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新宿からまた中央線に乗り、国分寺で西武鉄道に乗り換えた。ふだんは人が少ない路線だと思うのだけれど、試合があるからか、西武のユニフォームを着た乗客でいっぱいだった。たくさん歩いてさすがに疲れたのか、うたは扉のそばの手すりに身体を預けたままうつらうつらしていた。
「わー!」
西武球場前駅で降り、目の前の光景を見て、あたしとうたは同時に歓声をあげた。まっしろい巨大なドーム。あたりに開けている空き地には出店が多くあって、笑いながら歩いていく人たちがいて、お祭りさながらだ。
「あー! 森がいるー!」
うたが背番号10のユニフォームを着た男性を指さして叫んだ。男性が振り返ったので、あたしはうたの口をふさぎ、
「いやいや、森のユニフォーム着てるだけの人だから!」
とつい珍しく叱るような声をあげてしまった。
この日のため、うたには西武ライオンズの英才教育をほどこしてある。いちばん好きな選手は森友哉らしい。うたと一緒に西武の試合を見ているうちにあたしもファンになったが、あたしがいちばん好きなのは源田壮亮だ。いいのかわるいのか、うたとはあんまり男性の趣味が合わない気がする。
出店を冷やかしながら歩いていると、ライオンズストアの正面にギターを背負った女子の姿を見つけた。ぜんぜん野球観戦っぽくなくて、あんまりにオーラがありすぎる姿に苦笑する。いったいなんだって野球観戦にギターを持ってくるのか。球団歌に合わせて演奏でもするつもりなのか。でもあたしは、すごくうれしい。彼女にとって「ギターは子どもよりもかわいい」んだって、そんな気がしたから。
「遅いよ! サチコ! あんたが来るまでに、岸が打たれたらどうすんのよ!」
彼女があたしに気づくと、怒った声をあげた。まわりが振り返るぐらいの、よく響く声。あたしはやっぱり、彼女の怒ってる姿が超好きだ。だって怒ってるとき、彼女の瞳のなかには、地平を駈ける獅子が見える。彼女が怒ってるとき、彼女は超ミュージシャンになる。
岸の所属球団は西武じゃなくて楽天じゃん。今日の対戦相手投手だよ。なんて言おうと思ったけれど、ほんとうに彼女が怒りだしそうだから、さすがに止めておいた。
うたが彼女に駆け寄っていった。彼女の表情が笑顔に変わり、やさしくうたをだきとめる。
「うたちゃーん、ひさしぶり。ちゃんと、『地平を駈ける獅子を見た』、覚えてきた?」
彼女がうたの頭をなでながら言うと、うたもにっこり微笑んで、
「もちろんだよ! 一緒にうたおうね」
と言った。
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