をします」
「お医者さんにみてもらおうねー。それが終わったら、お庭に出ようか。今日はあったかいから」
昨日の冷たい雨を吸った植物は、初夏のような青空に向かって一気に伸びをしている
子供たちは、太陽がさんさんと降り注ぎ、春の草花が輝く庭で遊んでいる。フェイと、もうひとりの子供だけは、サングラスをかけて、日陰で心地よく保育士に揺らされている
「フェイくん、今日も怖がらなくて偉かったね〜。看護師さんがフェイくんの注射はいつも楽で助かるって」
『一番怖いのは、自分自身だ。物心ついた頃からずっとそう
大切な人を殺してしまうという、最も恐れていたことを、あの日あの時、自分で現実にしてしまった
バカだと言ってほしい。そうだ、僕の国はディキュラ(Dicula)っていうんだよ。ridiculous!
宇宙で一番暗いところで産まれたんだけど、昔々、光の世界に住んでいた種族が闇を切り裂いてしまったから、行き場がなくて、人の心の闇に住むようになった。そしていつも光を恐れている。だから光を滅ぼしたくて、戦争をした。気が遠くなるほど長い長い戦争だった。ディキュラ族は宇宙全域を支配し、栄華を誇った。貴族たちは王座の争奪戦で次々と死んでしまった。王座に興味がなかった僕のお父さんだけ、気づいたら一人生き残っちゃって。仕方なく新王になったお父さんだけど、戦争なんてつまんないって、仕事をほっぽらかして遊んでばかりいた。そんな時、宿敵だったアルセラ族の少女に恋をした。それが僕のお母さん。今はアルセラの女王。王がデートに明け暮れている間に、ディキュラはみるみる崩壊した。追い打ちをかけるように、ドロピア族が、ディキュランを大量虐殺できる新技を編み出した。それは、生き物なら誰もが持っている心の闇を、最小限に縮める技である。人の心の闇がなければ、ディキュラは死んでしまう。最後の最後で形勢逆転。命からがら生き残ったディキュランはわずか数十名。宇宙大戦は休戦。僕はそのあと、"ちきゅう"誕生と同じくらいの時期に、双子の妹と一緒に産まれた。戦争経験はないけど、歴史はよく勉強している。それで、幼稚園を卒業したあと、ディキュラの王様になった。光の種族と共存同盟を結び、なんとかやっている。ささいな争いが大規模な戦争に拡大しないよう、細やかに、時には大胆に、両者間の要望の食い違いを調整をしている。仕事は大変で疲れるけど、今は休暇をもらって、こうして"ちきゅう人"になった』
金髪をツインテールにした幼女が、拾ったりんごの花を持ってきた
「フェイくん、あげるー」
「ありがとー。
フェイくんもありがとうーって言ってるよ」
「フェイくんもあそぼうよ」
「フェイくんは、日陰がいいの。
日に当たると、痛い痛いってなっちゃうの」
「なんでえ?」
「生まれつきそうなのよ」
『僕は痛みという感覚を知らない。ディキュラの体は痛みを感じない
体が、あるようで、ない。普段は、煙のように宙を漂っている。物質化する時もある。手足があって、ちゃんと顔もある
元々ディキュランには、体がなかった。意識だけが、闇の中をふわふわと漂っていた。闇は、僕らを包んで守ってくれるお家、というか、皮膚だ。体の一部だった。でも、光が闇を切り裂いてしまった時、僕らの先祖はアルセラ人の体に寄生して生き延びた。ディキュラ人の体は、アルセラ人のソンビだ
僕はずっと憧れてた。生きた人間に。人の生き血をすすらなくても生きていける体に
今、僕の体には、エネルギッシュな赤い血が流れている。煙になることもできない!牙がない!耳が丸い!爪も丸い!心臓が動いてる!体が熱くて重い!
この体で僕は、あの人と同じ痛みを、感じることができる!』
幼女は次から次へと、ちぎった雑草や花を摘んで持ってくる
『あの人は今、この世界のどこかで生まれ、どこかで誰かとして生きているはずだ』
フェイの周りが、彼女からのプレゼントでいっぱいになった。ぷにぷにのグミみたいな柔らかい手で、彼の瞳と同じ色の花を、一つ掴んでみる。フェイの手にはまだ大きい。膨らんだ花の中を覗くと、その中に入れる気がした。フェイを担当する保育士が、口に入れてしまわないか注意して見ている。別の保育士が驚きを口にする
「あら、もう咲いちゃったの?
