橋渡〜ハシワタシ〜

夏艸 春賀

声劇台本

《諸注意》

※なるべくなら性別変更不可。

※ツイキャス等で声劇で演じる場合、連絡は要りません。

※金銭が発生する場合は必ず連絡をお願いします。

※作者名【夏艸なつくさ春賀はるか】とタイトルとURLの記載をお願いします。

※録画・公開OK、無断転載を禁止。

※雰囲気を壊さない程度のアドリブ可能。

※所要時間20分。男2:女1の三人台本です。




《役紹介》

とおる

20代、男性

色々と不遇が重なり入水自殺しようとする人

両親も兄弟も居ない



正子まさこ

70代、女性(一部20代)

助けるおばあちゃん



徹夫てつお

60代、男性(一部10代)

若いおじいちゃん



医師:様子を伺いに来る人

介護士:お迎えに来る人



《配役表》

徹(男)/医師/介護士:

正子(女):

徹夫(男):



↓以下本編↓

────────────────────




徹M

「俺は今、ドン底だ。勤めていた会社からはクビを宣告されるし、付き合っていた彼女は……いや、彼女だと思っていたのは俺だけで、人妻だった上に子供までいたし。両親は学生の頃にはもういないし。親戚は知らないし。

 そんな事を考えていたら自宅近くの橋の上に立ってた。

 これは、ドン底だと思っていた俺の出会いの話。」



【間】



《橋の上、欄干に徹が登っている。》




正子

「……──テツ、さん?」


「……」


正子

「テツさん、テツさん! そんな所に立ったら危ないわよ!」


「っ?!……なんだ?」


正子

「テツさん。そろそろご飯の時間でしょう? 帰って一緒に食べましょうね」


「は? え、何婆さ……いや、ちからつよ

(腕を掴まれる。)


正子

「ほらほらぁ……一緒に帰りますよ」


「いやいや、訳わかんねぇから。なんだよ婆さん!」

(掴まれた腕を振り払う。)


正子

「あっ!」

(振り払われるが、服を引っ掴んで転ぶ。)


「だ!!……いってぇ……何すんだよ!!」

(服を掴まれたせいで欄干から落ちる。落ちた拍子に打った箇所を擦りながら正子に怒鳴る。)


正子

「そんなに怒らないで? 橋の下に落ちなくて良かったじゃない。落ちたら大変なのよ? 水の中は冷たいし、痛くて泣いちゃうわよ」


「いいわけねぇだろ! つーか泣かねーし! 俺はな……!」


正子

「(遮るように) さ、テツさん、帰りましょう」


「ちょ、何……だから、力強いって!!」



【間】



正子

「ほらほら、早く! テツさん!」


「何度も言ってるけど、俺はテツじゃねぇって」


正子

「私がテツさんと他を間違えるハズがないのよ?」


「いや、実際間違えてンスけど」


正子

「……そんな意地悪、言わないでくださいな……さみしいわ」


「意地悪とかじゃなくて」


正子

「私の事、忘れてしまったの?」


「忘れたっつーか、知らねぇんだけど」


正子

「まぁ酷いわ。あんなに愛し合った仲なのに」


「はあ!?」


徹夫

(家の奥から出てくる。)

