セイコの瞳に地平を駈ける獅子を見た

にゃんしー

十九歳、新宿、素人AV女優

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 初めて東京に来たのは十七歳のとき。あたしは東京の町を見て、きっとまた来るだろうと思った。また来なきゃダメだと思った。

 高校三年生の夏の修学旅行だった。うちの高校は、行き先を北海道・長野・東京のいずれかから選ぶことができた(今は長野がなくなって代わりに韓国が入っているらしい)。いちばん人気だったのは北海道で、半分ぐらいの生徒は北海道を選択し、休み時間にはこっそりるるぶを持ち込んで旅の計画を立てていた。ちょっと変わった、でもしっかりした子たちが長野を選んだ。学年でいちばん人気の美男美女はじめ、いわゆるスクールカーストの上位の子たちも長野に行った。なんというか長野を選ぶ子たちは、大人びた、自分であることに自信のある、有り体にいえばよくモテる人々だったと思う。つまり、それ以外の子が東京を選んだわけだ。凡庸でもなく、変わってもなく、スクールカーストの中の下ぐらいにいるワナビー。子どもっぽい、自分であることに自信のない、あんまりモテないあたしたちは、そうじゃない何かを求めて東京に向かった。東京に向かうおよそ五時間の新幹線のなかには期待と、興奮と、緊張感と、それとは裏腹の怯えみたいなものが満ちていた。あたしたちにとって「東京に行く」ことは大人になるためのもっとも冴えたやり方で、もしそうなれなかったらどうしようと思えば、あたしたちは十七歳にしてすでに終わっていたのかもしれなかった。

 東京駅で新幹線を降りて、東京のビル群を見上げたときの感覚を今でも思い出せる。あたしはあのとき、こう思っちゃったんだ。「ああ、こんなものか」って。その感覚は、初めてセックスを終えたときの感覚にも似ていた。いうほど痛くも気持ちよくもない、意外とあっさりしたあの感じ。それなのに、どうしてかどっぷりそれにハマってしまうあの若さ。そんな溌剌とした若さでもって、あたしは真夏のぎらぎらした太陽をにらみながら、最初の東京を全身で受け止めた。いつか気持ちよくなるまであたしはこの東京という町をなかに入れたいと思った。

 修学旅行で東京を出歩いたのは、二日か三日だったと思う。とにかく感覚としてはすごく短かった。規定では自由行動のあいだも制服を着てないといけないんだけど、それだとあんまりにダサいので、あたしたちは紙袋に入れてこっそり持ち込んでいたいちばんの勝負服に雑居ビルのトイレで着替え、町へ出た。当時は高円寺も吉祥寺も知らなくて、あたしたちは渋谷とか、新宿とか、お台場とか、浅草とか、アメ横とか、わりとメジャーなあたりをぶらついた。渋谷ではナンパされるかと思って想定問答をいろいろ考えてはみたが、当たり前だけれど田舎の芋っぽい女子高生に話しかけるひとはいなかった。お台場では友だちが「深田恭子を見かけた!」とか騒いでて、ぜったいに嘘だと思った。いろいろ考えた結果、住むならぜったいに新宿がいいって思った。新宿の高層ビルを見て、ここには夢があると思った。ここに住めば、きっとなにかになれると思った。そのなにかとはなんなのか分からないけれど。

 修学旅行の最終日のホテルは横浜だった。窓からはきらびやかな夜景が見えた。宿泊は女生徒三人で一室だったのだけれど、みんなそれぞれにいちおう彼氏がいたので(しかしあたしたちはそれを「彼氏のようなひと」と呼んでいた)、うまい具合に示し合わせて彼氏と部屋でふたりきりになれる時間を作った。あたしたちはコンビニでいちばん安いビールを買って乾杯した。彼氏のようなひと、は、窓辺に腰かけて夜景を見下ろしながら「この町は眠らないんだね」とあたしに話しかけた。あたしはそのとき、ぜったいこんな男で終わんねーぞ、と思った。だからあたしは彼に身体を許さなかった。次の日はすごく頭がいたくて、苦しんだまま鎌倉観光をして、東京から離れた。あたしはぜったいにあの町で、東京の新宿で、処女を捨てるんだって決めた。あたしが東京から持って帰ったたったひとつ、それは新宿でもらったポケットティッシュ。女の子だけもらえるそれは、あたしのお守りにも等しかった。

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