ずいぶんせっかちさんね。温暖化の影響かしら」
「ぱんぱぬら」
「そうよ。カンパヌラ。
小さな鐘、っていう意味なんだって」
「むかしむかし、それはそれは美しい少女がいました。少女は、大切な黄金のリンゴを守る番人でした。ある日、悪いやつが来たので、少女は鐘を鳴らしてみんなに知らせました。でも、みんなには聞こえなかったのです。少女は一人で戦い、悪いやつに命を奪われてしまいました。可愛そうだと思った花の女神様は、少女をこの花に生まれ変わらせました」
「ほんとう?黄金のリンゴはどこにあるの?おいしい?先生食べたことある?」
「そんな話だったっけ?」
「だいたい」
「その花見ると、元カレ思い出すのよね」
「え?告白の時にもらったとか?」
「告白の時に、も、もらった。"この花の花言葉を、調べてみて"そう言って渡されて」
「それで?」
「感謝、誠実さ、節操、想いを告げる、誠実な愛、だって」
「あら素敵。それでOKしたのね!」
「でも彼に裏切られて、信頼してたのに。やり直そう、って、この花いっぱい差し出されて」
「それで、許したの?」
「許してたら、今の旦那と結婚してないわよ!」
保育士たちが笑っている
『それはそれは美しかったあの人は、生まれ変わった姿もきっと、どんな花より美しいだろう。この星のどこかで、いつか必ず再会できる。しかも今度は同じ"ちきゅう人"だ!楽しみで胸が締め付けられるけど、どんな顔して会えばいいんだろう。
ちゃんと謝りたい。でも、許してもらおうとは思っていない。謝罪の花なんか受け取ってもらいたくない。愛の花を差し出して想いを伝えるつもりもない』
フェイは、赤ん坊の本能的な仕事として、花を口に入れようとするが、保育士に取り上げられた。仕方ないので、サングラス越しに、光の中で遊ぶ子供たちをぼうっと眺める
『あの人だけじゃない
僕は大勢の"ちきゅう人"に、残酷なことをしてきた。それは僕が望んだことではない、というのは言い訳だ。最終責任者として計画の実行を許可したのは僕だ
ディキュランが生き延びるには、人々の心の闇を拡大させなければならない。そしていつかは、光を根絶やしにしなければならない。僕の国民たちはそう思っている
残酷なことをするのは、その方法の一つだ。ディキュランは、人の潜在的、本能的な死の恐怖に語りかけ、欲望を引き出し、思考や行動を誘導するのが上手い。そうやって争いを起こさせ、残酷なサバイバルゲームの世界を作り上げる。戦争でも、ビジネスでも、人種差別でも、いじめでも虐待でも夫婦喧嘩でも何でもいい。あるいは、病い、飢餓、災害、天罰、悪魔、地獄・・人々の恐れるものをたくさん作り出す。恐怖に突き動かされた行動は、恐怖を増やす結果を生む。そのシステムができあがってしまえば、人々は闇を増大させながら勝手に自滅へ向かってくれる。しかし人々に気づかれては困る。この恐怖心は幻想だと。本当に欲しいものは、争いではないと。手を取り合って発展的な光の世界を作っていけると。だから、常に敵を作る。満たされることのない欲望を追いかけ続けさせる。その罠には、いとも簡単に大勢の人がはまっていく・・罠にはまった人々は、操り人形だ。手駒や家畜、そしてそれは、ディキュランの安心できる住環境とも言える』
フェイの鼻先に蝶が止まった。フェイはくしゃみをした
『そのやり方は卑怯だから、僕は好きじゃない。それに、僕たちが生き延びる方法は、それじゃない。でも、僕が産まれる前から国民はずっとそうしてきた。彼らの考え方や体質を、少しずつ変えていくのも、僕にしかできない重要な仕事だ
光と闇は一対の鏡だ。光を滅ぼすことは、自分たちを滅ぼすことだと、いつも伝えている。僕は、ディキュラを本当の意味で守りたい。だって、僕に流れる血は、半分ディキュラ人なんだ。国民たちは身勝手だけど、大事な仲間だ。家族だ。僕は、静かな闇に包まれてほっとする安心感も、光の中で元気に生きる楽しさも、両方知っている。お母さん、妹、幼馴染、大学の親友、光の世界のみんなが大好きだ。どっちも守りたいし、どっちも僕には必要だ
それなのに、光と闇はいつの時代も戦いたがる』
庭の子供たちは、影踏みをして遊び始めた。きゃきゃっと笑い声が、フェイの小さな鼓膜を震わせる
おもちゃの取り合いになって、思い切りぶった。大泣きながら反撃する。おもちゃを投げる。小石を投げる。髪を引っ張る。派手に転ぶ
保育士が駆けつける
『だから、
"争いはもう嫌だ"
誰もが心の底からそう思えるまで、"ちきゅう"は戦場となる
大量破壊兵器や環境破壊で惑星ごと滅びないよう、僕たち評議会は厳重な監視をしている。緊急時には、"ちきゅう人"にバレないよう強制介入をする。"ちきゅう外生命体"の存在が公になったら、たちまち宇宙戦争が始まるだろう。二度と同じ惨劇を繰り返してはならない。宇宙戦争は絶対に起こしてはならない』
かんしゃくを起こして暴れる子供、痛みで大泣きする子供を、保育士が抱きかかえてなだめる
日だまりの平和な庭が、騒然と様変わりしてしまったのを、他の子供たちが恐る恐る見ている
『最近の山場は、核爆弾の炸裂をなるべく小規模に抑えたことだ。ディキュラのみんなが、ある島国を丸ごと沈めたいとか言い出した。彼らの狙いは、一瞬にして国一つを滅ぼす力を世界に見せつけること。そうすれば人々の恐怖は絶頂に達し、地上は完全に闇に支配されてしまう。その支配計画の一部は、世界各地で既に実現し成功していた。ディキュラたちは"ちきゅう人"の権力者たちの耳元で、虐殺計画を進めるよう、悪魔の誘惑をささやいた。対抗して僕は、彼らの良心にささやきかけた
"君が憎悪しているあの人たちは、君と同じ人間だ
彼らは苦しんでる。君も苦しんでる。もうやめようよ"
"君が本当に望んでいることは、権力でも名声でもお金でもない
お父さんの愛と、優しい手、ふかふかのベッドでしょ?"