「どうしたんだい、騒がしいね」


正子

「あら」


「は?! 誰!?」


徹夫

「ああ、僕は……」


正子

「今日もご苦労様です」


「え?」


徹夫

「あぁ……。正子まさこさん、おはようございます」


正子

「はい、おはようございます。早くからお世話に来てくれたんですか?」


徹夫

「……ええ、起きたらいなかったので探しましたよ」


「……ん?」


正子

「テツさん、こちらの方はお手伝いさんなのよ。浮気ではないわよ? ふふふ」


「え、あの……は?」


徹夫

「どうも、初めまして。徹夫てつおと言います」


「てつ、お……って、まさか」


徹夫

「ええ、まあ、そうです」


「ちょ、婆さん! いるじゃん!」


正子

「何がです?」


「テツさん、いるじゃん!」


正子

「……? そうよ?  あなたがテツさん」


「違ぇ、この人が」


徹夫

「いいんだよ。……いえ。いいんですよ」


「はぁ?」


徹夫

「さて、正子まさこさん。朝ご飯が出来てますから、食べましょう」


正子

「まあ、そうね。テツさんも一緒に食べましょう?」


「……」


正子

「ね? お手伝いさんの作ってくれるご飯、美味しいのよ」


「……いや、あの……」


徹夫

「さあ。君も一緒に」


「……──はい」



【間】



正子

「ご馳走様でした」


「……ご馳走、様でした」


徹夫

「はい、お粗末様でした。……よっこいしょ」


正子

「あら、テツさん。洗い物は私がしますから、テツさんとお客様は座っていて」


徹夫

「ん?……あぁ、頼むよ、正子まさこ


正子

「ついでにお茶もれなくてはね! 少し待っててくださいな」


「……え、あれ?」


徹夫

「あぁ、妻に戻ったんだよ」


「どういう、事ッスか?」


徹夫

「ところで、お名前は?」


「あ、あぁ……とおるです」


徹夫

とおるくん。君は橋の上に立ってたんじゃないかな?」


「えっ……」


徹夫

「僕は昔、あの橋の上に立った事があるんだ」



【間】



《回想・町内の病室》



正子

「テツさん! こんにちは!」


徹夫

「あぁ……正子まさこ。仕事は大丈夫なのかい?」


正子

「えぇ、今は休憩時間だもの。少しでも顔を見たくて来てしまったの、ごめんなさい」


徹夫

「……こんなやつれた顔を見に来なくても良いのに」


正子

「やーね、誓い合ったでしょ? すこやかなる時も病める時もって。病気で弱って忘れてしまったのかしら? ん?」


徹夫

「全く……でも、ありがとう。来てくれて嬉しいよ」


医師

(病室に訪ねてくる。)

「こんにちは、徹夫てつおさん。良かったですね、奥さんに来てもらえて。顔色少し良くなったんじゃないですか?」


正子

「あら先生、こんにちは!」


徹夫

「そんな事……」


正子

「あるわよね? ね?」


医師

「まあまあ、奥さん。昨夜少しさびしそうにしていたんですよ。夜には来ていなかったでしょう?」


正子

「あら! んもう、テツさんったら……さみしかったなら連絡してって言ったでしょ?」


徹夫

「いや……正子まさこも疲れているだろうと思って」


正子

「そんなことないわよ! テツさんに会えばたちどころに元気になるんだから!」


徹夫

「……そう、なのかい?」


正子

「そうよ? あなたは私の旦那サマ、なんだもの。愛してるわ、徹夫てつお


徹夫

「……正子まさこ……ありがとう。僕も愛している」


医師

「ははは、仲睦まじいですなぁ。羨ましい事です」


正子

「ふふふ」


医師

「元気になったようですので、今日は心配いらないみたいですね。また明日、様子を見に来ますからね」


徹夫

「はい、ありがとうございます、お世話をかけます」


正子

「先生、よろしくお願いしますね」


医師

「えぇ、それでは」

(立ち去る。)