"僕が君を守ってあげる。だからもう、戦わなくていいんだよ。もう大丈夫だよ"
でも、心の闇が肥大化していて僕の声は届かなかった。アドルフが読書をしている時、ヨシフが靴を履いている時も、ずっとそばで語りかけたけど。君たちのことも救えなかった。僕が一番そばでよく知っていたのに。ごめんね・・・』
フェイは泣き出した
庭遊びは片付けられ、厚い雲が出てきて太陽を遮った。急に寒くなる
『終戦が近づいていた。時間がなかった。焦った僕は、フランクリンの、良心は諦め、心の闇に語りかけた
"全滅させるより、ダメージは最小限にして生かしておいた方が遥かに利益が大きいぞ?あの人種は真面目によく働く。利用価値が高い。資源はないが人材がある。君のために働き蜂になって大量の美味しい蜜を集めてくれるだろう。君はそれをたっぷりとこぼれるほどにパンに塗って毎日食べるんだ。蜜で別荘のプールを、いいや、ダムを何杯も満杯にできるだろう。おいしい話だろ?君が欲しいものは全部手に入る"
そう言ったらあっさり聞いてくれた。彼が実際に蜜を頬張ることはなかったけれど
君のお腹も心も満たすことができなかった。本当に食べたいものが何か、僕が一番よくわかっていたのに。ごめんね・・』
フェイは室内に戻った
お腹が空いた!何かくれ!ほっとかれたら死んじゃうよ!と、顔を真っ赤にして力いっぱい泣き叫ぶ
『実使用は狭範囲の方を2発、首都は回避させた。僕は、黒い雨の中を歩いた時の事を忘れられない。忘れちゃいけない。だって僕が許可したんだ。僕があの人たちを殺したんだ。ディキュランたちは、大喜びで血の川を泳ぎ、飲みきれないほどのご馳走に溺れていた。僕の足元に、子供の亡骸を抱えた女性がしがみついた。皮膚は剥がれ眼球はぶら下がり、唇もないのに、ハッキリと僕にこう言った
"この子を助けてください"
・・・・この責任の重さを、計ることができる秤なんて、この宇宙のどこあるだろう?
血と涙を溜めきれる湖が、どこにあるだろう?
どれほど重くても、深くても、僕は全部背負う』
保育士に抱かれて、夢中でミルクを飲む
『今度は僕が殺されるために産まれてきた。そんなことで償えるとは微塵も思ってないけど
保育士さん、ごめんね。殺されるために生まれてきた子を育てるなんて、なんてやり甲斐のない仕事だろう』
ミルクが付いた口を拭いて、鼻水も拭いてもらう
背中を擦られ、けぷっと空気を吐き出した
『あの人なら、必ず僕を殺してくれる。殺し屋さんだから。頼もしい限りだ
だから、それまで、あの人との約束を果たすまで、僕はこの"ちきゅう人"の体で、恐怖や欲望、あらゆる痛みや苦しみに翻弄されて生きてみる
あらゆる立場を経験することは、きっと、僕をリーダーとして成長させてくれる』
うつ伏せに寝かせられる。お腹がいっぱいで、うとうとしている
『僕は・・』
重たくなってきた目を閉じる
『みんなが・・幸せに・・暮らせる世界を・・・・』
フェイは、すーすーと寝息を立て始めた
新人保育士は、お砂糖でできたお人形みたいな子だな、と思った。白く整った外見と、いくつもの難病を持っている、というだけじゃない。内側から何か特別なオーラを放つこの子の命を預かっていることに、不思議な重みを感じた
「雪の王子、って感じね・・」
■
悲鳴を上げる間もなかった
数日後の夜、夜勤の新人保育士は、背後から迫った何者かに気絶させられた。翌朝、先天性色素欠乏症を患う子供2人だけが行方不明になっていることに、院中がひどいショックを受けた。しかし職員たちは、ドイツ警察と神様に子供たちの運命を託し、強く祈ることしかできなかった
・・・つづく
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