正子

「ふふふ。さみしがり屋な旦那サマ?」


徹夫

「全く……そういじめないでおくれ」


正子

「いじめてないわよぉ! 私の旦那サマは本当に可愛らしい人ね、と思っただけよ」


徹夫

「そう言ってくれるのは正子まさこだけだよ。さて、そろそろ休憩も終わるんじゃないかな?」


正子

「え?……あら、もうこんな時間だったのね。それじゃあ、また終わったら来ますから」


徹夫

「無理はしないでおくれよ」


正子

「分かってますって。行ってきます!」


徹夫

「行ってらっしゃい」



【間】



《その日の夜、橋の欄干に登っている徹夫を見つける正子》



正子

「見つけた……テツさん……!」


徹夫

「…………」


正子

「テツさん! テツさん?!」


徹夫

「……」


正子

「聞こえてるでしょ? ねぇ、なんで……」


徹夫

「……もう、疲れただろう……」


正子

「え?……疲れたって、そんな……」


徹夫

「僕は、疲れてしまったよ」


正子

「……諦めちゃったの?」


徹夫

「……」


正子

「後、少し待てば現れるかもしれないって、先生も言ってたじゃない。もしかしたら明日にでも……」


徹夫

「そう言われて……5年経ったよ。入院する前に正子まさこと結婚して……ずっと支えててくれていたけど。日に日に君の顔は疲れて見えていたんだ」


正子

「疲れてないわ! 私はテツさんがいてくれるだけでいいんだから!」


徹夫

「まだ若い内に解放してあげなくちゃならない気がしているんだ。だから……」


正子

「……いや……嫌よ! 私はテツさんの一生傍にいるって決めているのよ!……離れるなんて嫌よ」


徹夫

「だから。さようなら、正子まさこ。愛しているよ」


正子

「っ!! 嫌ぁぁあ!!────!!!」



【間】



《回想終わり・家の居間にて》



徹夫

「その後、助ける為に妻は僕を追い掛けて川に飛び込んだ。幸い二人とも命は取り留め、病院で仲良く治療される事になったよ」


「え、つーか、徹夫てつおさんは何の病気で?」


徹夫

「あぁ、そうか、言ってなかったね。心臓の病気だったんだ。移植の順番を待っていた。それを僕は待ちきれなくなってしまって」


「心臓……そんな待つもん?」


徹夫

「ドナーを見つけるのは大変らしいからね、ましてや心臓だったから、というのもあるかもしれない」


「なるほど……」


正子

「お待たせしました、お茶が入りましたよ」


徹夫

「あぁ、正子まさこ。ありがとう」


正子

「何を話していたの? 私も混ぜてくれるかしら」


「あー……」


徹夫

正子まさこがどれだけ僕の事を想っているかを話して聞かせていただけさ」


正子

「あら、まあ! 少し恥ずかしいけれど、嬉しいわぁ。……そう言えばお客様の名前、聞いてませんでしたわね」


「んぁ?……そっか。えーっと、とおる、です」


正子

とおるさんね。何故私達のお家にいらしたの?」


「は? いや、婆さ……じゃなかった。正子まさこさん……が、連れて来たんでしょ」


正子

「え?」


徹夫

「あぁ、いえ。僕の……友人なんだよ」


「友人?」


徹夫

「(小声で。) そういう事にしておいて欲しい」


「はぁ、まーいいスけど」


正子

「テツさんの友人……こんなに若いお友達がいたのね!」


徹夫

「そうなんだよ、最近知り合ってね」


正子

「私のお友達にもなって貰えるかしら?」


「んえ、俺が?」


正子

「そうよ。私の旦那サマのお友達なら、私ともお願いしたいわ。……ね?」


「まー、俺で、良ければ?」


正子

「ふふふ、ありがとう」


徹夫

「良かったね、正子まさこ


正子

「えぇ、とっても嬉しい!」


介護士

「おはようございます! お迎えにあがりましたよー」


正子

「あら! もうこんな時間だったのね! はーい、今支度しますね!」


徹夫

「あまり慌てないで」


正子

「分かってますよ、ふふふ」


「……あのー。俺も、そろそろ」


徹夫

「あぁ、少し待ってておくれ」


正子

「お待たせしました、お手伝いさん。今日は何をするんでしょう、楽しみです」


介護士

「そうですねー、今日はホームの皆さんとも遊べると思いますよ。それでは、奥さんをお預かりして行きますね」


徹夫

「はい、ありがとうございます、よろしくお願いします」


正子

「行ってきます」


徹夫

「行ってらっしゃい」


(徹夫と共に介護士と正子が車で去って行くのを見送る。)

「……あの、どういう事スか?」


徹夫

「妻はね、軽度の認知症で。普段はいつもの妻なんだけど……とおるくんの姿を見て昔の妻に戻っていたようだ」


「え? いや、似てない、気が」


徹夫

「うん、顔は似ていない。でも、橋の上に、欄干らんかんに立った事があると言ったろう?……君はそこに、立ったんだろう?」


「……」


徹夫

とおるくん。その若さであそこから落ちるのはいけないよ」


「──けど、もう、俺には……なんも」


徹夫

「何があったか知らない。だけど、恐らくまだ、君はやり直せると思うよ」


「何を根拠にそんな事言うんスか」


徹夫

「何も今、落ちる事は無い。一度駄目だったからと自分で諦めてはいけない」


「……諦めが肝心って言葉もあるけど」


徹夫

「そうだね。それでも生き急ぐのは感心しないな……親御さん達も心配するだろう」


「…………いない」


徹夫

「なら尚更。向こうで逢えたとしても追い出されてしまうよ、多分」


「どっちの世も俺の居場所って、無いって事スか?」


徹夫

「来るのが早すぎると、言われるんじゃないかねぇ。もっと現世げんせで修行して来いやら、鍛えて来いやら、散々言われるよ。それはきっと、ずっとていて、心配してくれているから」


「……心配?」


徹夫

「何とも思って無ければ何も言わないと思うよ。家族に限らず、世に出てみればほら、上司の人や近所の人も。気に留めていないと口は出さんものだ。……とおるくんを見ていないとは言い切れないだろうし」


「余計なお世話……」


徹夫

「余計なお世話、なんだろうけど。居場所が無い訳では無いよ。あるのに気付いていないだけ」


「…………」


徹夫

とおるくんが、あの橋から落ちると言うなら、正子まさこも落ちるだろうね……」


「は?」


徹夫

正子まさこは僕を探してあの橋へ行くんだ。そこで君が落ちるところを見てしまったら、必ず助けに行こうとするだろうから」


「それって……」


徹夫

「一種のトラウマのようなものなのかもね。僕が植え付けてしまったのだけど」


「生きてる内は……無理か……」


徹夫

「だからと言って僕の妻を連れて行こうとするのはやめておくれ。老い先は短いんだからそれまで待ってくれるだけでいい」


「あそこでは、もう、やらないッス。でも……」


徹夫

「僕たち夫婦の友人になってくれたのだから、たまにで良い、遊びに来てはくれないか?」


「……は?」


徹夫

「子供もいない僕たちの相手をして欲しいんだ」




【間】




徹M

「穏やかな笑顔を浮かべた爺さんと婆さんを看取ったのは、渋々しぶしぶだったが約束を交わした日の十数年後だった。俺はあの日から何度か失敗と成功を繰り返しながら、老夫婦の元に通った。

 二人は俺を息子のように扱ってくれた。ドン底だと思っていた場所から、ゆっくりと引き上げてくれた二人に恥じない様、これからも細々と暮らして行こう。そう、二人に褒めて貰える様に。」





終わり

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橋渡〜ハシワタシ〜 夏艸 春賀 @jps_cy729

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